2023.06.23
夜明けを迎え、いざ、光へといざなうツアー「where the light leads」へ──「優河 with 魔法バンド」インタビュー
痺れていた手の感覚がちょっとずつ戻っていくような感覚があった
─昨年、『言葉のない夜に』リリース時のインタビューで優河さんは「ソングライティングの面でスランプ状態にあった」と話してましたよね。アルバムリリース後、心境の変化はあったのでしょうか。
優河:ありましたね。リリース後のライブも最初は歌うことが怖くて。でも、ライブを重ねていくうちにみんなと波長が合っていくような感覚がありました。痺れていた手の感覚がちょっとずつ戻っていくような感じ。
─『言葉のない夜に』には《夜明け》という言葉が何度か出てきますが、まさに「夜が明けた」ような感じ?
優河:そうそう、「陽が出たな」っていう感覚がありました。シャワーを浴びたみたいに何かが流れたような感じがあって、すごくすっきりしました。後から考えると、本当にちっちゃいことで悩んでいたなって。私はもともと湿っぽい人間でもなかったし、こういう人間だったと思い出してきたというか。
─メンバーのみなさんは優河さんの変化は近くで見ていて感じました?
千葉広樹(B):うん、感じましたよ。コロナ禍に入ってから組んでいたライブも全部キャンセルになっちゃって、優河ちゃんとも一時期連絡をとってなかったんだけど、久々に(優河に)連絡してみたらシリアスな感じになっててね。何とかしなきゃっていう気持ちはみんな一緒でした。それがライブを重ねるなかでだんだん変わっていって、むしろ前よりも関係が密になった感じがする。
谷口雄(Key):アルバムリリース後から途切れることなくライブが続いていたことも大きかったと思います。前のライブの記憶が残っているうちに次に進んでいけるような感覚があって、バンドのコミュニケーションがもっとスムーズになってると思う。もちろん優河ちゃんの気持ちが開いているということも大きいとは思いますけど。
岡田拓郎(G):コロナ禍に入ってから誰とも会わない時期が続いたけど、そのなかでもいちばん最初に顔を合わせながら制作を進めていったのが優河ちゃんのアルバムだったんですよ。みんな自分のことでいっぱいいっぱいの時期だったし、優河ちゃんに限らず、世の中的にもダウナーなムードが漂ってた。そのなかでアルバムという出口にみんなで向かっていけた。
神谷洵平(Dr):アルバムという出口があったのはめちゃくちゃ大きかったよね。その時期にしかできない経験だったと思うし、その後ライブを重ねる中でそれぞれギアを上げてきたと思うんですよ。優河ちゃんも迷いがなくなったと思うし、自然に会話してるような感覚でライブができるようになりました。
自分が決めた自分の色に合わせていく必要はないんだなと思うようになった
─昨年3月から4月にかけて5か所で『言葉のない夜に』のリリースツアーがありましたけど、そのツアーの段階で迷いはなくなっていた?
優河:私は徐々に、という感じでした。
谷口:助走が長い人もいれば短い人もいますからね。ツアー自体久々だったし。ツアーをやったあとに「People」というシングルをみんなで作ったあたりから迷いがなくなってきたのかもしれない。
─「People」は昨年の6月29日、東京キネマ倶楽部で『言葉のない夜に』の発売記念ライブをやったとき、アンコールで演奏してましたよね。あのときはまだタイトルも決まっていなくて、MCで「できたばかりの新曲です」というようなことを話していたと記憶しています。
岡田:フジロックで新しい曲をやりたいということでパッとできた曲じゃなかったっけ?
