SENSA

2022.11.08

それぞれが枠組みを超越し、それぞれのあり方で光る社会――bonobosラストアルバム『.jp』インタビュー【前編】

それぞれが枠組みを超越し、それぞれのあり方で光る社会――bonobosラストアルバム『.jp』インタビュー【前編】

『FOLK CITY FOLK .ep』からは5年、フルアルバムとしては『23区』以来6年ぶりの作品にして、bonobosにとってのラストアルバム『.jp』が遂に完成した。バンドの20年以上に及ぶ歴史を締めくくるに相応しい、最高傑作と呼ぶに十分な作品だ。現在の5人編成になった2015年以降に磨き上げられたバンドアンサンブル、蔡忠浩によるプログラミングとポストプロダクション、さらには近年ライブでもサポートを務める象眠舎/CRCK/LCKSの小西遼を共同アレンジに迎えたホーンセクションを加え、世界の音楽シーンの先端とも呼応しつつ、bonobosにしか鳴らせない濃密な楽曲がずらりと10曲並んでいる。

一方、制作が長期に渡った主な原因は歌詞だったそうで、蔡は一年間丸々作詞ができない時期もあったそうだが、本作では日本語・英語・韓国語を一曲の中に混ぜるという作風を徐々に確立。美辞麗句にまみれた"愛"を疑ったアンチラブソング「Not LOVE」は、現時点における到達点と言うべき名曲だ。そして、アルバム全体を通じて、パンデミックと並行して改めて浮かび上がってきた、BLMやアジアンヘイトをはじめとする人種の問題、LGBTQの問題とも向き合いながら、市井の人々がそれぞれの環境で背負う枠組みを超越し、それぞれのあり方で光る社会をSF的な世界観で表現しているのが何ともbonobosらしい。

『.jp』という傑作を解き明かすべく、SENSAではメンバー全員によるロングインタビューを実施。前編・後編を合わせて優に1万字を超えるボリュームでお届けする。


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初めて通しで聴いたときの感想は、本当に「すさまじい」の一言

―ひさびさの、そしてバンドとしては最後の作品となるアルバム『.jp』が遂に完成しました。まずはみなさんがこの作品に対する手応えをどのように感じているのかを聞かせてください。


森本夏子(Ba):完成まで本当に長くて、途中あきらめかけた時期もあったんですけど(笑)、本当につい最近ミックスまで完パケして、初めて通しで聴いたときの感想は、本当に「すさまじい」の一言で。最近の音楽は「ラフに繰り返し聴ける方がいい」みたいな感じだと思うから、それとはちょっと逆行してると思うんですけど、最後まで挑戦し続けられたし、20年間ずっとバンドをやって、いろんな音楽を聴いてきて、それでもなお驚くくらいの、聴いたことがない音楽になったなって。

小池龍平(Gt):bonobosが終わってしまうっていうこともあって、初期のころの曲とか、僕が参加し始めたころの曲を聴き返すことがあったんですけど、今回のアルバムは本当にすごいところまで来たなっていう、なっちゃんと同じような感想もありつつ、あとはこれまでたくさんの曲を残してきたbonobosという偉大なバンドの最後のアルバムに参加できたということが、自分としてはすごくうれしかったです。

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梅本浩亘(Dr):僕も龍平さんと一緒で、自分が参加したころからの曲を一回ずーっと聴いてみたんですけど、今回が一番えぐいなって。なので、今は「これを練習して、ライブでやるのか」っていう気持ちです。

蔡忠浩(Vo/Gt):リアルな意見だね。

森本:できるんかな?まだわからんよ。

:俺も心配。「おかえり矮星ちゃん」とかどうしようかなって。

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田中佑司(Key):録り始めたのって、2年くらい前?

:「アルペジオ」も入れたらもっと前。

田中:今回「アルペジオ」も入ってますけど、録り終わってからのポストプロダクションがこういうところに着地するとは......蔡さんの頭の中には最初からあったのかもしれないけど、僕らは想像できてなくて、それがみんなの言う「えぐい」とか「やばい」に繋がってるのかなと思っていて。さっき梅も言ってましたけど、これをライブでやるわけで、ポストプロダクションされたものを演奏するときの感覚に戻すっていう作業は、すごく大変だけど面白くもあり、その面白さが聴いてくれる人たちにも伝わるんじゃないかと思います。

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(「アルペジオ」は)ある種の世の中の複雑さみたいなものを、そのまま曲にできた

―楽器の録音はどのくらいに終わってたんですか?


