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2024.04.12
SXSWとは
サウス・バイ・サウスウエスト(以下SXSW) は、毎年3 月中旬に米国テキサス州オースティンで開催される、映画、インタラクティブ、音楽フェスティバルとカンファレンスが共同で開催される世界最大級の複合イベントだ。初開催されたのは1987年で、当時ニューヨークで活況を呈していた音楽カンファレンス・フェスティバル「NEW MUSIC SEMINAR」をオースティンに持ち込むべく活動を開始。SXSWロゴの矢印は、ニューヨークからオースティンの方角を示したものだろう。1994年には映画祭が、1998年には新興テクノロジーに焦点を当てるインタラクティブも開始。その後もコメディ、教育、環境から宇宙に至るまで、SXSWで扱うテーマは拡大の一途をたどっている。オースティンについて
SXSWの開催地であるオースティンは「世界のライヴミュージックの中心地」(the Live Music Capital of the World)として知られているテキサス州の州都だ。1991年に市の愛称として正式に採用している。オースティンが米国で人口当たりのライヴ会場が最も多いと調査で判明した際に付けられたとも言われているが、1980年代半ばにオースティン・コンベンション・アンド・ビジター評議会(現在はビジット・オースティンとオースティン商工会議所の別組織)がビルボード誌向けの広告用にでっち上げたという説が濃厚なようだ。いずれにせよ、実際に市内全域に大小様々なベニューが数多く存在し、そこで毎晩ライヴが繰り広げられ、年間40近くの音楽フェスティバルが開催されていることから名実ともにこの愛称を体現、SXSWの拡大とともにこの愛称はより強固なものとなっていったと言えるだろう。近年は人口も急増し、オラクル、グーグル、テスラ、アマゾンといった多くのハイテク企業が拠点を構え、新しい施設やビルの発展が目立つ。テキサス州内で最も勢いがある市であることも特筆しておきたい。出典:
How Austin became the 'Live Music Capital of the World'
How did Austin become the "Live Music Capital of the World?"
オースティン(JETRO)
SXSW公式からのボイコット
米軍が今年のSXSWのビッグスポンサーになっていることや、イスラエル=パレスチナ問題でイスラエル側に武器を供与しているとされるRTX Corporationの子会社であるCollins AerospaceやBAE Systemsといった軍事関係企業が加わっていることを理由に、Lambrini GirlsやBODEGA、Super Furry AnimalsのフロントマンであるGruff Rhys、日本のEmma Aibaraなど、100を超えるアーティストがSXSW公式のショーケースから撤退した。テキサス州の共和党グレッグ・アボット知事が、テキサス州と米軍とのつながりを誇りだとし、ボイコットに対して「気に食わないなら来るな」とXに書き込む事態に。SXSW事務局は、アボット知事に同意しないとしアーティストたちが言論の自由を行使するために下した決断を全面的に尊重するとしつつも、防衛産業が多くのシステムの実験場となり新興テクノロジーをリードしてきたという歴史に触れ、生活に与えている影響を理解したほうが良いと関与を肯定する声明を発表し、火に油を注ぐ結果となってしまった。軍や防衛産業の関与を許したことは、SXSWがテクノロジー偏重の場になってきたことの表れのように感じる。ボイコットを行ったアーティストの多くが非公式のショーケースを行ったようだが、Lambrini Girlsのように一切ライヴをやらなかったバンドもいるし、後ろめたさを持ちつつも経済的な事情などで公式参加した者もいるかもしれないのだ。
音楽が魂であり、クリエイターたちのゴール達成を手助けすることをコミットとして掲げるSXSWの理念と反する結果を招いたと言わざるを得ないだろう。また、ボイコットの背景には、2022年にアメリカのインディーロックバンドのWednesdayが公式出演料を詳細に分析し公開したことに端を発する、出演アーティストに対する不当な扱いをめぐる批判の高まりも影響していて、根が深い。来年以降、SXSW事務局がどのような行動を取るのか要注目だ。
出典:
The Off Beat: South by South Protest
SXSW Responds to Artist Dropouts Following Tweet From Greg Abbott