優河:そうだ、そうでした。あまり迷いなく作った記憶があります。
千葉:ツアー中、優河ちゃんがリズムのアイデアを出してきたんですよ。
谷口:ツアー中の車の中でね。
優河:ドッドダン!って(笑)。
谷口:曲のアイデアは別にあったんですけど、岡田くんがこのリズムに合うんじゃない?って言い始めて。だから、違う曲のアイデアが合体したような感じだったんですよ。
─優河さんからリズムのアイデアが出てくるパターンはそれまでもあったんですか。
優河:いやー、なかったと思います。
岡田:(即答して)ゼロです(笑)。
─では、なぜ突然リズムのアイデアが出てきたんでしょうか。
優河:悲しい気持ちとかセンシティブな気持ちを曲に書くことが多いんですけど、私はそれだけじゃなくて、子供の頃は同級生の男の子を追いかけ回すこともあったし、そういう生物的な強さが蘇ってきたというか...(笑)。もともとエナジーのある人間だったことを思い出すなかでリズムに気持ちが向いていったのかな。
─前回の取材では、アルバムのデモはコーラス主体に作っていったと話してましたよね。曲の作り方自体、変わってきたと。
優河:そうですね。
千葉:曲の作り方もいろんなパターンがあったほうがいいと思うんですよ。そういうことってやっぱり段階を踏まないとできないことだし。
優河:以前は「こういう感じじゃないと私の色にならない」という勝手な気持ちがあったんですけど、今は「みんなにどんな音を入れてもらったとしても大丈夫だ」っていう安心感があるんですよ。そのうえで自由にできることもある。自分が決めた自分の色に合わせていく必要はないんだなと思うようになりました。
─そういう意味でも「People」は夜が明けたという感じがしたんですよね。キネマ倶楽部のライブの際、アンコールであの曲が演奏されたのはすごく印象に残りました。
優河:ありがとうございます。
─ただ、フジロックに向けて「People」を作ったけれど、優河さんのコロナ感染で出演キャンセルになってしまった、と。
優河:そうなんです...悔しかったけど、メンバーと会う前に発覚してよかったなとも思いましたね。
谷口:あれはもうしょうがなかったですね。感染者がいちばん多い時期だったし。
─そうですね。
優河:リリース後のライブも充実してたし、あの流れのまま出たいという思いもありましたけどね。でも、去年出てたら今年はなかったかもしれないし、タイミングですよね。
『言葉のない夜に』で塞ぎ込んでいた感覚が15歳の自分とリンクした
─で、今年に入ってからはドラマ『月食の夜に』(3月25日にNHKで放送)の劇伴および主題歌を優河 with 魔法バンドとして担当したわけですが、どういう経緯で話がきたんですか。
優河:最初は岩崎太整さんが音楽をやるはずだったんですけど、太整さんから夜中に連絡がきて「台本を読んでたら優河ちゃんがやったほうがいいんじゃないかと思って」と言うんですよ。太整さんはキネマ倶楽部のライブも観てくださったんですが、あのときの感覚が脚本と合うということで連絡をくれたんです。私は劇伴をやったことがなかったので、シーンに合わせて曲を作っていくやり方とか、太整さんからいろいろ教えてもらったんですよ。このシーンは千葉さんが合うな、ここは谷ぴょん(谷口)が合うな、と担当を振り分けていきました。
谷口:2、3曲書いたのと、優河ちゃんがAメロを書いた曲のBメロを書いたり。僕のシーンは結構わかりやすいものが多かったよね。制作していて楽しかったです。
千葉:みんなでセッションして作った曲も一部ありますね。
─バンドとして劇伴を作るケースもなかなかないと思うんですが、作ってみていかがでしたか。
岡田:みんなそれぞれ忙しいタイミングだったから、ひとり1曲だったらできるんじゃないか、そういうところから始まった感じだったけど、おもしろかったですね。
千葉:お互いがどういうミュージシャンなのか知っているからこそ、手分けして作れたところはありますよね。セッションで作った曲はインプロで録ったんですけど、そういうやり方でもちゃんと成立する。今までやってきたバンドならではだと思います。
