SENSA

2022.03.25

優河、魔法バンドと語る新作『言葉のない夜に』。全10曲の夜明けのドキュメンタリー

優河、魔法バンドと語る新作『言葉のない夜に』。全10曲の夜明けのドキュメンタリー

顔を突き合わせて直接言葉を交わすことすら制限されるコロナ禍の最中、優河のサードアルバム『言葉のない夜に』がリリースされた。2018年のセカンドアルバム『魔法』ではインディーフォーク的な感覚と現行R&Bのフィーリングが混ざり合う領域に自身の歌世界を描き出し、各メディアで高く評価された。それからおよそ4年ぶりとなる新作には、TBS系ドラマ『妻、小学生になる。』の主題歌として書き下ろされた「灯火」も収録。どの楽曲もパンデミックの世界を照らし出す灯火のように温かな光を放っている。

ともに制作を進めたのは、前作『魔法』以降のライブを支えてきた魔法バンドの面々だ。千葉広樹(Ba)、岡田拓郎(Gt)、谷口雄(Key)、神谷洵平(Dr)。いずれも複数のグループで活動し、プロデューサーおよびソロアーティストとしても活躍する敏腕たちばかりである。優河の歌が彼らを魅了してやまないのはなぜだろうか。それを探るべく、今回は魔法バンドのメンバーとともに、類い稀なるシンガーソングライターである優河にインタビューを実施。5人の話を通じて、新作『言葉のない夜に』の背景にある優河の苦悩が浮かび上がってきた。


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綺麗な日本語の置き方を探して

―魔法バンドという名前がついてライブメンバーが固定したのは、前作『魔法』のリリースツアー(2018年4月)からですね。


優河:そうですね。いつか居場所としてのチーム優河をほしいと思ってたんですよ。それまでバンドでがっつり作品を作ったことがなかったので、千葉さんに『魔法』のプロデュースをしてもらいながら、周囲のプレイヤーに声をかけてもらいました。

千葉広樹:そのときのこと、俺は覚えてる。

優河:覚えてる?

千葉:ファーストアルバム(2015年の『Tabiji』)のときはプロデューサーのゴンドウトモヒコさん主導で動いてたでしょ? そのころから「自分のことは自分でやれるようにしたい」と言ってた。『魔法』のリリースツアーのときに「バンドはどうする?」という話になって、アルバムに参加してくれたこのメンバーになりました。

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―このバンドにおいては優河さんがリーダーという感じなんですか。


優河:(無言で首を振る)

千葉:えっ、違うの(笑)?

神谷洵平:メンバーそれぞれタイプは違うけど、先頭にいるのは優河ちゃんで。みんな優河ちゃんのために何かを起こそうとしている。その意味ではリーダーですよね。

千葉:最終的には彼女の歌にどうやって寄り添い、どれだけ彼女の世界観をビルドアップしていくか。その方法をみんなで考えていくというやり方だしね。

優河:今回は特にそういう感じだよね。

―今回のアルバムについてのお話はのちほどじっくりお聞きするとして、その前に、ボーカリストとしての優河さんの魅力はどんなところにあると思いますか?


岡田拓郎:一聴して「この人の声だ」って分かる歌い手って、日本では少ないと思うんですよ。一声発しただけで空気が変わる稀有な歌い手だと思いますね。

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―岡田さんが優河さんと最初にやったのはどの作品になるんですか。


岡田:僕のアルバムで歌ってもらったのが最初ですね(岡田の2017年作『ノスタルジア』に収められた「遠い街角」)。その年の正月にディスクユニオンで会ったんですよ。ちょうど自分でうまく歌えない曲があってどうしようかなと思ってたところだったんで、「あ、歌がうまい人がいる」と思ってそのままレコーディングに連れていきました(笑)。

―神谷さんはいかがですか。


神谷:僕は『魔法』で初めて一緒にレコーディングをしたんですけど、衝撃的だったんですよ。声が持つ包容力、説得力がすごいなと思って。すごく伸びやかで、声が縦にも横にも伸びていく。リズム感を超えていくような感覚があって、音楽的というのはこういうことだと思いました。唯一無二の人だと思いますね。

―「リズム感を超える」というのは、どういう感覚なんでしょうか。音符に囚われない歌唱ということ?