'Artists will not stand for this': musicians drop SXSW in support of Palestine
再び起きた悲劇
再び悲劇が起きてしまった。フェスティバルの2日目が幕を閉じようとしていた3月12日の午前1時過ぎに、オースティンのダウンタウンでひき逃げ事件が発生。犯人はレッドリバー通りとの交差点で赤信号を無視し、歩行者2名をはね、州間高速道路I-35へ逃走した。事故に巻き込まれたオースティンのレストラン「Arlo Grey」で働いていたシェフの コディ・ジョードン・シェルトン氏は現場で亡くなり、匿名の重傷者は病院搬送された。オースティン警察は、本事件の容疑者としてTyrone Thompsonを逮捕。彼は第二級重罪、事故死亡などの罪で起訴されている。この事故は10年前の2014年、MohawkでLAパンクの伝説、Xがライヴを繰り広げている最中に起きた悲劇を思い出させるものだった。酩酊した男が運転する車がMohawkの屋外にいた群衆に突っ込み、4人が死亡し20名が負傷。ダウンタウン周囲では警備が強化され、バリケードが強化されたそうだが、当時遺族が起こした訴訟では、これまでのSXSW中に153人の歩行者が車両にはねられた事実が指摘されており、今年再びこの死亡事故が起きたことから、イベントを安全に開催するための対策がまだまだであることが露呈してしまった。SXSWでオースティンを訪れる我々自身が、現地での安全性に十分気を配り、危険感受性を高める必要がある。出典:
Man arrested for deadly hit-and-run near SXSW was evading police before crash: affidavit
Austin Chef Dies in Hit-and-Run Incident During SXSW
SXSW 'Deeply Saddened' by Death of Pedestrian in Hit-and-Run Incident in Austin
今年のハイライト
2024 SXSW Music Festivalにおけるハイライトに移りたい。2024/3/25時点の公式サイト登録情報によると、今年は55の会場で、1218組のアーティストがショーケースを繰り広げた。まずは、今年の主役のように目に映ったThe Black Keysを取り上げないわけにはいかない。彼らの軌跡を辿ったドキュメンタリー映画『This is a film about The Black Keys.』のプレミア上映を皮切りに、各分野の第一人者ばかりが出演する名トークショーである「keynote」にも登壇し、オースティンを代表するベニューのMohawkとStubb'sにて、2夜連続でショーケースを行った。Stubb'sでのリリース目前の新譜『Ohio Players』からの楽曲お披露目を含む、ベストヒッツなセットリストも勿論素晴らしかったが、前日のMohawkでのショーケースは全体を通して目頭が熱くなるほど感動的なものだった。
ダン・オートバックがオーナーで運営を手掛けるレーベル兼スタジオ「Easy Eye Sound」主催のショーケースで、Moonrisersをはじめとした新人バンドからKenny BrownやRobert Finleyなど大ベテランまで、縁のアーティストたちが奥深いアメリカのルーツミュージックを披露。The Black Keysは2021年のヒル・カントリー・ブルーズをカバーしたアルバム『Delta Kream』からの楽曲を中心に、自分たちのルーツに対する愛と敬意をたっぷりと表現していた。自分たちがどこから来たのかを敬意をもって明確に宣言すること、これまでの経緯や受け入れられたヒットを承認し、そして新しいことを試し挑戦していく。パトリック・カーニーがkeynoteでバンドを生き生きとさせ続ける秘訣だと明かしていた通りのことを映画から2つのショーケースを通して示してくれた。
Bootsy Collinsを特別ゲストとして迎えたZappのこれぞエンターテインメントなファンクステージも間違いなく今年のハイライトだ。SXSWオフィシャルが今年の顔を選出するThe Grulke PrizeをCareer Act枠で受賞したのもうなずける。Community Concerts at Lady Bird Lakeというオフィシャル会場の中でも一二を争う広い屋外会場で、他のショーケースと異なりバッジやリストバンドがなくとも無料で入場可能だ。以前に比べて来場者も少なく、会場内に多く立ち並んでいたフードなどの出店もまばらで全体的に縮小した感じを受けたが、無料でこの豪華さはあり得ない。テリー・トラウトマンによるバク転まで飛び出すバンドとダンサーが渾身一体となって繰り出すエネルギーに満ちあふれたパフォーマンス、ブーツィーはド派手な衣装に星形眼鏡であの歌声を披露し"Touch Somebody"で恒例のハグタイムと、集まった誰もが大満足の1時間半だった。終演後にPファンクの大ファンというオースティン出身の夫婦と会話をした。国内外から人が押し寄せるSXSWは過大に感じるそうだが、ゆったりと過ごすことができ、しかも無料で入場可能なこの会場での時間はとても大切なのだという。素晴らしい音楽を身近に触れることができるこの環境を羨ましく感じたとともに、SXSWに対する地元の本音を聞けた気がした。