優河:制作のスタッフさんたちが私たちの音楽を信じてくれて、任せてくれたので、とても自由に作れましたね。
─主題歌「光のゆくえ」は優河さんの作詞作曲曲ですが、脚本からインスパイアされて作ったんでしょうか。
優河:脚本自体が15歳の男女の話だったので、自然と自分が同じ年齢のころ何を必要としていて、どういう言葉を必要としていたのか、考えながら作りました。(15歳のころって)私は自分のことを何もわかっていなかったし、『言葉のない夜に』で塞ぎ込んでいた感覚が15歳の自分とリンクする感じがしたんですよ。だから、自分の中の記憶とか経験から出てきた部分もあると思います。
揺らいでいていいんだな、と。全身全霊そこにいれば、それでいい
─そして、7月からは約1年ぶりのツアー『where the light leads』が始まります。
優河:「where the light leads」っていう言葉は「光のゆくえ」を英語にしたんですけど、私が見つけた光をどこかで感じてもらえたらいいなと思って、このタイトルにしました。「なんか分からないけど気持ちよかったね」みたいな感覚的なことが日々積み重なって自分にとっての光になっていくと思うし、そういうことを感じ取ってもらえたら嬉しいですね。
─先ほどライブを重ねるなかで夜が明けてきたような感覚があったと話していましたが、もう少し具体的にいうと、それはどういう感覚だったのでしょうか。お客さんに自分の音楽を受け止めてもらえることが大きかったのか。メンバーと音を鳴らすこと自体がリハビリになったのか。
優河:たとえ自分の心が揺らいでいたとしてもみんなは許容してくれるし、それを確認できたことが大きかったと思います。自分が求めているものとお客さんが求めてるものは違うかもしれないし、自分が求めてるものに至らなかったとしてもお客さんは別のところを褒めてくれたりする。一緒の音とか場所を共有したとしても、感覚は決して同じじゃない。それはメンバーも一緒だし、それでいいんだと思えるようになったんですよ。
─前は違っていた?
優河:そうですね。「一緒の感覚を共有しないと」という思いがどこかにあったんですけど、揺らぎがあっていいんだと。そう思えるようになってから自分でも心地よくなってきました。必ずしも完璧なものを求めているわけじゃないし、そもそも何を完璧とするかも人によって違う。揺らいでいていいんだな、と。全身全霊そこにいれば、それでいいんだなと思えるようになりました。
─なるほど。
岡田:バンドの演奏にも揺らぎとか流動性があって、みんなやることが毎回違うんですよ。曲がすごくシンプルということもあって、その場で思いついたアイデアをいくらでも試せる。川の一点を見つめるとき、同じ水が流れてるんだけど、その形が常に変わっているような感覚に近いというか、同じ曲を演奏しても、アンサンブル内でのフレーズや音色、揺らぎは決して同じ形状にならない。時にはもう少し決めたほうがいいなという瞬間もあるんだけど(笑)。
優河:確かに(笑)。
岡田:前は優河ちゃんの歌をバックで支えるという気持ちがみんな強かったと思うんですよ。それがここ最近は、気負わずに出来てるのかなあとは思います。もちろん歌を邪魔するわけじゃなくて、音楽全体として演奏の自由さみたいなものが担保された状態でライブをやれてるんです。
谷口:優河ちゃんも前よりもっと自由になったよね。
優河:うん、そうかもしれない。魔法バンドはサポートバンドっていう感じじゃないし、そうあってほしくはないと思うんですよ。もちろんとてもサポートしてもらってるけど。
─あくまでも優河 with 魔法バンドというひとつのバンド。
優河:そうですね。
岡田:そういう気持ちがみんな強くなった気がするな。
神谷:魔法バンドの場合、音楽面でみんながあえて言葉にしていない部分が結構あると思うんですよ。感覚的に近づいたり、離れたり、特にライブでそう感じることが多くて。このバンドをやっていて独特だなと思うのはそういうところですね。
─もちろん言葉でコミュニケーションをとることもあるけど、音で会話をしながらもっと抽象的な感覚を共有しているような?
