2022.04.15
"間"がもたらしたもの
―福岡に移住したのは確かコロナ禍になる前ですよね?
清水美和子:そうです。2019年の秋だったかな。特に何か思うところがあって拠点を移したわけではないんですけど、私の場合は家でずっと作業をしていることが多いですし、外で友人と頻繁に会うタイプでもないので、住んでいるところが変わっても特に支障はないのかなと。ただ、東京よりはやっぱりのんびりしていると思いますね。福岡って海に面しているじゃないですか。海の近くに住むのは初めてで、それはすごく気持ちいいですね。開放感があるなとはいつも思っています。
―離れたところから東京を眺めることで、何か気づいたことや思うことはありますか?
清水:私は東京育ちですが、大学の頃は長野に住んでいたこともあったし、がっつり"東京出身"というわけではないんです。それでも今は、いわゆる"中央"から離れたところにいるなという感覚はありますね。何か東京でワーッとなっているときも、どこか他人ごとの気持ちでいるというか。でも家族は東京にいるので気になることは気になるという、ちょっと不思議な感じではあります。
―しかも、移住してわりとすぐコロナ禍になって。
清水:そうですね。友人や家族ともますます会いづらくなってしまいました。そのぶん連絡を取るようにはしていますけど。
―2020年の4月には、YouTubeの公式アカウントにて『定点P』と名付けた音声のみの配信ライブを定期的にスタートさせています。
清水:コロナ禍になって、自分自身そんなに激しく落ち込むとかはなかったのですが、ここ5年くらい毎年参加していた大阪のライブハウス、Pangeaのアニバーサリーが初めて中止になってしまって。「あ、これはしばらくライブなどできなくなるな」と思ったのが、『定点P』を始めるきっかけになったところはあります。
―実際にやってみてどうですか?
清水:どのくらい需要があるのかわからないですけど(笑)、何もやらないよりは何かやることがあるのはいいことですよね。観てくださっている人からは(コメント欄で)レスポンスをもらえますし、新作を待ってもらえていることなども幸せなことだなと感じています。ファンの方とはライブ後にときどきおしゃべりなどしてはいましたが、コロナ禍とか関係なくライブにはなかなか来られない方もたくさんいるし、こういう形で実現できたのは良かったです。
―そういったコロナ禍での活動や環境の変化などは、新作を作るうえで何か影響を与えたところがありますか?
清水:"アルバムはアルバム"という感じで直接的には影響を与えていないと思います。でも、福岡に行ったことやコロナ禍になったことで、今回のアルバム制作をほとんどリモートで行ったのは今までにない試みでした。もうさすがに(直接会っても)いいだろうという時期にはなっていたのですが、それでも私が東京まで行くと費用もかかりますし。ドラムの神谷(洵平)くんのソロプロジェクトのときに、みんなとリモートで音源(2020年にリリースされたアルバム『Jumpei Kamiya with...』に収録の「Gingerbreadman」)を作った経験も大きかったと思います。
―リモートでの制作というのは、具体的にどう普段と違っていたのですか?
清水:例えばRayonsさんにアレンジをお願いした「The Bell」や「Canopus」の場合は、私がギターの弾き語りデモを彼女に渡していろいろ考えてもらいました。他の曲でバンド編成のものに関しては、私が作ったデモをもとに神谷くんがガリ氏(ガリバー鈴木)とホームレコーディングしてくれたテイクを、ラフの段階で「こんな感じでどう?」みたいに送り返してくれて。それを聞きながらリアルタイムで「ここはこんな雰囲気でお願いします」みたいに話し合い、より精度を上げて録ってもらうという流れでした。
―いわゆるベーシックのリズム録りの部分は、神谷さんとガリバーさんにお願いしたわけですね。
清水:はい。そこは普段とさほど大きく違っているわけでもないのですが、デモを神谷くんたちに送ったときにも、それを聴いて録音したものを返してもらったときも、リモートの場合はじっくりと聴く時間がそれぞれにあるんですよね。自分が普段使い慣れているイヤホンやスピーカーで鳴らしてみたり、ちょっと時間を置いて聴き直してみたり。
―ああ、なるほど。
清水:普段、スタジオで集まってのレコーディングだとその場で判断しなきゃいけなかったのが、そういう"間"が生まれたことで、じっくり判断もできたのかなと思っていますね。そこがリモートのいいところだと思いました。
音源作りを楽しもう
―Rayonsさんがレコーディングに参加したのは今回が初めてですが、彼女のアルバム(2012年『After the noise is gone』、2015年『The World Left Behind』)に清水さんが参加したり、ライブではもう何度も共演したりと長い付き合いになりますよね。彼女は清水さんにとってどんな存在ですか?