ドキュメンタリー映画公開とショーケースのつながりに相乗効果を感じた年でもあった。The Black Keysは前述の通りだし、Mogwaiが『Mogwai: If The Stars Had A Sound』を、20数年を経てSXSWで復活したDe Factoのオマー・ロドリゲス・ロペスと、セドリック・ビクスラー・ザヴァラの40年を超える関係を描いた『Omar and Cedric: If This Ever Gets Weird』を上映。彼らのショーケースの現場で、映画を観たことでバンドの物語に興味を持ったので足を運んだという人が散見され、音楽ドキュメンタリーや伝記映画が多く制作されている昨今の傾向の背景を感じさせられた。
今年17年目を迎えた英国公式の名物ショーケース、British Music Embassyにも触れておきたい。今年は、会場をここ数年のThe Courtyardからダウンライト・オースティン (旧シェラトン) のバックヤードに移り、屋外に設けられた2ステージで、北アイルランド勢のボイコットが出たもののASHといったベテランから新星まで60程度のUK出身アーティストがパフォーマンスを披露した。過去最大規模での開催だったようだ。英国ビジネス貿易省(The Department for Business and Trade)がプロジェクトリーダーとなり、British Council、BBC Music Introducing、BPI、The Ivors Academy、PPLやPRS for Musicといった業界をリードする組織が提供し、プロダクションパートナーとしてBowers & Wilkins、Marshalなどが関与。BBCのみならずLicks Magazineといった新興メディアにも各日のショーケースのキュレートを務めている辺りにも、国を挙げての音楽に対する力の入れ様と音楽業界に理想的な流れがあるように感じられた。風穴をあけたビートルズやストーンズ、その後も偉大なアーティストたちが生まれ、音楽輸出として一大産業を作り上げてきた歴史があってこその流れなのだろう。主催者がしきりに挑戦ということを口にしていたから、SXSWを挑戦しがいのある価値ある場と位置付けているとともに、会場を拡大し、自国のアーティストをどんどん世界に紹介していこうという強い意思がうかがえた年だった。
日本の挑戦
今年、日本からはオフィシャル出演で計20組のアーティストが出演。眉村ちあきやa子のライヴの様子が公式のSNSで取り上げられ、SXSWで記念すべきUS初公演を果たしたKroiが圧巻のパフォーマンスで場を盛り上げた。3月11日(月)と12日(火)の2夜連続で開催されたオフィシャルショーケース『TOKYO CALLING』と『INSPIRED BY TOKYO』がElysiumで開催され、計12組のアーティストがパフォーマンスを披露。『INSPIRED BY TOKYO』は全ステージを目撃したが、アーティストたちのいつもと何ら変わらないそのままの表現で場を大いに沸かしていた。パフォーマンスに感銘を受けた海外メディアやイベント主催者が、アーティストや関係者に声を掛ける姿も見られ、今後の海外展開に向けての確かな布石となったと思われる。出演したアーティスト自身が手ごたえを感じたことだろう。SXSWにおける日本勢の挑戦が、これからどんな展開を見せていくのか楽しみでならない。
SXSWはすべてがライヴ、このカオスを楽しむ
ボイコットの影響も大きかったのだろう。今年はいつにも増してカオスな様相を見せていた。昼間に予定されていたパーティーに行ってみると、会場もオープンしておらず来場者が右往左往。告知のないキャンセルや、会場が急に変わるということがざらにあった。過去最高に予定に沿って動けなかった反面、現場で多くの新しい音に触れ発見を促してくれた年でもあった。SXSWもオースティンもどんどん変化していく。来年は、今年とまったく違う世界が広がっていることだろう。ここで起きることすべてがライヴであり、人生というカオスそのものと言っていいだろう。ならば、このカオスを丸ごと楽しむのがいい。取材・文:三浦孝文
撮影:森リョータ