神谷:そういうことでもありますね。おそらく生まれ持ったものがあると思うんだけど。

岡田:日本語ってメロディーの置き方が「点」になりやすいけど、英語で歌っているフォークシンガーの場合、メロディーが拍に合っていなくても音楽的にいい感じになるんですね。それを日本語でやるのは難易度が高いんですけど、彼女の場合、最初からできていた。今は自覚的にやってると思うんだけど。

神谷:そういう意味で言うと、普段聴いてるアメリカの音楽のアプローチで演奏できるんですよね。それは優河ちゃんの「点じゃない歌声」があってこそのもので。

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―そうした歌唱法はどうやって培ったものなんですか。


優河:いやー、どうなんでしょうね......日本語って平面的な言語だと思うんですよ。その美しさがある一方で、20代前半のころは英語の曲のほうが断然歌いやすかった。日本語になると、どうしてこうなっちゃうんだろう?と思ってましたね。それからアメリカのインディー・シンガーソングライターなんかを聴くようになって、点じゃない言葉の流れを日本語でも作れるはずだと試行錯誤しました。ちょっとした声の置き方でニュアンスってすごく変わるんですよ。ベタつかない日本語の歌というのを意識していたというか。

―ベタつく歌というのはどういうものですか?


優河:言葉だけでも意味があるものなのに、さらに歌で気持ちを乗せてしまうと、情報過多になってしまう気がして。たとえば、「悲しい」という気持ちが中心にある曲の場合、演奏や歌詞がその役割を果たしてくれているのに、声でも「悲しい」という感情を乗せてしまうと、トゥーマッチな感じがしてしまう。それが自分にとってはベタつくような感覚なんだと思う。

転換期となったミュージカルの出演経験

―なるほどね。では、谷口さん、歌い手としての優河さんの魅力はどこにあると思いますか。


谷口雄:優河ちゃんが今言ったように情報過多にはならない歌ではあるんだけど、声そのものには倍音の成分が含まれていて、音として捉えたときの情報量はすごく多いと思うんですよ。アカペラでも成り立つ声というか、そこが魅力だと思いますね...(優河のほうを見て)どうですか?

優河:ありがとうございます(笑)。

谷口:そういうことって誰でもできるものじゃないし、そういう人と一緒に演奏する喜びはありますよね、やっぱり。

―千葉さんはいかがですか。


千葉:言葉の牽引力があるんですよね、優河ちゃんの歌って。歌詞の力がすごくあって、音楽的でもある。僕もいろんなシンガーとやらせてもらってますけど、いいシンガーの歌って「音楽がここにある」っていう存在感があるんですよ。「ここに存在している」っていう。それを支えているのが言葉の牽引力であり、言葉の使い方だと思う。

谷口:その感覚がぶれないんだよね。

千葉:それって勉強して身につくものじゃなくて、もっと感覚的なものだと思うんですよ。一緒にやってみると、それが分かる。僕もぐいぐい引っ張られるし、彼女の歌に反応して自分なりの答えを出していく。そのプロセス自体が音楽的ということなんでしょうね。

―日本語がすごく聴こえてくる歌ですよね。優河さんは以前、朗読と歌のイベントをやっていましたが、日本語を発語することに対しては昔から意識が高かったんでしょうか。


優河:もともとはそんなに高くなかったんですよ。自分の歌を聴いて「ここ、すごくトゥーマッチだな」「こういう部分にクセが出るんだな」とチェックしていって、ちょっとずつ削っていったんです。無駄なものを削っていったというか。

―無駄なものを削り落としていった先に辿り着いた声そのもの、身体そのもの。今回のアルバムに収められている歌はまさにそういう感じがしますね。


優河:そうですね。2020年の9月に『VIOLET』というミュージカルに出させていただいたんですが、そのときに改めて歌を勉強し直したんです。発声や発音とか。

―ミュージカルの話も聞こうと思っていました。やはりミュージカルの体験は大きかった?


