SENSA

2023.07.30

FRIENDSHIP.の最新楽曲を紹介!invisible design、hario islandとしても活動するShimon Hoshinoを迎えたスペシャルインタビュー -2023.07.29-

FRIENDSHIP.の最新楽曲を紹介!invisible design、hario islandとしても活動するShimon Hoshinoを迎えたスペシャルインタビュー -2023.07.29-

カルチャーの前線で活躍するキュレーター達が厳選した音楽を配信するサービス FRIENDSHIP.の新譜を紹介。 キュレーターの金子厚武とナビゲーターの奥宮みさとによるFM福岡のラジオ番組「Curated Hour ~FRIENDSHIP. RADIO」から、今週オンエアした内容を掲載!FRIENDSHIP.がリリースした最新の音楽をいち早くチェックしよう!


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ゲストはサーファー・作曲家・デザイナー・フレグランスデザイナーのShimon Hoshino
みさと:さあ、Curated Hour~FRIENDSHIP. RADIO、今日のゲストはこの方です。

Shimon:こんばんは、Shimon Hoshinoです。

金子:来てくれましたね。

みさと:ようやくですね、厚武さん。

Shimon:嬉しい!

みさと:本当ですか!番組がスタートしまして、約2年半経ちましたが、私と厚武さんが最も名前をご紹介してきたのがShimonさんでございます。

金子:間違いないですね。

みさと:本当ですね。毎週紹介してましたね。今日はルーツの話、音楽の話、サーフィンの話と、色んなお話を伺っていこうと思ってます。

金子:まずはルーツの話から聞ければと思って、Shimonさんは小学校のときは湘南、中学校でフランス、高校でアメリカと、小さい頃から色々な場所で過ごされているそうですが、これってご両親の関係ですか?

Shimon:両親はアーティストで、すごく売れてるというわけではないんですけど、東京の立川の近くにあるアメリカ村という米軍基地の横の平屋の建物に家族で住んでいて、父はアメリカの兵隊さんたちと遊んだり、セッションしたり、母は母で絵を描いたりとか、そういうヒッピーな生活をしていて、家にはミュージシャンとか画家とか色んな人が毎日出たり入ったりしてるっていう環境で過ごして。で、幼稚園のときに"湘南の方に、海の方に行こうか"みたいな話になり、そこのご近所さんたちがみんなサーファーで"サーフィンしてないの?"から始まる感じだったので、"やんなきゃいけないんだ"というところからスタートしてサーファーになりましたね。

みさと:何歳からだったんですか?

Shimon:多分7歳とか8歳ぐらいのときにボードを譲ってもらって、近所の方に教えてもらいながら毎日サーフィンしたりとかして生活してました。で、小6の終わりぐらいにフランスのトゥールっていう田舎町に僕だけで行くことになって。理由としては「広い世界を見て来い」っていうことを両親から言ってもらって。

金子:中学でいきなり1人でフランス?

Shimon:そうですね。正直に言うと、中学受験全部落ちたんで、それで規格外の場所に飛んでいけば何とか楽しめるんじゃないかって、多分気遣いでしょうね。

みさと:フランスを選ばれたのはShimonさん自身ですか?

Shimon:いや、多分両親が一番好きな国だったっていうのもあって、まずはフランス行ってきてっていうことで、最初は日本人学校の全寮制のところに行ったんですけど、途中からホームステイみたいにご家族のところにお邪魔して、そこから現地の学校に行くっていう生活をして楽しんでました。

金子:何で楽しんでました?

Shimon:色々ですね。最初はフランス語がどうしても喋れないし、英語もそんなにできないし、そのときちょっとだけチェロが弾けたんでチェロを弾いてたんですけど、譜面が読めないから下手すぎて。で、4弦じゃないですか、チェロは。ベースも4弦なので、近いから弾けるかもと思って。

みさと:安易だなあ(笑)。

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Shimon:父もベーシストだったので教えてもらえるかなと思ったら、リモートで教えられるわけもなく、ベースをちょっと勉強というかセッションしながら友達を増やしつつ、言語を学びつつ。なので共通言語として音楽があったって感じでしたね。アメリカには高校のときに移ったんですけど、それは"音楽、結構いい感じじゃん"って言われて、"マジ、才能ある?"みたいな話になって、"アメリカで勝負してきなよ"みたいなことになって行ったんですけど、アメリカはレベルが全然違って(笑)。ちなみにフランス時代に住んでいたトゥールは田舎町で、多分そこのエリアってFKJとかがご近所さんだったと思うんですよね。あとで聞いた話ですが。あと、Juaもいて。

みさと:えー!

