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2022.07.07
優河のサードアルバム『言葉のない夜に』の発売記念ライヴが東京キネマ倶楽部(東京都台東区)で2日間に渡って開催された。新作を共に作り上げた千葉広樹(ベース)、岡田拓郎(ギター)、谷口雄(キーボード)、神谷洵平(ドラムス)という魔法バンドの面々に加え、ヴォーカルディレクションを担当した笹倉慎介(ギター&コーラス)、新作にも参加していた副田整歩(サックス)も加わったスペシャル編成により、『言葉のない夜に』の世界が再構築された。
『言葉のない夜に』の背景についてはリリースタイミングでアップされたSENSAのインタビュー記事をお読みいただければと思うが、本作は過去2枚のアルバムとは異なるプロセスを経て作り上げられた作品だった。収録曲の一部では優河自身のコーラスが多用され、なかには「WATER」のようにコーラスから構築された楽曲もあった。また、取材時に明らかにされたように、本作の制作に取りかかる直前、優河はソングライティングにおいていくらかのスランプにあった。そのため、収録曲の多くは他のメンバーとの共同作業を経て練り上げられていった。ひとつのチームとしての一体感が前作以上に増しているのは、そうした制作プロセスと無関係ではないはずだ。そんな『言葉のない夜に』の収録曲は、ライヴでどのように生まれ変わるのだろうか。初日を観た友人から「今まででのライヴで一番良かった」という感想を聞いていたこともあって、期待に胸を膨らませながら東京キネマ倶楽部へ向かった。
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東京キネマ倶楽部は昭和後期まで営業していたグランドキャバレーを改装したライヴスペースである。レトロな雰囲気の会場に足を踏み入れると、場内には小さな音でフェアポート・コンヴェンションの楽曲が流れている。フェアポート・コンヴェンションは60年代末から70年代にかけてトラッドを織り込んだフォークロックを奏でていたイギリスのグループだが、優河が現在試みているのは案外彼らとも通じているのかもしれない。そんなことを考えながら開演を待っていると、ゆっくり客電が落ち、舞台上にメンバーが現れた。
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1曲目は新作でも強い印象を放っていた「WATER」である。優河はギターを抱えており、岡田・笹倉と合わせて3本のギターが重装的なアンサンブルを聴かせる。2曲目はアルバムの冒頭を飾っていた「やわらかな夜」、続いて2018年作『魔法』に収められていた「さざ波よ」。音の隙間と静寂を慈しむようなこの3曲によって、観客は優河の歌世界へと一気に引き込まれていく。彼女の歌を支えるのは、魔法バンドによる大きなグルーヴ。会場全体がひとつの船となり、ゆらゆらと波間に揺れているような感覚に陥る。
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「「楽しんでいきましょう」という優河の短いMCを挟み、彼女のギターから始まる「fifteen」へ。ゆらめくような冒頭3曲とは異なり、ここからはバンドのグルーヴでゆったりと身体が揺さぶられる。決してルーズではなく、汗迸るようなグルーヴでもない。体温は低めだが、しっかりと身体を刺激してくる、そんなグルーヴだ。
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ここから「夜になる」「June」というミニマル・ファンクのコーナー。現行R&Bのフィーリングを取り入れながら、魔法バンドならではのクールなファンクを聴かせる。「夏の窓」は新作に収録されていたヴァージョンとはまったく異なるアップテンポのヴァージョン。優河によると「ドミノピザを食べて気分がよくなったときに作ったドミノピザ・ヴァージョン」だそうで、谷口によるエキゾチックなキーボードのフレーズも楽しい。谷口作の「loose」でテンポダウンしたあと、岡田作の「Sharon」でふたたびミニマル・ファンクへ。千葉はそれまで弾いていたエレクトリックベースからシンセベースへと楽器を持ち変える。この日の千葉はウッドベースも弾いており、楽曲によって低音を使い分ける彼のプレイがこの夜の公演を色彩豊かなものにしていたことは強調しておくべきだろう。
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優河のMCを挟み、2018年作『魔法』のキーともなっていた楽曲「空想夜歌」からライヴは後半へ。MCの口調と楽曲での歌唱のテンションの差がなく、すべての楽曲とMCがシームレスに繋がっていることに気付かされる。優河は喋るように歌う。その話し口調は決して早口で捲し立てるようなものではなく、古くからの友人に世間話をするかのように柔らかい。その自然な佇まいが彼女の歌を特別なものにしている。
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ヘヴィーでブルージーな「さよならの声」に続いて演奏されたのが「夜明けを呼ぶように」。演奏の前、優河はこんなことを話していた。
「自分が塞ぎ込んでいたとき、心がほぐれた瞬間があって。そのときに書いた曲です。苦しいこともいっぱいあるけれど、今生きているこの空間でしかできないことがある。元気に生きていきましょう」
繰り返される「いつか夢で見ていた世界」というフレーズには、夜明けを願う心も描写されている。解放についての歌といってもいいかもしれない。
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アンビエント的なムードをまとった「sumire」では笹倉がコーラスを担当。ディープな余韻を引きずったまま、ドラマチックな「ゆらぎ」へ。さらには「とても大切な人を思って書いた曲です」というMCに導かれ、優河にとって最大のヒット曲となった「灯火」がしっとりと披露された。本編ラストは「魔法」。ドラマの主題歌として多くのリスナーが優河の存在に気づくきっかけとなった「灯火」ではなく、バンド名の由来である「魔法」で最後を締めくくったところに優河の思いが現れていたのかもしれない。
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アンコールの1曲目に演奏されたのは、まさかの新曲。タイトルさえ決まっていないというできたてホヤホヤの楽曲だ。夜明けを待ち望む『言葉のない夜に』というアルバムはある種の儚さをまとっていたが、新曲には差し込む朝日を身体全体で受け止めているような高揚感があった。優河の歌も力強く、声を張り上げる瞬間さえある。シンガーとしての、バンドとしての好調ぶりが伝わってくるような楽曲に、今後の展開がますます楽しみになった。
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「28歳最後の夜に書いた曲をやって今日は終わりたいと思います」と優河の言葉に続き、アルバムの最後を飾っていた「28」でこの日の公演は幕を下ろした。
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優河の歌を生かすだけでなく、各プレイヤーのこだわりとコンテンポラリーな音楽としての強度がしっかり見えるバンドアンサンブル。そのなかで居心地良さそうにマイクを握る優河。その幸福な関係がくっきりと浮かび上がる一夜であった。この後、優河と魔法バンドはフジロックの大舞台も控えており、まだまだ新しい歌の世界を見せてくれそうだ。
文:大石始
写真:廣田達也
@yugabb
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『言葉のない夜に』の背景についてはリリースタイミングでアップされたSENSAのインタビュー記事をお読みいただければと思うが、本作は過去2枚のアルバムとは異なるプロセスを経て作り上げられた作品だった。収録曲の一部では優河自身のコーラスが多用され、なかには「WATER」のようにコーラスから構築された楽曲もあった。また、取材時に明らかにされたように、本作の制作に取りかかる直前、優河はソングライティングにおいていくらかのスランプにあった。そのため、収録曲の多くは他のメンバーとの共同作業を経て練り上げられていった。ひとつのチームとしての一体感が前作以上に増しているのは、そうした制作プロセスと無関係ではないはずだ。そんな『言葉のない夜に』の収録曲は、ライヴでどのように生まれ変わるのだろうか。初日を観た友人から「今まででのライヴで一番良かった」という感想を聞いていたこともあって、期待に胸を膨らませながら東京キネマ倶楽部へ向かった。
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文:大石始
写真:廣田達也
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