SENSA

2024.05.29

エルスウェア紀行、オーディエンスをどこでもない場所へと導く一夜の旅。単独公演「幌をあげる」ライブレポート

エルスウェア紀行、オーディエンスをどこでもない場所へと導く一夜の旅。単独公演「幌をあげる」ライブレポート

5月19日、エルスウェア紀行が単独公演「幌をあげる」を渋谷WWWで開催した。2020年の改名から、「どこでもない場所を旅する記録」を掲げて活動してきた2人は楽曲の力で着実にリスナーの数を増やし、この日フロアを埋めたたくさんのオーディエンスを物語性の高い楽曲で魅了した。

汽笛の音を合図にSEが流れ出し、ルームランプが温かな明かりを灯すステージにまずドラムのトヨシが登場し、続いてサポートメンバーであるベースの千ヶ崎学、キーボードのsugarbeans、ギターのクロサワが続き、最後にボーカルのヒナタミユが姿を現すと、ライブはエルスウェア紀行として最初に発表された「スローアウェイ」でスタート。〈どこにも行かないよ なんて わざわざ言わないで どこまでも行こうよ、二人で〉と歌いかけ、一夜の旅へとオーディエンスをゆっくりと導いていく。

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トヨシのスネアロールから始まった「鬱夢くたしかな食感」、それに続く「キリミ」はプログレッシヴな展開と、クロサワの歪んだギターをフィーチャーしたオルタナ感のあるサウンドが特徴。かつてプログレバンドをやっていたというトヨシのアレンジが冴える楽曲は「魔改造シティポップ」とも呼ばれ、以前まで千ヶ崎がメンバーだったKIRINJIにも通じるものがあり、このアレンジ・曲調の幅もエルスウェア紀行の大きな持ち味だ。

MCでは公演タイトルについて、この一年で楽曲を聴いたり、ライブに足を運んでくれる人が増えたからこそ、改めて「帆をあげる」という気持ちがあると話し、また雨風を防ぐ「幌」という字を使った理由として、「エルスウェア紀行の音楽が明日からのみなさんのささやかな幌になればいいなと思っています」と想いを伝えていく。

さらに「ライブはそれぞれが自分により深く潜っていくようなものだと思っていて、浮かぶ景色や情景はみんな違うと思うんですけど、それでも同じ空間を共有してるってすごく不思議で、だからライブが好きだなと思う」と語り、4月にリリースされたばかりの最新曲「素直」を披露。このパートでは「魔改造」ではない正統シティポップ譲りのポップセンスが発揮されて、「マイストレンジタウン」に続いて演奏された「イマジン」は印象的なピアノのイントロと伸びやかなメロディー、〈イマジンと泳げ〉というフレーズの鮮やかさも相まって、2024年のエルスウェア紀行の新たなスタンダードだと感じた。

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ここでサポートの3人が一旦ステージから降り、ヒナタとともにトヨシもアコギを手にして、アコースティックな2人編成へと移行。過去にこの編成のライブで共演したシンガーソングライター・つるうちはなの「2人は朗らかだけど、音楽には悲しみがこびりついていて、でもそれが美しい」という言葉を聞いて、音楽が自分の味方になった感覚があるというエピソードを語り、その頃から演奏していた「うつくしい人」と、「自分の中で繋がりがある」という新曲「光の位相」を初披露。フォーキーな旋律に乗せて〈もう時間は戻らないけど 笑っていてほしい〉と歌われる「うつくしい人」は確かに悲しみを湛えているが、ヒナタの憂いを含んだ歌声は非常に魅力的だし、その場にいるオーディエンスがそれぞれにとっての「うつくしい人」に想いを馳せる時間は、やはりとても美しいものだ。