Shimon:Juaはたまたまそのエリアに住んでいたみたいで、それから10年後とかに、"どこ住んでたん?"って話になって、"トゥール"って言ったら、"俺もその辺やで"みたいな。そんなこともありつつ、やっぱりアメリカの方たちはすごい才能ばかりだったので、これはアメリカでは通用しないなと思い、大学で日本に帰って、大学に通いながらずっとベースのサポートのバイトとかをしてたんですけど、腱鞘炎になっちゃって。

みさと:弾き過ぎて?

Shimon:そうです。弾き過ぎて弾けなくなっちゃったので、そこからずっとフラフラしてました。

金子:そこからピアノを弾くようになった?

Shimon:そうですね。きっかけは結構単純なんですけど、ゲイの友達がいて、その人が六本木でバーを出したいと。で、いいじゃんみたいな感じになって、ピアノが置いてあるオシャレなバーにしたいっていうことで、ピアノを置いて、誰が弾こうか、みたいな話になったときに、ベース弾けてたから多分ピアノも......。

みさと:毎回安易な感じですね(笑)。

Shimon:お客さんにも指導されながら。

みさと:お客さんに指導(笑)。

Shimon:お客さんに、"いや、これは違う、これは違う"みたいな感じで。

金子:ベースからピアノは結構距離ありますもんね。

Shimon:根本が違うから。でも、それで何年か弾いてたらちゃんと弾けるようになってきて。

みさと:すごいなー。

Shimon:怒られるので。毎日、お客さんから。

金子:"ピアノ聴きに来てるのに全然弾けねえじゃねえか"って(笑)。

Shimon:そうなんですよ。六本木にあるリトルロックっていうお店で、今は僕の友達のマコトさんっていう人が1人で切り盛りしてるんですけど、今もうピアノはなくて。

みさと:なくなっちゃったんだ。

Shimon:でもゲイの方も僕みたいなストレートの人たちもわちゃわちゃと毎日楽しそうにやってて、いいバーになってます。

みさと:それは大学生ぐらいですか?

Shimon:大学卒業して、大学院落ちちゃって。就活も全部失敗して、そろそろやばいなって。

みさと:ちなみにどういう企業を受けてたんですか?

Shimon:広告系とか。

みさと:音楽とは全く関係ない。

Shimon:音楽はもう才能ないから無理だと思ってたので。そのときはまだ作曲もしてなかったですし。

みさと:まだその時点では曲を作ってない?

Shimon:全然全然。作曲家さんという人がいるんだな。どうやって食ってんだろう?みたいな感じで見てました。

金子:2016年に会社を作って、サウンドデザインを仕事にするようになる。そこが始まり?

Shimon:始まりですね。ただ最初は一切仕事がなくて、ずっと天井を見てました。

一同:あははははは。

みさと:依頼来ないかなー、今日も1日が終わるなー、みたいな(笑)。

Shimon:とりあえず筋トレしに行こうか、波乗りに行こうか、友達と遊ぼうか、みたいな感じでやってましたね。なので1~2年目は悲惨な成績を残し、やばいことになってましたけど。

みさと:そこから音楽を作ってみようになったのは?

Shimon:やっぱりJuaと、OsteoleucoのKeisuke SaitoのユニットのMGFっていう界隈が周りにいたので、たまにセッションとかを誘ってきてくれるんですよ。みんなイケてるなーって、通行人Bみたいな感じで見てて。

みさと:Aでもない(笑)。

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Shimon:いいなと思いつつ、けど作曲方法も全然知らなかったので、どうしようかなと思ってるときに、たまたまサーフィン関係の友達というか、サーフレッスンのバイトをずっとしてて、そのときのお客さんでファッション系の方がいて、"今度ファッションショーあるんだけど作れる?"みたいな話になって、最初は"いや、無理ですよ"みたいな。

金子:楽器はずっと弾いてはいたけど。

Shimon:GarageBandで?みたいな。そのときMacBookも持ってなかったので、無理でしょ、みたいな感じだったんですけど、すごい熱烈に、"いや、もうやばいと思うから。君は色々人生詰んでるから"みたいな。