優河:大きかったですね。ミュージカルの稽古中ってもちろんアーティストとしての私は求められていなくて、「その役の気持ちを歌う」という行為そのものが求められる。そこがすごく新鮮だった。歌ううえでそれまで身につけていた武器というか鎧というかそういう余分なものを全部外した感じがしたんです。だから、今回のアルバムでは本当に必要なものだけを使おうと思えたんですね。ミュージカルを経て前以上にやれることが増えたからこそ、その曲に必要な声だけ使おうと。

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新作『言葉のない夜に』完成までの苦悩

―アルバムに向けた制作はいつごろから始まったんですか。


優河:(バンドメンバーと)一緒に制作を始めたのは去年(2021年)の頭からですね。

―ちょうど1年ぐらい前。


優河:そうですね。ただ、その少し前からクリエイティブに関しては自分の気持ちが落ちていて、曲も歌詞も書けなかったんですよ。言葉が出てこない。ミュージカルをやって歌でできることは増えたけれど、それを自分の作品にどう活かしていいのか分からなくて。どういうところで自分は評価されたいのか、どういう人に何を求められているのか分からなくなってしまった。

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―コロナ禍の影響もあったんですか。


優河:それもあるけど、2019年ぐらいから気持ちがすり減っていたんです。自信はなかったけど、魔法バンドのみんなが賛同してくれているものは自分のなかにあるはずで、みんなとコミュニケーションを取ることで自分のやれることが何なのか見つけたかった。藁にもすがるような思いでしたね。どうにか音楽を一緒に作ってくれませんか?という。

神谷:優河ちゃんが落ち込んでる様というのはみんな見てたけど、音楽をやめるはずがないと思ってたし、優河ちゃんの歌はみんなに広まるはずだと全員が信じていたんですよ。それでまずは合宿をしました。泊まり込みでいろんな話をしようと。

優河:それが私の去年の誕生日、2021年の2月かな。とりあえず1曲作ってみようという感じで、最初はアルバムができるとも思っていなかった。

岡田:メンバーそれぞれ曲を書けるわけで、優河ちゃんが作れないんだったらみんなでやればいいんじゃないかという話はしていました。たとえば誰かがコード進行を持ってきて、そこに優河ちゃんがリハビリ的にメロディをつけてみるという。

谷口:それぞれに作っていた素材を持ち寄って合宿に臨んだ感じでしたね。

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―だから今回は10曲の収録曲中、岡田さんの作曲クレジットが入っているものが4曲(うち3曲が優河との共作)、谷口さんが1曲、優河さんが5曲と、作曲クレジットに複数のパターンがあるわけですね。


岡田:そうですね。曲順を見ていて後から気づいたんですけど、前半のものが僕や谷口が作ったコードを優河ちゃんに投げる形で作った曲で、後半は優河ちゃんがひとりで作るようになってからの曲が固まってるんですよね。

優河:確かに。リハビリ後の曲が後半にまとまっているという。

―バンドの音作りについてはどういうものを想定していたんでしょうか。「June」や「Sharon」(ともに2019年のEP『めぐる』収録曲)で聴かれたミニマルなループ感のあるバンドサウンドとはまるで違いますよね。


千葉:「June」と「Sharon」は岡田くんのアレンジですからね。

岡田:「June」と「Sharon」は千葉さんアレンジの「夜になる」(前作『魔法』収録)というミニマルファンクの反応が良かったから、それに近い肌触りのものを作ってみようという狙いもありました。

千葉:『魔法』のときはそれまでの優河のイメージも大事にしつつ、それだけだともったいないという思いもあって、それまでにない要素をどんどん入れていったんですよ。「夜になる」みたいなミニマルファンクもあれば、「空想夜歌」とか「手紙」には電子音を結構入れたり。今回のアルバムでは、より一層彼女の持ち味と新しい要素が同化してきたような感じがあるんですよ。

―意図的に作っていったというより、時間をかけてバンドで積み上げていったものが自然とこういう形になったと。


千葉:そうかもしれない。

岡田:「夜になる」から「June」や「Sharon」までの流れで、フォーキーなものとソウルフルなものというふたつの流れができたんですよね。かといって今回「June」や「Sharon」的なR&B要素がないかと言えば、結構あるとは思っていて。フォーキーなものと現代的なR&Bのフィーリングの境目がなくなってきたから、今までとは違って聴こえるところはあるかもしれない。



音楽面の鍵を握るコーラスの役割

―今回のアルバムは揺らぎの感覚が音に表れているという印象を受けました。それを作っているのが前作以上に多用されているコーラスではないかと。優河さんもTwitterの投稿で「『WATER』ははじめてコーラスから曲を書いた」と書いていましたね。



優河:私はもともとハモりが苦手だったんだけど、ミュージカルをやるとなったら苦手意識も克服しなきゃいけないじゃないですか。いざやってみたら、「声が重なるとこんなに気持ちいいんだ」と思って。すごく新鮮だったし、純粋に感動したんです。それで「WATER」の最初のコーラスを宅録で録ってみたんですよ。でも、そこから先に進めなくて、岡田くんにどうにかして!ってデータを送ったんです(笑)。

