作曲、アレンジ、演奏、音響コントロールその他全てにおいて、かつてこれほどまでに細かな配慮に満たされたオルタナティブ・フォーク・ロック作品があったろうか。一方では、そうした細部への配慮を自ら吹き飛ばすほどの大胆不敵さが唸りをあげる場面もある。しかも、（実に奥ゆかしいからこそ同時に冷厳でもあるのだが）様々なルーツ・ミュージックを含む過去の音楽遺産の消化ぶりも、ただ「リファレンス」としてそうしたというレベルの彼方へと完全に突き抜けている。そうする必然、そうでしか表せない機微があるという確信から導き出された「過去の音楽」の意匠が、バンド・アンサンブルの中へと脈々と合流している。
　こういう音楽に対して、なにがしかの固有名詞を挙げながら類似性を語るのは若干気が引けるのだが、「良心的リスナー」のために付言しておけば、たとえばヒース・フォッグ、ブレイク・ミルズ、ビッグシーフ、ジュリアン・ベイカーなど、主に米国のインディー・ロックの精鋭たちが果敢に鳴らそうとしている「新しいルーツ・ミュージック」と同等の地平に立つものであると思うし、単にその地平に立つだけでなく、それらを更に押し広げるような先進性を持つものだとも思う。

　かねてより卓越した作曲ぶりを聴かせてきた優河だが、今作では、バックを務める「魔法バンド」メンバーとの共作も積極的に行っている。中でも岡田拓郎（ギター他）とのコラボレーション成果は本当に美しい。ソロ活動はもちろん、多くのプロジェクトで磨かれてきた岡田ならではの「音楽への奉仕」が、ここに至って更に高い次元へと突入した印象だ。例えば、「fifteen」における異様なほどアーシーなのにコンテンポラリー極まりないサウンドは、彼以外には絶対に作り得ないだろうし、彼による全編のミックスは、このアルバムをただの傑作という以上の類まれな音響芸術品へと押上げている。また、多くの曲では魔法バンドがアレンジを担当しているのだが、そのコミットぶりは、紛うことなき「バンド」だ......というか、優河の音楽を取り囲み時にはそれを生み出す一つの「コミュニティ」だ。彼らは優河とともに楽曲の深部へと飛び込み、根幹からその生命力を賦活している。

　優河は、本作リリースに際して発表したコメントで、アルバムの中に「夜明け」という言葉が多く散りばめられているのを、あとになってから気づいたと語っている。言葉のない夜。言葉を拾い集めるそばから水のようにこぼれ落ちていく、「意味」以前の何か。その何かは、うっすらと開けようとするこの暗い夜の向こう側へと誘ってくれる。おそらく優河は、独りではその誘いの手招きに気づくことはなかったことも知っている。ただ屹立するのではなく、支えられてようやっと立ち上がること。それでいいし、それでしかないこと。そして、かつては夜の暗がりの向こうに隠されていた（ひょっとしったらそんなものなどいないと自らが思い込んでいた）温かな他者の存在が、ふとしたことをきっかけに可視化されること......。そのときに初めて「過去」は今と有機的に接続され、自らを取り囲む人々との交歓を通じて、夜を照らす灯はようやく繋がれる。今「オルタナティブ」があり得るのなら、この地点から再度始めてみるべきなのかもしれない。彼女の歌声が運ぶ強い「確信」の感触に、夜明けの到来を予感する。

文：柴崎祐二

RELEASE INFORMATION

優河「言葉のない夜に」
2022年3月23日(水)
Format: CD / Digital
Label:NICHION,INC.

Track:
1. やわらかな夜
2. WATER
3. fifteen
4. 夏の窓
5. loose
6. ゆらぎ
7. sumire
8. 夜明けを呼ぶように
9. 灯火
10. 28

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PROFILE

優河
2011年からシンガーソングライターとして活動を開始。2015年、1stフルアルバム「Tabiji」をリリース。2018年、2ndアルバム「魔法」をリリースし世界観がより一層深まったダイナミックな音像で好評を博す。2019年、映画「長いお別れ」の主題歌＜めぐる＞を書き下ろし、同タイトルのEPをリリースした。全国各地でツアーライブやフェスにて音楽活動を積極的に行う。ミュージカル『VIOLET』ではオーディションにより主役VIOLETに選ばれ初舞台となる。 2022年3月23日に新アルバム「言葉のない夜に」をリリース。

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