金子:それまでの人生経験があれば君ならできると。

Shimon:何とかなる、って言ってくれて、それでファッションショーのお仕事をいただき、そのショーが良い感じになって、"あ、いけるのかな?"と。そこからサウンドデザインみたいなちょっと格好つけた名前にして、作曲はできないけど、サウンドデザインって言えばデザイナーの方もサウンドの方も食いついてくれるかな?といった安易な発想で始めて。なので、結構安易ですよ、全部。

みさと:でも、それをしっかり結果に残してきたっていうのが。

Shimon:いやいや、友人のおかげです。

みさと:Shimonさんは周りからのアドバイスを反発せずに受け入れて、お客さんから怒られてもピアノを練習するとか、君ならできるよって急にファッションショーの仕事をしたりとか。吸収率がスポンジみたいな方ですね。

金子:それを実行に移しちゃう、その行動力がまたすごい。

Shimon:いや、完全受身で、全部揃えてくれて"行け行け。お前まじでやばいから"って。

金子:でも今ではもう、以前住んでいたフランスでもお仕事をされてるわけですよね。

Shimon:そうですね。この前パリでライブをしたときに、そのデザイナーの人とか、ホストファミリーとか来てくれて、"マジで?"って感動して。でも携帯の充電してなかったから途中で路頭に迷いそうになって、ホストファミリーがどうにかしなきゃって(笑)。

金子:そこは相変変わらずの(笑)。

Shimon:なので、ずっと助けられてますね。

みさと:今Shimon Hoshinoの名義ではピアノをフィーチャーした曲作りが増えてるわけですけど、Shimonさんにとってのピアノってどういう位置づけなんですか?

Shimon:ピアノは小学校のときにサーフィンを教えてくれてたサーファーのレジェンド的な存在で、佐賀兄弟という湘南では有名な方たちがいるんですけど、その中の1人がピアニストで、家が隣だったんですよ。いつもドアを開けてピアノを弾いてて、それがずっと聴こえてきてて、"ピアノ弾けるとモテるでしょ?"って言ってたんですよ、小学校のときに(笑)。"サーフィンとピアノがあれば大体落とせる"とか言ってて。

一同:あははははは。

Shimon:そうなんだ、将来絶対やりたいって、少年心にやっとかないといけないと思いつつ、"両手と両足使うぞ"と言われた瞬間に無理だと思って、でもそのときの音が鮮明に残ってて。その方はサーフィン中に心臓発作で亡くなっちゃったんですけど、海で死にたいって言ってたかっこいい人で、本当にマルチで。建築家がメインで、でも曲も出したりしてて、ボクゾーさんっていうんですけど、その人の影響はかなり強くて。ビル・エヴァンスとかがいつも流れてきたりしてたので、"この音、かっこいいじゃん"とか言ったら、"ビル・エヴァンスだけど"みたいな会話をしたりとか、そういうセンスのある人が近くにいたのは大きかったですね。

みさと:ビル・エヴァンスってすごく耽美的で情緒的な印象があるんですけど、Shimonさんのピアノもやっぱりそことリンクするところがあるなっていうのを感じます。

Shimon:嬉しいです。



みさと:色んな肩書きがあってそれを棲み分けしつつも、やっぱりShimonさんが弾いてるなっていう感覚が感じられるというのもすごく魅力のひとつだなと思うんですけど、昨日hario islandのファーストアルバム『DNA』がリリースになりまして。厚武さん、素晴らしいアルバムですよね。

金子:そうですね。Shimon Hoshino名義ではlo-fi surfのシリーズをずっとやってきて、、hario islandではお母さんの詩をコンセプトに、そこからインスピレーションを受けて曲を作るというのがもともとのスタートだと思うんですけど、そのコンセプトを改めて話していただけますか?

Shimon:はい。家族で長崎県の針尾島を訪れたときに、何となく懐かしいなという感じがあって、独特な雰囲気なんですよね。長崎だからっていうのもあると思うんですけど、ちょっとヨーロピアンな感じもするし。あと、そこですごく神秘的な良い感じの音楽が流れていて、"いいな、この島"と思ってたんですよ。

みさと:針尾島に行ったのって何歳ぐらいのときですか?

