SENSA

2022.01.26

阿佐ヶ谷ロマンティクス「大人幻想」──記名性を高めた歌心に乗せて、日々のなかに在る愛しい瞬間を

阿佐ヶ谷ロマンティクス「大人幻想」──記名性を高めた歌心に乗せて、日々のなかに在る愛しい瞬間を

 少しずつ新陳代謝を繰り返してはいるものの、駅からはいまも賑やかな商店街が長く伸び、訪れた人々の〈日常〉が行き交っている。そんな街の名を冠した5人組、阿佐ヶ谷ロマンティクスのニュー・アルバム『大人幻想』に焼き付けられているのは、日々の暮らしのなかに散らばるささやかなときめき。微かな、けれど大切な心の動きを捉えた瞬間だ。

 70~80年代のニューミュージックにレゲエやロックステディ、ラテン音楽を洒脱に溶け込ませたバンド・アンサンブルと、大貫妙子を彷彿とさせるヴォーカリスト、有坂朋恵の得難い歌声を持ち味とする彼ら。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」をはじめ、海外から逆輸入的に再評価の波が押し寄せている〈シティー・ポップ〉群ともリンクする音楽性は、本作において、よりポップかつ芳醇に進化している。Spotifyの7割を占める海外リスナーに向けて英詞バージョンも公開された代表曲「独り言」を筆頭に、ホーンを交えてグッと情緒を増した「きっかけ」、ダビーな揺らぎ越しに切ない抒情がたゆたう「泡影」、色鮮やかなシンセがリードする都会的なアップ「焦がれ」と先行曲の時点で表現の幅が広がったことは瞭然だったが、初出のナンバーもとりどりの詩情を湛えた秀曲ばかりだ。

 パーカッションを加えた可愛らしいグルーヴに思わず身悶える「少し大人になって」、メロディアスなホーン隊がキャッチーな開放感と仄かな哀愁を添える「帰り道」「ネオンサイン」、夜の静けさに彩られた「コントラスト」、溜めに溜めて放たれるエモーションに胸を掴まれるラストの2曲「めぐり逢えたら」「明日には」など、ソング・オリエンテッドな軸は保持しつつ、カリビアンな意匠が巧妙に散りばめられている点がこのバンドらしい。高橋アフィ(TAMTAM)、折坂悠太(合奏)への参加などで知られるRyotaro Miyasaka、umber session tribeのpontaroとamonらを迎えて提示する、〈歌謡曲/ニューミュージック的な佇まいの南国ポップ〉というさりげない記名性が、日常的ながらも品のある世界観を可能にしている。

 〈子供の頃に感じていた大人という幻想と現実との乖離〉がコンセプトにあるという『大人幻想』のなかで、〈私〉はコロナ禍における物理的な人との距離感を踏まえて〈あなた〉のことを歌う。そんな〈私〉の心の揺れをなぞる旋律は、〈過去〉から〈現在〉へと視線を移したことによって、聴き手がいま、この時代で感じるそれともより近しい響きを得たように思う。決してドラマティックではないけれど、大人になった〈私〉が、そして聴き手自身が日常のなかで捕らえる愛しい瞬間──10編を通じてのその追体験が、本作の聴後に優しい余韻をもたらしている。

文:土田真弓



RELEASE INFORMATION

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阿佐ヶ谷ロマンティクス『大人幻想』
2022年1月19日(水)
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PROFILE

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阿佐ヶ谷ロマンティクス
阿佐ヶ谷ロマンティクスは有坂朋恵(Vo)、貴志朋矢(Gt)、本間玲(Ba)、古谷理恵(Dr)、堀智史(Key)の5人組。2014年春結成。ロックステディやレゲエといった中南米音楽の要素をニューミュージックやティンパンアレイといった、日本語ポップスへと落とし込んだ、バンド名の通りロマンティックなナンバーを奏でるグループ。

LINK
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@Asagaya_Roman
@asagayaromantics
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