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千ヶ崎がステージに戻り、アップライトベースの弓弾きとともに「天国暮らし」を披露し、さらにはクロサワがスライドギター、sugarbeansがキーボードではなくドラムを担当しての「じゆう」を続け、メンバーが2人だからこその自由な編成もとても楽しい。BGMに列車の音、カラスの鳴き声、石焼き芋屋さんの声が聞こえる中、ダジャレ好きのおじいちゃんの影響で間抜けさやユーモアを大事にしていること、エルスウェア紀行という名前の由来がおじいちゃんと一緒に聴いていたラジオ番組「JET STREAM」であることなどを話し、「もう会えなくても、自分の中に大事なものが血肉として残って、自分の一部になっていると気づいたときに、ちょっと寂しさが薄れた」と言って披露された「魔法使いだと思ってた背中」は、ノスタルジーを喚起するヒナタの情感たっぷりの歌唱が胸に響き、中盤のハイライトを作り上げた。

ここからは再び最初のバンド編成に戻り、宮沢賢治的な世界観の「ムーンドライバー」でライブ後半がスタートすると、「魔改造シティポップ」の始まりの曲であり、クロサワのカッティングがファンキーな「少し泣く」、この日初披露にして新境地のロックナンバー「冷凍ビジョン」といったライブ映えのするナンバーで徐々にフロアの温度を上げていく。音源以上に肉体的・野性的な歌唱や演奏はやはりライブだからこそ味わえる特別なものだ。キャッチーなメロディーと細やかなアレンジの組み合わせが素晴らしい「無添加」から、「ロマンチックサーモス」でのトヨシのドラムソロでさらに勢いをつけると、ここで披露されたのがライブでのキラーチューン「あなたを踊らせたい」。

千ヶ崎のグルーヴィーなベースラインが光るエルスウェア紀行流のダンスナンバーであり、ミラーボールが光り輝く中、サビで場内が一斉にクラップをする光景は、やるせなさに蓋をする日常をひととき忘れさせるもの。昨年10月に行われた吉祥寺STAR PINE'S CAFEでの単独公演が椅子席だったことを思えば、スタンディングで踊れるこの瞬間を楽しみにしていた人も多かったはずで、演奏を終えるとこの日一番と言ってもいい大きな拍手と歓声が起きていた。

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改めてオーディエンスに感謝を伝え、前身バンド時代から演奏され続けている「ベッドサイドリップ」を届けると、この日の本編最後に披露されたのは「ひかりの国」。〈どんなに負けずにいても ぼくらに光はない 音のない革命ののろしも 遠くへは届かない〉と歌われるこの曲は、コロナ禍で誰しもが感じた悲しみや諦念に寄り添いながら、それでも日々は進んでいくし、進んでいかなければならないことを中盤の軽やかなワルツのリズムで伝えているかのよう。悲しいんだけど悲しみに潜り込みすぎない、この平熱の温度感がとても好きだし、とてもリアルだと思う。歌い終えたヒナタが先にステージを去り、残った4人が熱のこもった演奏を繰り広げて、最後にトヨシがシンバルを打ち鳴らして終わるまで、まるで映画のエンドロールを見ているかのような感動があり、そういえばこの会場はもともと映画館だったことを思い出したりもした。

アンコールでは再びエネルギッシュに「世界に気づいて」を披露し、メンバー紹介やファンクラブ発足のお知らせなどをして、最後は軽快なボサノバのリズムで〈明日がなくても明後日には また会いましょう〉と歌う「ひとときのさよなら」で大団円。明日が来なくても、ぼくらに光がなかったとしても、明後日には会えるかもしれないし、そこには光や希望だって生まれているかもしれない。そう思わせてくれるエルスウェア紀行のライブは、この曲の歌詞通りの〈平熱の逃避行〉であり、きっとその経験が聴き手の日常における幌となり得るはず。一夜の旅を終えて、そんなことを強く感じた。

文:金子厚武
撮影:髙野立伎

RELEASE INFORMATION

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エルスウェア紀行「素直」
2024年4月24日(水)
Format:Digital

Track:
1.素直

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