神谷:そうですね。みんなそこは大事にしている気がする。具体的に話しすぎないというか。
次のアルバムではもっと「陽」な優河を見せられたらと思っています
─ところで、今回はツアーの会場もおもしろいところばかりですね。いとの森の歯科室(福岡県糸島市)は、文字通り森の中の歯医者さんらしいですね。
優河:そうなんですよ。ここは神谷さんの繋がりでやらせていただくことになりました。
神谷:ここはライブスペースがあって、グランドピアノが置いてあるんですよ。前に自分のバンドでライブさせてもらったんですけど、そのときから優河ちゃんにもやってほしいです、というお話をいただいていて。
優河:私は初めてやるんですけど、噂には聞いていました。ここ(取材場所の吉祥寺キチム)でやるときにはお客さんがバンドを囲むように円形で演奏するんですけど、それに近い感覚でやれると思います。
─東京では、有楽町のプラネタリウム、コニカミノルタプラネタリアTOKYOでもやりますね。
優河:いつかプラネタリウムでやってみたいなと思ってたんですよ。『月食の夜に』をやったことでモチーフも重なったし、ようやく今回やることになりました。でも、このライブだけ神谷さんがいなくて...。
─とはいえ、普段とはちょっと違う魔法バンドが観れますね。
優河:そうなんですよ。プラネタリウムだし、ドラムレスの編成もそれはそれで合うと思うんですよね。
─福岡のROOMSや熊本NAVAROみたいなライブスペースもあれば、名古屋・ちくさ座みたいな小劇場、140年の歴史がある大阪の旧桜宮公会堂もあって、会場のサイズやカラーがバラバラ。音の鳴りも違うと思うんですが、そういった会場の違いは演奏するうえでどう意識しているんでしょうか。
岡田:みんな小さなカフェやギャラリーから大きなホールまでいろんな場所で演奏してますからね。毎回同じ演奏をするようなアンサンブルでもないし、今回みたいにいろんな場所でやれるのは自分たちでもおもしろいんですよ。
谷口:こんなに毎回場所が違うツアーもあまりないしね。
─そして、7月29日にはフジロックのリベンジが予定されています。演奏するのはFIELD OF HEAVENだそうで。
優河:いやー、まだ想像ができないですね。2019年に千葉さんが蓮沼執太フィルのライブでFIELD OF HEAVENに出たときのライブは観てますけど、私自身はあんなに広いところでやったことがないので。そもそも野外でやったこと自体がそんなにないし。
─とはいえ、ツアーを6本やった後だから流れもいいし、いいライブを観れそうです。
優河:そうなんですよ。ツアーとフジロックの間には制作期間も入れているので、かなり温まった状態だと思います。
─制作期間というのはニューアルバムに向けて?
優河:そうです。次のアルバムではもっと「陽」な優河を見せられたらと思っています。
取材・文:大石始
撮影:廣田達也
取材場所:キチム
〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-7 吉祥ビル地下
営業時間 土日月・祝日 (+不定休) 12:00 - 18:00(L.O.17:30)
@kichimu_kichijoji
RELEASE INFORMATION
優河 with 魔法バンド「月食の夜は」
2023年3月26日(日)
Format:Digital
Track:
1.lunar eclipse
2.Theme I
3.wonder
4.図書館
5.自転車
6.distance
7.Riverside Walk at Night
8.ripples
9.Theme II
10.Not Too Late
11.memories
12.駿と翠
13.光のゆくえ(主題歌)
LIVE INFORMATION
優河 with 魔法バンド TOUR "where the light leads"
2023年7月1日(土)福岡県 いとの森の歯科室
2023年7月2日(日)福岡県 ROOMS
2023年7月3日(月)熊本県 NAVARO
2023年7月9日(日)東京都 コニカミノルタ プラネタリアTOKYO
2023年7月13日(木)愛知県 千種文化小劇場(ちくさ座)
2023年7月14日(金)大阪府 旧桜宮公会堂
FUJI ROCK FESTIVAL'23
2023年7月29日(土)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
優河 with 魔法バンド
https://fujirockfestival.com
LINK
オフィシャルサイト@yugabb
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