:コロナ前にはほぼ終わってました。僕のギター以外は。

―じゃあ、やっぱりポストプロダクションを含め、そこから先の作業がかなり難航したということなのかと思いますが、蔡さんはアルバムの完成をどのように感じていますか?


:まあ......大変でしたよね。アレンジ自体はいつもとそんなに変わらないというか、作業の量は多かったけど、時間をかければ何とかなる。ただ歌詞が大変で、一年くらい出てくる気配が全くなかったんですよ。それでコロナ禍ということもあり、「休ませてくれ」って言って、長めの休みをもらって療養したりもしていて。そこから徐々にちょっとずつ、テーマを練る時間を作ったり、本を読む時間を増やしたり、いろいろインプットをして......あとちょうどコロナ禍に入る直前に、Moment Joonくん、FUNIさん、あと社会学者のケイン樹里安さんとしゃべるイベントがあって、その日もきっかけとしては大きくて。

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―というと?


:歌詞を書くのは孤独な作業なので、「本当にこれでいいのかな?」って、悩みながら書いてるので、「めっちゃいいですね」みたいなことを一言でも言ってくれる人がいると、ガッと進んだりするんです。そのイベントのときにケインくんが「アルペジオ」を聴いてくれて、歌詞の中に韓国語が入ってるんですけど、「驚いたけど、すごくいいですね」っていうことを言ってくれて。そういうことをやりたいと思いつつ、どこまで入れていいかわからなくて、臆病な感じで入れてたんですけど、気づく人は気づいてくれたから、「これをもっと進めてみよう」と思えて、そこから徐々に歌詞が書けるようになっていったんです。

―なるほど。


:「アルペジオ」はもともと兵庫県豊岡市とのコラボレーションみたいな感じで、実際に豊岡市に滞在して、いろいろなものを見て、それを曲にするっていうことをやったんですけど、自分がそこで見たり感じたりした、ある種の世の中の複雑さみたいなものを、そのまま曲にできたという自負がそのときありまして。なので、普段聴いてるかっこいいと思った曲とか流行りのビートとかも混ぜながら、他の曲もこの感じで作っていこうと思ったんです。

―生演奏とプログラミング、ポストプロダクション、さらには管のアンサンブルに、日英韓の3か国語と、アルバムの重要な要素が「アルペジオ」にすべて入っていますもんね。


:他の曲もミックスして、最後に並べて聴いたら、やっぱり「アルペジオ」はよくできてるなって。録った時期が離れてるので、はまるかどうかちょっと不安だったんですけど、ばっちりでしたね。

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―最終的にポストプロダクションでどうなるかわからないという中でレコーディングをするのは、プレイヤーとしてはどのような心構えなのでしょうか?


森本:私は最初に蔡くんからデモが来た時点で、いい意味で想像ができるというか......長年やってるからなのかわからないですけど、蔡くんだったらここからすごいことになるんだろうなって、デモの時点で光るものを感じるんです。なので、初期のデモも最終的に出来上がったものも、私の中ではそんなに大差ないというか、「蔡くんならこうなるよね」っていう感じ。だから、「どうなるんだろう?」と思いながら弾いてるわけではないんですよね。

小池:僕もポストプロダクションでガラッと変わったとは思ってないんですけど、しいて言えば、音の数はめちゃくちゃ増えたので......よく聴けば聴こえるんですけど、それによって聴こえにくくなる部分もあるにはあって、それがちょっと悲しいと思うことはあります(笑)。でもそれによって、複雑に入り組んだジャングルのような世界から、音を探し当てる楽しみがあるなって。

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梅本:僕はまずデモを自分なりにコピーして、その時点でかっこいいので、とにかくそこに向かっていくだけなんですけど、あとからみんなの音が入って、ミックスまで終わったときに、「もっとこういうニュアンスで行けばよかったかな」とか、最終形をくみ取れてなかったなと思うこともあったりはして。

