2021.05.02
今回のレコメンドは、いちやなぎです。
いちやなぎ
京都在住、弾き語りを中心にバンド形態でもライブ活動を展開するシンガーソングライター。
2018年『neked.』リリース。2019年に京都ゆすらごにてバレーボウイズ、浪漫革命を迎え行われた自主企画はソールドアウト。その後も夏目知幸(exシャムキャッツ)、オオヤユウスケ(Polaris)との共演や、POPEYE(19年11月号)、Olive(20年復刊号)への掲載など、いま数少ない歌に惚れられるアーティストとして注目を集めている。
いちやなぎ「みゅう」
たとえば、サザンオールスターズの「愛しのエリー」、尾崎豊の「シェリー」のように、特定の名前を呼びかけるラブソングはどこか対象への愛おしさを強く感じるものがあります。「君」や「あなた」よりも、聴き手の想像力を掻き立てるのかもしれません。京都在住のシンガーソングライターいちやなぎの「みゅう」という曲もまた、サビで<愛してるよ みゅうちゃん>と何度も繰り返します。そこで浮かび上がるのは、雨上がりの木漏れ日が好きで、ダサい恋愛映画が嫌いな、よく笑う女性像。ゆるやかなテンポで紡がれるメロディは、いちやなぎの透きとおった歌声とも相まって、いっそう切なく響きます。些細な日常のワンシーンを切り取ることの多いいちやなぎの歌のなかでは異色とも言える直球なラブソング。ゆえに、この1曲をもっていちやなぎのすべてを語ることはできませんが、普遍的な歌のよさ、言葉選びのセンスが際立つ「みゅう」は、私にとって、新たな才能に出会えたことを強く感じる1曲でした。
いちやなぎ『album』
そんないちやなぎの最新作は今年3月19日にリリースされた5曲入りEP『album』。EPのタイトルに「album」とは?と、一瞬、ハテナが浮かんだのですが、意味するのは、写真を収める「アルバム」のことでしょうか。日常の一瞬一瞬をフィルムに焼き付ける写真のように、1曲1曲に日常の感情を封じ込めた作品という意味だとすれば、腑に落ちる気がします。ほぼ全曲アコースティックギターによる弾き語りだった前作『naked.』から一転、今作は全編バンドサウンド。トランペットや木琴、温かみのあるコーラスワークが、ときに賑やかに、ときに優しく重なり合う楽曲たちは、そこだけゆったりとした時間が流れているようです。夕暮れのバスに揺れる帰路、空の変化に彩られた日々の記憶、春の午睡。少ない言葉数で明快に景色を描き、やわらかな日本語で綴られた歌詞は、どこか俳句のような趣もあります。
ただ、牧歌的なばかりではないのが、いちやなぎの表現の油断ならないところです。太陽が照りつける海辺の景色が似合う「ミルキーサンシャイン」という曲では、その穏やかなグルーヴに揺れていると、<制度制度制度 制度の中で笑ってる>というフレーズが、ふと差し込まれます。生まれた瞬間から死ぬまで、良くも悪くも、あらゆる制度に則って手続きされ、管理される私たちの暮らし。そのフレーズには、その窮屈さに対する含みを感じてなりません。今作は、カントリーっぽい陽性のサウンドにのせて、"えっちらほい"と、掛け声をかけながら前進する「憧れの地へ」で締めくくります。それは、決してエモーショナルな類の歌ではないと思います。でも、言外のため息や涙を人生の大前提とするいちやなぎの優しい歌は、どんなロックな曲よりも、熱く背中を押してくれるような気がしました。
いちやなぎ「日々の栞」
というわけで、今回はシンガーソングライターいちやなぎについて紹介しました。新しい作品に焦点をしぼり、「みゅう」と『album』を掘り下げましたが、個人的に、いちやなぎの剥き出しの歌、その凄みを感じられるのは、やはり弾き語り作品の『naked.』だと思います。この作品の好きなところは、素朴な食べ物がよく出てくるところです。「カレーライスは風に運ばれて」が象徴的ですが、「とんでゆけ」の"季節の果物"、「夏跡」の"すいかと薄まったそうめんつゆ"など。食べることは、生活することであり、生きることです。だから、いちやなぎの歌は、とても生きている感じがするのだと思います。同時に、その歌の中からは様々な匂いが立ちこめてきます。五感を刺激するような歌。そんないちやなぎの作る世界に触れると、「歌」というシンプルで原始的な表現には、まだまだ大きな可能性があると思わせてくれるのです。
@ichiyanagi_info
