SENSA

2022.05.06

大石晴子「脈光」──日本語の「うた」は新しい時代に突入している

大石晴子「脈光」──日本語の「うた」は新しい時代に突入している

"もしもまだかかりそうなら
窓を叩かずに
このまま待っていよう
あなたの声は 誰のものにもならないんだから"

「さなぎ」という曲を初めて聴いたとき、世界がスローダウンしそうな錯覚を覚えた。繭のごとき温かさ、無重力に浮かぶような安らぎ。何もかもが猛スピードで押し寄せ、意思表示を求められては傷つけ合う難儀な社会で、待つこと、考えること、曖昧でいることを許容する歌とリリックは、ささやかな希望にも思えてくる。

大石晴子は星座をつなぐように歌う。抑揚をコントロールしつつ空気を滲ませ、心の機微をしなやかなアーチで描く。そこはかとない懐かしさは大貫妙子〜mei eharaの系譜とも通じるものがあるし、本人がコリーヌ・ベイリー・レイを影響源に挙げているのも納得がいく。大石の歌を非凡たらしめているのは、慎ましい響きに情感を宿らせる、柔らかいソウルネスだと思う。

このレビューを依頼されるまで、僕は大石のことを知らなかったのに、アルバム『脈光』にはすっかり魅了されてしまった。理由はわからない......なんて書くと怒られそうだが、ここにある名状しがたいフィーリングと深い余韻は、「わかりあえなさ」と誠実に向き合うことで生まれたものではないか、と想像している。

彼女は歌詞のなかで、どこまで近づこうと他人でしかない存在とすれ違い、それでも思いを巡らすことをやめようとせず、何かがふと重なり合った瞬間に光を見出している。もつれた糸を解きほぐすのではなく、どうしようもないほど絡まったまま、答えのない旅を続けるような感覚。そういったものが『脈光』にはある気がする。

大石の歌やセンスとともに驚かされるのが、この儚いフィーリングを、アブストラクトな音像に落とし込んだアンサンブル。その中軸を担うのは、ジャズをルーツに持ちながらポップ・フィールドで活躍する実力派プレイヤーたちだ。

ロバート・グラスパー以降のネオソウルに浮遊感を織り交ぜ、複雑なリズムをなめらかに聞かせる「まつげ」では、沼澤成毅が一年がかりで試行錯誤したというシンセ・ワークや、堀京太郎によるトランペットのエフェクティヴな演奏が光る。上述の「さなぎ」では、高木祥太(BREIMEN)が本業のベースだけでなくシンセも好演し、時間が止まりそうな感覚をうまく演出した。飛ぶ鳥落とす勢いのBialystocksからも、菊池剛(Key)と武良泰一郎(Dr)が「季節を渡れ」「立ち合い」など数曲に貢献している。

また、パーカッショニストの宮坂遼太郎、エンジニアの中村公輔という、折坂悠太のサウンドを支えてきた面々の働きも見逃せない。実際のところ、『脈光』がもつ茫洋としたテクスチャーには、折坂のアルバム『心理』や、同作に影響を与えたサム・ゲンデル、ブレイク・ミルズとの連続性も感じられる。個人的な感想を付け加えるなら、ソランジュ『When I Get Home』の抽象性と音響構築もうっすら想起した。

最近では、優河『言葉のない夜に』も目を見張るものがあったが、あのアルバムが出てから1ヶ月しか経たないうちに、ここまでのシンガー・ソングライター作品が届けられたのは驚きを禁じ得ない。誰のものにもならない声が、「さなぎ」のなかで自分の世界を育み、鮮やかに覚醒していく2022年。日本語の「うた」は新しい時代に突入している。

文:小熊 俊哉



RELEASE INFORMATION

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大石晴子『脈光』
2022年4月27日(水)
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PROFILE

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大石晴子
大阪生まれ神奈川育ち。生活の機微を美しくも不思議な響きのメロディで歌うシンガーソングライター。早稲田大学のソウルミュージックサークルで出会ったR&Bフィーリング、お笑いラジオ番組のヘヴィーリスニングで体得した鋭利な言語感覚を持つ、愛犬家。

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@haru_014
@haruko_oishi
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