SENSA

2022.07.06

井戸健人「I'm here, where are you」──心象風景と半径数メートルの世界を丁寧に編み上げた、京都の箱庭ポップス

井戸健人「I'm here, where are you」──心象風景と半径数メートルの世界を丁寧に編み上げた、京都の箱庭ポップス

東京に長らく住んでいる筆者だが、京都はとりわけ知人づたいに知ることが多い音楽シーンの一つだ。複数の大学がひしめくかの街で、熱意ある若者たちが互いに交流を重ねながら想像 / 創造力に富んだ音楽を手作りで生み出している様子は容易に想像ができる。終電を逃しても自転車で帰れてしまうようなコンパクトなエリアでヴェニューも多いと聞くし、「他を出し抜こう」という競争心も少ないとか。おそらく演る側も観る側も、音楽がその生活の一部としてゆるやかに息づいているのだろう。くるりから中村佳穂までこの街から飛び立った才能は数知れないが、井戸健人は長年、京都で地道な活動を続けているアーティストの一人である。

バンド・スーパーノアを率いながら、当初は「イツキライカ」名義で、そして2020年のアルバム『Song of the swamp』からは本名名義でソロ活動を続けている井戸。今作『Iʼm here, where are you』は本名名義の2枚目となるアルバムで、録音・ミックスも自身で手がけたDIY作品だ。ソロの初期作ではトクマル・シューゴを想起させるチェンバー・ポップ路線を打ち出していた彼だが、今作はギター・プレイと白昼夢のようなシンセ・サウンドが溶け合った作品に仕上がっているのが興味深いところ。リード曲の「Kink」ではレイド・バックするベース・ラインをメロディーに据えスカスカとした浮遊感を持たせながら、明滅するようなエレクトロニック・ビートと夢見心地なシンセ・サウンドで、リゾート・ミュージック風の新境地も開拓。「Here」や表題曲の「Iʼm here, where are you」での、ミニマルなリズム・トラックにストリングスとエフェクト、さらに多重録音によるゴスペル風の和声のコーラスを乗せアトモスフェリックな音像を描いていく様には、モーゼス・サムニーのような、いわゆる"インディー・ソウル"的な趣きも感じさせ、とりわけ耳をひく。

全曲の中でも最も軽快なバンド・アレンジの「Without you」は当初「あなたが見えない」というタイトルでリリースされたシングルの再録版。軽やかな印象を纏いながら「国民が見えていない政治家のことがわからない」といった社会の断絶を念頭に置いた曲なのだそうで、アルバムの制作の過程で、彼自身が自分の内側の世界に深く降りていきながら、コロナ禍にある自身や親しい人の生活に心を寄せていたことも、この曲から垣間見ることができる。

ソロ作品ではライブを想定しておらず、音源として自分が納得できるものを作ることをテーマにしているという井戸。彼自身の心象風景と今の時勢が生み出した実際の世界が交差する、ピュアでフラジャイルで、ちょっぴり孤独な箱庭的なこのアルバムは、京都というコンパクトな地域に根を下ろし、手の届く半径数メートルの世界を丁寧に守ってきた彼自身の20年近くにわたる活動の写し鏡のようにも思えてくる。多くの人に届けることよりも、コツコツと長く音楽を続けることに重きを置いてきた井戸健人らしい、温かみと切実さを宿したアルバムだ。

文:井草七海



RELEASE INFORMATION

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井戸健人「I'm here, where are you」
2022年6月29日(水)
Format:Digital
Label:井戸健人

Track:
1. Overload
2. Here
3. Kink
4. I'm here, where are you
5. Diagram Ⅶ
6. Lunchbox (renew)
7. Without you (renew)

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