清水:今回この2曲をRayonsさんに任せたのは、特に「The Bell」とか自分では手に負えないなと思ったからなんです(笑)。Rayonsさんも「この曲、すごくいいね」と言ってくれていたのもあったし、ストリングスとかが入っているイメージがあったのでお願いしようと。
―ほぼ一人で完結していた以前の作品に比べると、参加アーティストたちが持つ作風、音楽性みたいなものが曲のなかにかなり多く入り込んでいる印象があります。そのあたり、清水さんとしてもPredawnとして作りたい音楽の形やめざすべき方向性みたいなものが、始まった当初から変わってきたところがあるのでしょうか?
清水:前回のEP『Calyx』(2018年)でも思ったんですけど、単純に任せたほうが楽だなということに気づいたところもありますね(笑)。もちろん、書く曲も以前とは変わってきていて、音源という形で表現するときにめざす"理想のイメージ"もだんだん高くはなっているし、最大限それを表現し尽くしたいというか。そのためには、その道のプロに任せようという気持ちもありました。神谷くんにしてもガリ氏にしても、Rayonsさんにしても、やっぱり長年一緒にやってきたこともあって、曲の雰囲気を感じ取っていい感じに仕上げてくれています。
―アルバム制作はいつ頃から始まっていたのですか?
清水:自分でデモなどを録りはじめたのは3~4年前だと思うんですけど、実際にやり取りをしはじめたのはこの1~2年だったと思います。
―アルバム全体の形が見えたのは?
清水:全曲の歌詞まで書き終えたのは、昨年の夏くらいでした。12曲でまとまって、いい感じになりそうだなと思ったのがその頃。なんとなく「12曲くらいがいいかな」と思っていたんですけど、揃ったなと思えたのはそのくらいですね。
―前作に比べてよりバロックポップというかチェンバーポップっぽい......というとあまりにも語弊がありますが、いわゆるフォーキーな要素は減ってきている気がします。いろんな楽器が鳴っていますし。
清水:そうですね。これまではライブでやりやすいアレンジを作りがちなところがあったんですけど、コロナ禍の影響かどうかはわかりませんが、「ライブでできなくてもいいじゃないか」と思いはじめていて(笑)。より「音源作りを楽しもう」みたいな気持ちが出てきたのはあるかもしれないです。結果的に、ライブで全然できそうもない曲はないと思うんですけど。
―ちなみに、お手本にしたサウンドやインスパイアされた作品などはありましたか?
清水:このアルバムのなかでは「New Life」や「The Bell」「Ocean Is Another Name for Grief」あたりが最初にできて、その頃によく聴いていたのはLowでした。すごく暗くていいなと(笑)。それはずっと頭にあった気がします。いわばサッドコアみたいなアルバムもあれば、ブイブイしているアルバムもあって、その振り幅も好きなグループですね。
―ミックスエンジニアに佐々木優さんを迎えたのはどのような経緯から?
清水:いつも頼んでいる方がエンジニア業を辞めてしまって「どうしよう」とずっと思っていたんですけど、神谷くんに相談したら、いろんなエンジニアさんを教えてくれて。彼は顔が広くていろんな人を知っているんですけど、赤い靴(神谷と東川亜希子によるプロジェクト)の楽曲で、「これは誰々がミックスをしてくれて......」みたいに教えてくれたなかでも佐々木さんが手掛けた楽曲の声の感じとか、すごく綺麗だなと思ったんです。『Jumpei Kamiya with...』で、私が歌った「Gingerbreadman」のミックスをしてくれたのも佐々木さんで、その仕上がりもすごく好きだったんですよね。
―確かに、ボーカルの空間処理などリッチな仕上がりですよね。コーラスとかダブルトラックのボーカルなども、今まで以上に多用していると思いました。
清水:そうですね、音響も含めてちょっと新しい感じになったのかなと。佐々木さんにお願いして本当に良かったと思っています。
"詩"ってなんだろう?
―アルバムタイトル『The Gaze』は、哲学用語でもある"まなざし"から来ているそうですね。
清水:それもあるんですけど、今作は曲によってさまざまな目線で歌詞が書かれているという意味もあり『The Gaze』と名付けました。哲学ってなかなか答えが出ない、結論の出ない学問じゃないですか。その問題を何世代にもわたってずっと考え続けている、見続けている人がたくさんいて、そういう"見つめ続ける行為"が自分は好きなんですよね。流れの早い世の中で、自分はそういう"定点観測"的なスタンスでずっと活動してきたし、そういうミュージシャンがいてもいいんじゃないかなという気持ちもあって(笑)。そんな思いもタイトルには含まれています。
―でも、これまでの清水さんの作品もさまざまな視点で世界を見つめていたというか。「見方を変えれば、こんなふうにも世界は映るよ?」ということを歌ってきたと思うのですが、今作はそれとは明確に違う部分もありますか?