―ドラムが最初のレコーディングでしょうから、そこの難しさはきっとありますよね。


田中:レコーディングのときは僕がドラムテックをやらせてもらっていて、梅が一発キックをドンッて踏んだだけで「かっこいい!」っていう音になるように、楽器のチョイスやチューニングを考えていて。もとのデモを生演奏でどう超えようかっていう、そこに焦点を当ててドラムの音作りをして......。

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:ドラムテックのインタビューになってるじゃん(笑)。

田中:自分のピアノにしても、今回はデジピを弾いたり、MIDI音源を弾いたり、生のグランドピアノを弾いたり、曲によっていろいろ使い分けていて。でも結局弾くのは自分だから、指先からどう伝わって、生演奏でどうやってデモ音源を超えていくのかっていう、やっぱりそこをすごく考えてました。

:アレンジは単純に気持ちいいかどうかしか考えてないんですけど、僕音色を絞ることができなくて(笑)。アレンジをしながら足していって、「これいいな、これもいいな」って......これでも削ってるんですけど、どうしても盛り盛りになってしまうんです。だから、ミックスは本当はもう少し時間をかけたかったですね。シンセとかギターは飛び道具的に使ってるものも多いので、ドルビーアトモスで処理してみたいとかも思ってたんですけど、どう考えても日程的に間に合わなくて。それは次に何かを作るときの課題にしようかなって。

プロテストではなくアジテーション

―小西遼さんがホーンのアレンジで参加した曲も多く含まれていて、今年のツアーも一緒に回っていたりと、もはや「第6のメンバー」のような印象もあります。


:楽器のフレーズに関しては、わりとデモの段階で僕が作っていて、管もある程度はそうなんですけど、管だと積みきれないところがあって、そういう部分で小西くんの持ってる部分をbonobosに注入してもらってるというか。彼の書くラインはやっぱり新しくて、基本ジャズの人なので、ジャズのマナーは押さえてるんだけど、彼は象眠舎をやってたり、クラシカルな部分もあって、そのバランスがすごくいいなと思っていて。

森本:私にとっては「ホーン隊として音が必要だから」というよりも、「小西くんだから必要」って感じで、「サックスを入れたいから」とかじゃなくて、「小西くんを入れたいから」っていうくらい重要な人になっていて。でもワンマン以外は小西くんを入れずに5人でやってるので、『.jp』の曲は「小西くんがいないときどうしたらいいんだろう?」っていうのがこれからの課題です。それくらい「小西くんだからこそできた」みたいなアルバムではあると思います。

:特に「永久彗星短歌水」の合間合間に入ってくるフレーズは激やばですね。「吹けない」って言ってましたけど(笑)。

森本:「一番難しい」って。

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:こにやんも僕と似てるというか、最初頭で考えて打ち込んで、それをフィジカルに落とし込むと思うので、頭で考えて「かっこいい!」っていうのが、現場で吹けないみたいなことがときどきあるんですよね(笑)。

―制作期間中はどんな音楽を聴いていましたか?


:『レッスンGK』を観たりとか、ルイス・コールとかあの辺の、生楽器もやるしシンセもバキバキ入ってるみたいなのはやっぱり好きで、ケンドリック・ラマーの新作はアルバムがほぼほぼ作り終わった後に出ましたけど、繋がってるものを感じたというか......休んでる間に出たものはかなりいろいろ聴きましたね。

田中:フライング・ロータスとか?

:それもそうだし、ハイエイタス・カイヨーテもそうだし、あとはフリート・フォクシーズとか、Sen Morimotoとか、モーゼズ・サムニーとか......宇多田ヒカルも聴いてましたね。そういうのを全部サブスクに入れて研究したり、インスタ見てるとたまに流れてくるライブの映像を観たり......あとこれは昔からよくやるんですけど、音楽をかけっぱなしにして、隣の部屋とかに行くと全然違って聴こえて、それにインスピレーションを受けたりとか。