Shimon:最近なんですよ。ちゃんと行ったのが2年前とかそのぐらい、これを始めるきっかけになった年くらいなので、本当に2年前ですね。それで母の詩集だったり写真とか絵とか色々見ていたら、普段舞台の音楽とかも制作しているので、そういう資料とかたくさんもらうんですけど、針尾島自体が舞台のような感じになって、針尾島と母の生き方をコンセプトに曲を書いたらどうなるんだろう、という興味から発生した感じで。あとは単純に母が、私のことをちょっとPRしてほしい、みたいな目をしてたので(笑)。

みさと:言葉には出してないけど、息子は感じてしまった。

Shimon:lo-fi surfに関しては最初父がジャケットを描いてくれていて、今はちょっと忙しいから僕が代わりにやってるんですけど、今度また作ってもらいたいなと思っていて、母に関しては特に作ってなかったので、何か一緒にできるものあったらいいよねっていう話をして、"hario islandとかどう?"って言ったら、めちゃくちゃ格好良いじゃん!とか言われて。

みさと:お母さんイケてるなー。

Shimon:FRIENDSHIP.さんに相談させてもらって、リリースさせていただいたっていう流れですね。

みさと:またお母様が美人!

金子:アルバムのアートワークにお母様の写真が使われてるんですよね。



みさと:これ、お母さん、おいくつのときの写真ですか?

Shimon:僕とちょうど同い年、僕が今年で34歳になるんですけど、そのくらいだって言ってました。

みさと:めちゃめちゃかわいい。ナンパしたいもん(笑)。すごい可愛い。美しい。

Shimon:"これで"って言われました。

みさと:指定があったんだ(笑)。お気に入りの写真だったんだ。

金子:アルバムタイトルが『DNA』で、さっきお話あったようにお父さんやお母さんと一緒に作品を作ってるというのもあるし、聞いたところによると最近Shimonさんにもお子さんがお生まれになったということで。

Shimon:ありがとうございます。

金子:そういうタイミングで『DNA』という作品が出るっていうのも意味を感じたりして。

Shimon:おっしゃる通りだなと思っていて、やっぱり家族ってそれぞれ変わってると思うので、違う人から見たら、そういうのをそれぞれ出していったら面白いんじゃないっていうアンセムも入れつつ。なので、家族で出すのも格好良いじゃんって思ってもらえたら、ちょっと90sのヒップホップの感じもしますし、そういう感じで出せたら面白いかなって思ってますね。

みさと:お母さんはどんな生き方をされてる方なんですか?

Shimon:全部は言えないんですけど(笑)。

みさと:すごい気になる、お母さんどんな人?

Shimon:本当にヒッピーな生活をしていて、考え方はポジティブかつ良い意味で放任主義な感じで。フランスに1人で行かせるって、今親になったから分かるけど、僕だったら絶対させないと思うので、本当に変わってないとできないなって。なので、本当にアーティスト。アーティストとして世間には出てなかったですけど、周りでは一番アーティストだと思う。

みさと:感覚がってことですよね。

金子:お父さんよりも、よりお母さんの方が。

Shimon:そうですね。父はもうちょっとリアリストな感じがするんですけど、母は本当にトんでるので。

みさと:お母さんの詩をもとに曲を作ってると思うんですけど、詩は今どういう形で残ってるんですか?

Shimon:5冊ぐらいノートがあって、最初はジャケットにも出してたんですけど。

みさと:拝見しました。



Shimon:ありがとうございます。これはもうちょっと取っておいた方がいいかと思って。

金子:途中からイラストに変わりましたよね?

Shimon:そうなんですよ。針尾島に面白い建物があって、3本の塔みたいなのが。あれがめちゃくちゃ格好良くて。

みさと:それが今ジャケットになっているんですね。



Shimon:そうなんです。それでレーベル名も「three towers」にしてるんですけど。あそこでライブをしたらやばいなって、ずっと長崎の方に、"あそこ格好良いから、あそこでライブしたいんだけど"みたいなことをジャケットでも言葉でも説明して。まだちゃんと使ったことないんじゃないかなと思って。例えばYouTubeのcercleだったりとか、そういう野外の映像で残したりとかしたら格好良いんじゃないかなあと、もうずっとアピールしてるんですけど。



金子:実際リリースが始まって長崎からもリアクションが来てるんですよね?