清水:もちろんそういう部分もあるのですが、今回はキャラクター自体が変わっていて。今までは自分自身や、自分に近い存在の視点から書いた曲が多かった気がするのですが、今回は自分とは違うバックグラウンドを持っていたり、男性だったり世代も違ったり。現実的だったりふわふわしていたりというのを、ちょっと意識したかなと。
―それはどうしてですか?
清水:どうしてだろう(笑)。......曲を書いているうちに、「"詩"ってなんだろう?」というところに立ち返って考えることが多くなって。いろいろな詩を読んでみたりしているうちに「視点を変えてみよう」と思ったんですかね。
―そうやって違う存在、人格をある意味では"憑依"させて世界のありようを見つめてみるのは、ある意味でそれも哲学的な"思考実験"とも言えそうですよね。
清水:確かに。詩って、正しい・正しくないが決まる文章、いわゆる"命題"ではないじゃないですか。探せば"命題の詩"もあるかもしれないですけど(笑)、とはいえまったく意味をなさないわけでももちろんなくて。そこらへんに「詩ってなんだろう?」「音楽ってなんだろう?」という問いのひとつの答えがある気がしていて。それを探しているようなところもあるのかもしれないです。
―ちなみに、どんな詩を読んだのですか?
清水:英語詞を書いていたこともあって、英語の詩が多かったです。Dylan Thomasとかは、韻文が多くて歌も付けられそうな感じですよね。
本質的なところを見つめていたい
―さっき清水さんは「流れの早い世の中で"定点観測"的なスタンスで活動してきた」とおっしゃいましたが、確かに今作にはそういう姿勢を感じさせる曲が多いなと感じました。例えば「New Life」は、コロナ禍の前に書かれたそうですが、〈New world/ They're talking like the idiots/ Don't really know what you have in mind(新しい世界/みんながバカみたいに話してる/君が本当は何を考えているかなんて知らずに〉というフレーズは、やれニューノーマルだ、新しい生活だと急激に舵を切っていく今の世の中に対する違和感を歌っているようにも聞こえたんですよね。
清水:ああ、なるほど。そんなふうにも取れるんですね(笑)。でも、いろんなふうに聞こえてほしいという気持ちはありましたね。ちなみに今作でコロナ禍が直接的に関係あるとしたら、「Willow Tree」や「Fictions」あたりになるのかなと。
―「Fictions」の、〈I bet the isolation made us wiser this time(今度こそ孤独が僕らを賢くしてくれるって/思うのだけれど)〉という部分は特にそれを強く感じました。コロナ禍になっても変わらない人々に対しての、ご自身も含めたある意味では諦めの気持ちみたいなものがあるのかなと。
清水:まさに。コロナ禍もそうだし、今起きている戦争もそうだと思うのですけど、いちばん炙り出されるのは「いろんなことを考える人がいるな」ということですよね(笑)。そういう人がいなきゃいないで、ちょっと寂しいのかなというのもあるし。
―ひとつの考えだけが主流になりすぎるのもある意味怖いことですし。
清水:そう思います。いろんな人がいておもしろいなって、ちょっと無責任かもしれないですけど、そういうスタンスで(世の中を)眺めていることが多いですね。
―過去のインタビューで清水さんは、「自分自身は小さい頃からリアリストな面も強かった」とおっしゃっていました。そんな清水さんは、今回の戦争や震災、そしてコロナ禍での社会現象をどう見ていたのかも気になります。
清水:いろいろ思うところはありますけど、ひとつ挙げるとしたらやっぱり「人間っておもしろいな」ということですかね(笑)。例えば何かに対して怒る場合でも、「ああ、ここまで怒れる人がいるんだ」ということが自分には新鮮だったりして。「それだけ世の中に対して一生懸命なんだな」と。自分はもう少し冷静......というとちょっと偉そうに聞こえるかもしれないけど、冷めているところがいつもあるんですよね。
―だからこそ、視点をさまざまにずらしながら歌詞を書くことができるのかもしれないですね。
清水:それがいいことなのかわからないですけど(笑)。やっぱりミュージシャンやアーティストは「意見を持っていてなんぼ」みたいな風潮がありますよね。しかも、わりとみんな似た考え方の人が多いのかなと。ただ、それで疲れちゃう人もたくさんいるだろうし、もうちょっと本質的なところをずっと見つめていたいなという気持ちがあります。
―ちなみに「Star Child」は、映画『2001年宇宙の旅』から取ったタイトルですか?