―そのままだとマネになっちゃうから、間接的に取り入れる。


:ロジックも新しくなって、ソフトシンセをいろいろ触ったり、作り方も本当にいろいろですね。あと夜中はローファイ系のYouTubeチャンネルをよく流してて、音楽としては本当にシンプルですけど、音色含めて単純に気持ちがよくて、もともとああいうのは好きだったし、ある意味では原点回帰したような部分もあったりして。

―そういった様々なミュージシャンや作品からのインプットと、その一方ではさきほどの豊岡市の話のように、ここ数年の社会の動き、世の中の複雑さも作品全体のインスピレーション源になっているわけですよね。


:アルバムのとっかかりが「アルペジオ」だったので、豊岡で感じたことを楽曲に落とし込んでいて、そのあともコロナであり、オリンピックであり、いろんなことがあったので、そういったことも何となくのムードとして含まれていると思います。なので、曲によっては構造的に今の社会というものを意図的に反映させたものもあったりして。

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―さきほどモーゼズ・サムニーの名前が挙がって、今ライブのオープニングのSEとして彼の「Power?」が使われていたりもしますが、今回のアルバムは"アジテーション"もひとつのテーマになっていたとか。


:プロテストではなくアジテーションというか、一方的に何かを断罪するとか、そういうことではなくて。例えば、「Not LOVE」のテーマでもありますけど、ポップミュージックにおいて"愛"というのは普遍的なテーマですけど、ここまで商業的に、高度にシステマチックになっていくと、果たしてそこで扱われている"愛"というのは、本質からいかほど離れているんだっていう感じがしていて。ましてや、「Not LOVE」を書いてるときは「オリンピックどうするんだ?」って喧々諤々で、「美辞麗句の下でごまかされてる」みたいな思いもあったし、スポーツ選手やミュージシャンがそういうものに加担してしまうことが容易に起こりえるのも見てきて。そういう中で、「自分に正直に」というか、どこまで真剣に音楽を作れるのかっていうのを自分に課していくと、こういう作品になるというかね。

―「プロテストではなくアジテーション」というように、決して直接的な言葉でひとつの方向に扇動するような作品ではなくて。〈素数で光る〉とか〈各々で光らせ〉という歌詞もあるように、市井の一人ひとりがそれぞれのあり方で光るためのアジテーションという印象を受けました。しかも、それをSF的な世界観で表現しているのが何ともbonobosらしいなと。


:ジャケットもそういうイメージで、この群衆が具体的に何で集まってるのかは内緒というか、何でもいいんですけど、我々もこの中にいるかもしれない。「YES」を書いてるときはプライドパレードの様子を見たりもしたし、あとは「民衆の歌」のイメージもあって。『レ・ミゼラブル』の映画を観て、やっぱり市民が立ち上がるのはかっこいいなと思っちゃったんですよね。そうやってモヤモヤしたところからだんだんいろんなイメージが結びついて、アルバムになっていった感じですね。

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取材・文:金子厚武
撮影:吉場正和

RELEASE INFORMATION

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bonobos「.jp」
2022年11月2日(水)
Format:CD
Label:HIP LAND MUSIC
価格:\2,800(税込)
品番:RDCA-1073

Track:
1.永久彗星短歌水
2.Not LOVE
3.YES(Album Mix)
4.電波塔
5.Ghostin'
6.おかえり矮星ちゃん
7.KEDAMONO
8.Super Adieu
9.アルペジオ
10.LEMONADE

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LIVE INFORMATION

bonobos LAST LIVE「bonobos.jp」
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2023年3月3日(金)
大阪・心斎橋 BIG CAT
開場18:15/開演19:00

2023年3月5日(日)
東京・日比谷野外大音楽堂
開場16:00/開演17:00

<チケット情報>
FC『HOKAHOKA』抽選先行
受付期間 2022年11月01日(火)18:00~2022年11月06日(日)23:59まで
https://sp.bonobos.mobi/

Billboard LIVE untitled uTa domains

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2022年11月9日(水)
ビルボード東京
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13567&shop=1

2022年11月10日(木)
ビルボード東京
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13596&shop=1

2022年11月17日(木)
ビルボード大阪
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13568&shop=2

*各地昼夜2部入れ替え制にて実施いたします


LINK
オフィシャルサイト
@bonobosofficial
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