SENSA

2025.01.25

Nishikawa Yasunari『Redux(feat. Kokayi)』──グラミー賞ノミネート経験のあるKokayiが参加。「誰も聴いたことがない音楽」を体現する一曲

Nishikawa Yasunari『Redux(feat. Kokayi)』──グラミー賞ノミネート経験のあるKokayiが参加。「誰も聴いたことがない音楽」を体現する一曲

現代音楽、大衆音楽、民族音楽をクロスオーバーさせ、「誰も聴いたことがない音楽」を作り続けるNishikawa Yasunari。全ての楽曲の作詞・作曲・アレンジ・楽器演奏・プログラミングを自ら手掛け、音楽の「様式」を更新しようとするアーティストだ。

僕が彼のことを知ったのは、2023年3月にリリースされた「Birth」。ピアノの不協和音で始まり、5拍子を基調としたリズムに乗って、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカを横断しつつ、ソフトな印象のラップと歌を聴かせるボーカルの存在があることで、ポップスとしての記名性も獲得するという、なんとも独創的な一曲だ。しかも本人の解説を読んでみると、「冒頭にはピアノと鐘の音があるのですが、ピアノは1音半ずつ進み、鐘の音は半音ずつしか進みません。(最後はコードトーンに終結)すると、それぞれが通過する景色が違ってきて不協和音になったり、複雑なテンション和音になったり、名前もついていない和音になったりします。セリエリズムやクラスターの視点から自分で作り出した技法です」と、自らの音楽を学術的に言葉にすることもできる人だとわかり、ますます「これは普通じゃないぞ」という確信を強めた。

その後も「Awanai Futari」はボサノバ、「名も無い気持ち」はトラップと、曲ごとにジャンルを行き来しつつ、やはりどの曲も拍子や和声に対する独自性が貫かれていたが、彼のアヴァンギャルドな側面が強く表れたのがインスト曲。「breath」では「1、2、3、5,、8、13、21...」と、前の数字を足した数が続くフィボナッチ数列をもとにビートなどを構築し、リズムは逆から再生しても同じリズムになる不可逆リズムになっているというかなり数学的な一曲。続く「Ocean」でもジャズに十二音技法を取り入れて、さらに8bitサウンドを組み合わせるという離れ技を見せ、一見突飛なアイデアを理論に基づいて形にする研究者的な側面を強く感じさせた。

「Tonight Tonight」と「Peek A Boo」では再びポップスに接近しつつ、彼の音楽におけるもう一つの重要な側面である「民族音楽」的な要素をわかりやすく開陳し、アフロやラテンへと接近。もちろん、それもそのまま取り入れるのではなく、「Peek A Boo」ではラテン音楽特有のリズムパターンであるクラーベを崩すところから制作がスタートしたというのがNishikawaらしい。ここまで来ると「Everytime」のミュージックコンクレート的な技法ではもはや驚かなくなっていたが、2024年7月にリリースされた「Strange Life」ではボコーダーを用いたダンスミュージックに、ジェイコブ・コリアーがピックアップしたことでも知られるネガティブハーモニーを持ち込み、またしても驚かされたのだった。

こうした稀有なキャリアを築いてきたNishikawaの記念すべき10曲目のリリースとなる楽曲が「Redux(feat. Kokayi)」。もちろん、まず注目なのがグラミー賞ノミネート経験のある作曲家・プロデューサー・ラッパーで、教育者でもあるKokayiの参加だ。NishikawaがSNSを通じて直接オファーをし、参加を快諾したという。ブーンバップっぽい雰囲気でありながら、ビートはポリリズムや変拍子で構成され、アラビア音階を用いたメロディーをシタールが奏でるアレンジはまさにNishikawaらしく、そんな普通ではないトラックをインプロ的に乗りこなしていくKokayiのフロウがとにかくクール。Nishikawaの標榜する「誰も聴いたことがない音楽」の真骨頂と言っていい一曲だ。

Kokayiのキャリアは長く、これまでにコラボレーションをしたアーティストの数も膨大で、比較的最近で言えば、スティーヴ・レイシー、ジャズミン・サリヴァン、ケイトラナダらとともに参加したラッパーのゴールドリンクによる『At What Cost』(2017)や、ジョエル・ロス、レジーナ・カーター、ブリタニー・ハワードらとともに参加したドラマーのネイト・スミスによる『Kinfolk 2:See the Birds』(2021)などが挙げられるが、「Redux」との関連で言えば90年代から交流のあるスティーヴ・コールマンの作品への参加が重要だろう。サックス奏者でありながら変拍子を多用し、M-BASEという独自の手法を用いてジャズの可能性を拡張したスティーヴの曲で、Kokayiは持ち味であるインプロビゼーションを存分に発揮し、そのスキルが「Redux」の魅力を大きく引き上げている。

Kokayiによるリリックは、個人が自由を求める中で直面する社会の矛盾や抑圧を描いていて、ジャケットはアフリカの海岸で取れた資源を資本家が搾取している様子を浮世絵にしたもの。アフリカン・アメリカンであるKokayiは、アフリカのディアスポラ文化(民族離散)を重視して、セネガル、キューバ、インドなど世界を巡ったスティーヴとアイデンティティの面でも共振し、KokayiがNishikawaからの楽曲への参加依頼を受けたのも、音楽的な独創性はもちろん、Nishikawaの楽曲にあるマルチ・カルチュラルな側面に呼応するものがあったからかもしれない。Nishikawaは以前からジャケットのモチーフとして浮世絵を用いることが多く、日本人ならではの表現を模索してきたこともとても重要だ。プエルトリコ出身のバッド・バニーやナイジェリア出身のRemaが世界的なスターとなっている時代ともリンクし、日本のポップシーンに当てはめるなら、MILLENNIUM PARADEがやはりプエルトリコのスターであるラウ・アレハンドロを「KIZAO」に招いたり、MILLENNIUM PARADEにも参加する江﨑文武が所属するWONKがT3、K-Natural、ビラルを招き、感動的な「One Voice」を作り上げたことにも並ぶような、確かな達成だと言っていいだろう。

Nishikawaは初作である「Birth」でこんなふうに歌っている。〈新しいマテリアル 新しいArousal〉〈上手くまぜて生み出すだけ〉。Nishikawa Yasunariという人は、さまざまな文化を融合させた芸術品を作り出し、聴き手のArousal=覚醒を促す音楽家である。

文:金子厚武



RELEASE INFORMATION

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Nishikawa Yasunari「Redux (feat. Kokayi)」
2025年1月22日(水)
Format:Digital

Track:
1.Redux (feat. Kokayi)

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Kokayiオフィシャルサイト
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