SENSA

2022.12.02

カワサキケイ「Elephant」──エレクトロニックな音像、シリアスな言葉で「バグった」感覚を歌う会心作

カワサキケイ「Elephant」──エレクトロニックな音像、シリアスな言葉で「バグった」感覚を歌う会心作

 2022年の孤独とシリアスに向き合った作品が、一年の終わりに届けられた。今という時代に居心地の悪さを感じるなら、カワサキケイの最新作『Elephant』をすぐにでも聴くべきだ。どこまで自分や世界と立ち向かえるか、切実な感情を歌にできるかという、シンガー・ソングライターとしての覚悟がひしひしと伝わってくる。一見冷え切ったサウンドの奥には、凄まじいテンションで心が燃えたぎっている。その気迫にまずは圧倒された。

 1998年・千葉県生まれのカワサキは、録音〜トラックメイクまでDIYで行うベッドルーム・ミュージシャンとして活動を始め、2020年に1stアルバム『ゆらめき』を、元シャムキャッツのメンバーが運営するTETRA RECORDSよりリリース。その頃はフォーキーでメランコリックな詩情を奏でていたが、2021年のEP『天使のまねごと』では、フィル・コリンズから松田聖子まで意識したというダンサブルな80'sシンセ・ポップに傾倒していた。

 そういった変遷を踏まえれば、『Elephant』でエレクトロニック路線に舵を取ったのも自然な流れだったのかもしれない。とはいえ、ここでのサウンドや世界観は、「⻑すぎる静寂とそれを食らい大きくなる恐怖に追いつかれないようにと、ただひたすらに作り続けた」というカワサキの言葉どおり、前作の朗らかなムードとは明らかに一線を画したものだ。

 現代の病理、ソーシャルメディアの虚しさを「バグ」というタイトルに込めた1曲目では、音割れするほどのリヴァーブと悲鳴にも似たオートチューンが、讃美歌を思わせるキャッチーな曲調とともに鳴り響く。続く「電脳」ではAORのディープフェイクとでも形容したくなる音像でインターネットの暗部に迫り、感情のアップダウンと呼応するように曲構成が変化していく「Futari」「街は海」でも不安や憂鬱、痛みや葛藤が混沌としたまま渦巻いている。それなのに、寄り添うようなやさしさも感じられるから不思議なものだ。

 サウンド面でいうと、煌びやかなシンセ・サウンドとサックス(的な音色)を交えたアーバンな洗練性は、The 1975やNo Romeを筆頭とするDirty Hitレーベル、もしくはシャーデーの系譜に面なるインディーR&Bとの共振を感じさせる。その一方で、明らかに顕著なのがオートチューンの多用。加工されたボーカルならではの切ない響きで「バグった/壊れた」感覚を表現しているあたりは、ボン・イヴェール『22, A Million』と通じるものがあると思う(これは余談かつ半分妄想だが、『22, A Million』のプロデューサーであるBJバートンが、当初のプランどおりThe 1975の最新作に携わっていたら、この『Elephant』みたいなサウンドになっていたのかもしれない)。

 6曲目「悪い癖」からは、一人称が「オレ」となっていたり、9曲目の「十September 29十」がカワサキ自身の誕生日であることから、自分自身の葛藤と深く向き合っているような印象を受ける。そして、「パズル」「夢を見たら」という流れでこんがらがった感情は、10曲目の「こわれるまで」で一気に解き放たれる。ブルース・スプリングスティーン〜キラーズ〜ウォー・オン・ドラッグス〜ブリーチャーズの系譜に連なる、青臭くも力強い自己流スタジアム・ロックがラストに据えられているのは、本作のささやかな希望にしてチャームポイントだと思う。

 基本的にはこれまでと同様、楽器演奏からプログラミングまでカワサキが全て手がけているが、一部の楽曲で元シャムキャッツの藤村頼正と大塚智之がサポートし、二人はプロデュースやエンジニアリングにも携わっている。シャムキャッツとともに青春を歩んできた筆者としてはカワサキだけでなく、根気強くレーベルを運営してきた二人にも拍手を送りたい。多くの人々に転機をもたらすに違いない力作だ。

文:小熊俊哉



RELEASE INFORMATION

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カワサキケイ『Elephant』
2022年11月30日(水)
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