note「ぐうたらのあなぐら」
いちやなぎ
京都在住、弾き語りを中心にバンド形態でもライブ活動を展開するシンガーソングライター。
2018年『neked.』リリース。2019年に京都ゆすらごにてバレーボウイズ、浪漫革命を迎え行われた自主企画はソールドアウト。その後も夏目知幸(exシャムキャッツ)、オオヤユウスケ(Polaris)との共演や、POPEYE(19年11月号)、Olive(20年復刊号)への掲載など、いま数少ない歌に惚れられるアーティストとして注目を集めている。
たとえば、サザンオールスターズの「愛しのエリー」、尾崎豊の「シェリー」のように、特定の名前を呼びかけるラブソングはどこか対象への愛おしさを強く感じるものがあります。「君」や「あなた」よりも、聴き手の想像力を掻き立てるのかもしれません。京都在住のシンガーソングライターいちやなぎの「みゅう」という曲もまた、サビで<愛してるよ みゅうちゃん>と何度も繰り返します。そこで浮かび上がるのは、雨上がりの木漏れ日が好きで、ダサい恋愛映画が嫌いな、よく笑う女性像。ゆるやかなテンポで紡がれるメロディは、いちやなぎの透きとおった歌声とも相まって、いっそう切なく響きます。些細な日常のワンシーンを切り取ることの多いいちやなぎの歌のなかでは異色とも言える直球なラブソング。ゆえに、この1曲をもっていちやなぎのすべてを語ることはできませんが、普遍的な歌のよさ、言葉選びのセンスが際立つ「みゅう」は、私にとって、新たな才能に出会えたことを強く感じる1曲でした。
そんないちやなぎの最新作は今年3月19日にリリースされた5曲入りEP『album』。EPのタイトルに「album」とは?と、一瞬、ハテナが浮かんだのですが、意味するのは、写真を収める「アルバム」のことでしょうか。日常の一瞬一瞬をフィルムに焼き付ける写真のように、1曲1曲に日常の感情を封じ込めた作品という意味だとすれば、腑に落ちる気がします。ほぼ全曲アコースティックギターによる弾き語りだった前作『naked.』から一転、今作は全編バンドサウンド。トランペットや木琴、温かみのあるコーラスワークが、ときに賑やかに、ときに優しく重なり合う楽曲たちは、そこだけゆったりとした時間が流れているようです。夕暮れのバスに揺れる帰路、空の変化に彩られた日々の記憶、春の午睡。少ない言葉数で明快に景色を描き、やわらかな日本語で綴られた歌詞は、どこか俳句のような趣もあります。
ただ、牧歌的なばかりではないのが、いちやなぎの表現の油断ならないところです。太陽が照りつける海辺の景色が似合う「ミルキーサンシャイン」という曲では、その穏やかなグルーヴに揺れていると、<制度制度制度 制度の中で笑ってる>というフレーズが、ふと差し込まれます。生まれた瞬間から死ぬまで、良くも悪くも、あらゆる制度に則って手続きされ、管理される私たちの暮らし。そのフレーズには、その窮屈さに対する含みを感じてなりません。今作は、カントリーっぽい陽性のサウンドにのせて、"えっちらほい"と、掛け声をかけながら前進する「憧れの地へ」で締めくくります。それは、決してエモーショナルな類の歌ではないと思います。でも、言外のため息や涙を人生の大前提とするいちやなぎの優しい歌は、どんなロックな曲よりも、熱く背中を押してくれるような気がしました。
というわけで、今回はシンガーソングライターいちやなぎについて紹介しました。新しい作品に焦点をしぼり、「みゅう」と『album』を掘り下げましたが、個人的に、いちやなぎの剥き出しの歌、その凄みを感じられるのは、やはり弾き語り作品の『naked.』だと思います。この作品の好きなところは、素朴な食べ物がよく出てくるところです。「カレーライスは風に運ばれて」が象徴的ですが、「とんでゆけ」の"季節の果物"、「夏跡」の"すいかと薄まったそうめんつゆ"など。食べることは、生活することであり、生きることです。だから、いちやなぎの歌は、とても生きている感じがするのだと思います。同時に、その歌の中からは様々な匂いが立ちこめてきます。五感を刺激するような歌。そんないちやなぎの作る世界に触れると、「歌」というシンプルで原始的な表現には、まだまだ大きな可能性があると思わせてくれるのです。
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note「ぐうたらのあなぐら」