岡田:ハモれるのが楽しいのか、今回は全部のデモにコーラスが入ってたよね(笑)。

神谷:「灯火」も最初コーラスから始まってたもんね。

谷口:優河ちゃんから送られてきたデモを僕らが解釈するうえでも、今回はコーラスが大きな役割を果たしていたと思いますね。コーラスを別の楽器に置き換えているところもあるんですけど、コーラスだと鍵盤やギターで積んだものとは違うコード感があって、鍵盤に置き換えるうえで参考にしました。

優河:1曲目の「やわらかな夜」はみんなでコーラスをやったしね。

千葉:みんなでコーラスをやったことがなかったので、試しにやってみたんですよ。マイク1本で。

谷口:ひとりずつやったらはまらなかったので、全員でやってみたらめちゃくちゃ良くて。

―今回は笹倉慎介さんなど複数のレコーディングエンジニアが関わってるそうですね。


岡田:いろんな場所でいろんなエンジニアで録ったんですよ。

谷口:曲の中でもパートによってエンジニアが違ったりしますからね。宅録のもあるし、岡田くんが録ってるものもあるし。

―ミックスは?


優河:ミックスは全部岡田くんです。

岡田:場所も録り方も全部バラバラだから、成り立たせるまでが大変でした。僕自身ロジカルにできるタイプじゃないんで、感覚的に散りばめていきました。音に導かれるままにミックスしていったというか。あまり考えずに、頭真っ白の状態でミックスしてましたね。

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誰もが夜明けを待っている

―前作では「別れ」が全体のテーマとなっていましたが、今回はたくさんの「夜明け」が散りばめられていますね。なぜそうしたテーマへと向かっていったのでしょうか。


優河:このメンバーとの制作を通じて自分のできることを見つけたかったし、私の中で陽が昇っていくような感じがあったんでしょうね。自分に自信がないときって寒い感じがするし、誰もいない夜のような気持ちになってしまう。「この暗闇から抜け出したい」という気持ちがあったんだと思います。今のコロナの状況もあったし、誰もが夜明けを待っているような気もしていて。

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―聞いていると、コロナ禍の息苦しさから解放されていくような感じがするんですよね。ひょっとしたらそれは優河さんが制作中に感じていた感覚でもあったのかなと。


優河:確実に1年前よりも昨年の後半のほうが気持ちは軽くなっていたし、みんなとのやりとりもスムーズになっていたとは思いますね。

岡田:僕らは優河ちゃんが徐々に曲を書けるようになっていく様を近くで見ていたから、優河ちゃんの1年間のパーソナルな流れが反映された作品だとは思います。

優河:確かに。一番最初に手をつけた「WATER」と「灯火」では温度感も全然違うし、これが同じアルバムに入るのだろうかとも考えてたけど、結果的にこの1年間のドキュメントになったよね。夜が明けるというのがどういうことなのか、今でも分かってないけど、「準備はできた」という感じ。夜が明ける前に何を感じ、何を蓄えていたのか、夜が明けたあとにすごく影響してくると思うんですよ。

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取材・文:大石始
写真:林直幸

RELEASE INFORMATION

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優河「言葉のない夜に」
2022年3月23日(水)
Format: CD / Digital
Label:NICHION,INC.

Track:
1. やわらかな夜
2. WATER
3. fifteen
4. 夏の窓
5. loose
6. ゆらぎ
7. sumire
8. 夜明けを呼ぶように
9. 灯火
10. 28

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LIVE INFORMATION

優河with魔法バンド 「言葉のない夜に」リリースツアー
3月25日(金)
名古屋 ちくさ座 (千種文化小劇場)
開場 17:30 / 開演 18:30
前売 4,000円 / 当日 4,500円

3月26日(土)
神戸 海辺のポルカ
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 4,000円 / 当日 4,500円 (ドリンク代別途)

4月13日(水)
京都 ロームシアター/ノースホール
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 4,000円 / 当日 4,500円

4月14日(木)
金沢 21世紀美術館
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 4,000円 / 当日 4,500円

4月22日(金)
東京 WALL&WALL
開場 18:30 / 開演 19:30
前売 4,000円 / 当日 4,500円(ドリンク代別途)

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