清水:あ、ではないです。でも映画は映画で、『シェイプ・オブ・ウォーター』を飛行機か何かで観て、「なんかいいな」と思ってインスパイアされて作った曲ですね。ちょっと「New Life」の続きみたいな曲にもしたかったんです。
―確かに「New Life」の一節が挿入されていたりして、アルバムをコンセプチュアルな雰囲気にもしていますよね。
清水:そうですね。
―アートワークもとても素敵です。手掛けているのは、日本の現代美術を代表する若手作家の一人である大小島真木さん。『定点P』では中学の同級生とおっしゃっていましたね。
清水:そうなんです。その頃から絵がめちゃくちゃ上手い子で、気づいたら地元・東久留米の神社の天井画を描いていたり、プラネタリウムの星座の絵を描いていたりと大活躍されていて。いつかお仕事を頼めたらいいなとずっと思っていたんです。『The Gaze』というタイトルをお伝えしつつ楽曲もお送りして、なんとなく「こういう感じで」みたいにお願いしました。最初の打ち合わせの段階では、「色味はあまり多くないほうが好みなんです」みたいなことを言った気がしたんですけど、上がってきたのはめちゃめちゃ色が多くて笑いました(笑)。きっと、感じたままに描いてくださったらこうなったんでしょうね。すごく嬉しかったです。
―先ほども言いましたが、本作『The Gaze』は世の中全体が変化を求めて目まぐるしく動いているなか、じっくりと物事を見る、"gazeする"ことの大切さに気づかせてくれるというか。ありのままを"まなざす"ことが大事だということを教えてくれる作品だと思いました。人間って、"見て、知る"前についジャッジしてしまう生き物じゃないですか。
清水:そうですね。本当にそれが合っているのかを確かめることも大切だと思います。
―いい意味で"立ち止まらせてくれる"アルバムだなと。
清水:嬉しいです。ありがとうございます。
―アルバムをひっさげてのツアーも始まりますね。
清水:はい。最後の3本がバンド編成で、あとは弾き語りで回ります。バンドでやるのはとても久しぶりです。いつもの二人(神谷洵平、ガリバー鈴木)に、東京公演のみ武嶋(聡)さんが加わってやります。これからいろいろ練っていくつもりなので楽しみにしていてほしいです。
取材・文:黒田隆憲
撮影:山川哲矢
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2022年4月27日(水)予定
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※当選者にのみDMもしくはメッセージでご連絡します。DM・メッセージの受信機能を有効にして頂くようお願い致します。
※当選のご連絡から2日以内にお返事がない場合は当選を無効とさせて頂きます。
※選考経過および結果に関するお問い合わせには一切お答えできません。
※プレゼントの当選権利は、当選者本人に限ります。第三者への譲渡・転売・質入などはできません。
RELEASE INFORMATION
Predawn「The Gaze」
2022年4月13日(水)
Format: Digital / CD
Label:Pokhara Records
Track:
1. New Life
2. Paper Bird
3. Something Here Isn't Right
4. Ocean Is Another Name for Grief
5. Floating Sun
6. Canopus
7. Willow Tree
8. Here We Go Again
9. Monument
10. Fictions
11. Star Child
12. The Bell
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LIVE INFORMATION
Predawn"The Gaze"Release Tour
2022年5月13日(金)神戸 旧グッゲンハイム邸
*弾き語り
2022年5月29日(日)
沖縄 OUTPUT
*弾き語り
2022年6月10日(金)
京都 磔磔
*弾き語り
2022年6月12日(日)
金沢 もっきりや
*弾き語り
2022年6月18日(土)
福岡 LIV LABO
*弾き語り
2022年6月19日(日)
福岡 LIV LABO
*弾き語り
2022年6月25日(土)
新潟 ジョイアミーア
*弾き語り
2022年6月26(日)
熊谷 モルタルレコード
*弾き語り
2022年7月1日(金)
仙台 retoro Back Page
*弾き語り
2022年7月3日(日)
札幌 PROVO
*弾き語り
2022年7月16日(土)
名古屋 得三
*バンドセット
2022年7月17日(日)
大阪 Shangri-La
*バンドセット
2022年7月23日(土)
東京 キネマ倶楽部
*バンドセット (Guest:武嶋聡)
※チケット一般発売 4月13日(水)
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