Shimon:来てるんですよ。"そういう見方あるんだ、って思いました"って来たりとか、最近は海外からのアクセスもすごくて。

金子:lofi beats(Spotifyのグローバルプレイリスト)にも入ってますもんね。

Shimon:ヨーロッパの方から"そこ行ってみようと思ってる、冬に行く"とか言われて、いいの?みたいな。

みさと:そのうち観光大使になっちゃうかも?

Shimon:いや、多分迷惑かけるのかなと(笑)。あそこはもともと戦争で使われた塔なんですけど、例えばビートルズが潜水艦をイエローサブマリンに転換してちょっとポジティブな方向にした感じで、使われてたものをリノベーションする、もともとの意味合いも(戦争というネガティブな側面)理解しつつ、ちょっとポジティブに変換して、そういう面も見せられたら、そういう企画ができたらなと思って、長崎の人にアピールしてます。

みさと:曲タイトルの話なんですけど、日本語表記にしているものとアルファベット表記にしているもののテーマ性というか、何かあるんですか?

Shimon:これはちょっと恥ずかしいんですけど、海外のリスナーがだんだん増えてきて、たまに漢字表記で出ちゃうときがあったみたいなんですね。で、全部ローマ字じゃないと困るわってDMをもらって、それで途中から英語表記がやたら増えてると思うんですけど。

みさと:グローバルなリスナーさんが増えたからこそ、そこに対応できるような曲作りを、ということですね。

Shimon:最初は長崎の方に届けようと思ってたけど、海外の人の方が多くなったので、そっちの方がいいのかなと思って今は海外表記だけにしてます。

金子:ジャケットが詩からイラストに変わったのと、曲タイトルが日本語から英語に変わったのが同じタイミングですよね。

Shimon:おっしゃる通りです。

みさと:ソロ名義でもリリースが控えていまして、Shimon Hoshino名義で8月4日にリリースになるのが『surf trip』です。lofi-surfの魅力が19曲の楽曲とともに詰め込まれた記念碑的アルバムになっています。あとはinvisible designも8月2日にファーストアルバム『shelf test』のリリースが控えていて、どうしよう厚武さん、時間が足りません。

金子:足りないですね。

みさと:このままSENSAでインタビューする感じでどうですか?

金子:そうしましょう。

みさと:ということでみなさん、続きはWebでお願いします。Shimonさん、ひとまずラジオではさようならということで、リスナーの方に一言いただけますか?

Shimon:いつも聴いてくださって、ありがとうございます。聴いてない方もこれからぜひ聴いてくれると大変嬉しいです。心強いです。

この後のSENSAでのインタビューは近々公開予定。そちらでは、さらに作品を深掘りしてます。お楽しみに!



RADIO INFORMATION

FM 福岡「Curated Hour ~FRIENDSHIP. RADIO」

fmgfukuoka_curatedhour_logo_ok_2204.jpg FRIENDSHIP.キュレーター達が厳選した音楽をラジオで紹介するプログラム「Curated Hour ~FRIENDSHIP. RADIO」。キュレーターの金子厚武をコメンテーターに迎え、奥宮みさとと共にFRIENDSHIP.がリリースをする最新の音楽を紹介。番組後半ではThe fin.のYuto Uchinoが月替りでゲストを迎え、深い音楽談義を繰り広げるコーナーを展開。 放送時間:毎週土曜日 26:00~26:55 放送局:FM福岡(radikoで全国で聴取可能)


番組MC

kanekoatsutake_20210528.jpg 金子厚武 1979年生まれ。埼玉県熊谷市出身。インディーズでのバンド活動、音楽出版社への勤務を経て、現在はフリーランスのライター。音楽を中心に、インタヴューやライティングを手がける。主な執筆媒体は『CINRA』『Real Sound』『ナタリー』『Rolling Stone Japan』『MUSICA』『ミュージック・マガジン』など。『ポストロック・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック)監修。デジタル配信サービス「FRIENDSHIP.」キュレーター。 @a2take / @a2take3 misato_a_photo.jpg 奥宮みさと ラジオパーソナリティ/ナレーター/MC/ヨガインストラクター/酵素風呂サロンオーナー。 TOKYO FM、ZIP-FM、InterFM、FM 福岡など、ラジオパーソナリティ歴12年目。 安室奈美恵さんをはじめとするお茶の間ミュージシャンからコアなインディーズミュージシャンまで無数のインタビューを経験。コロナ前は年間200件程ライブや全国のフェスに行く現場派。野外フェスのヨガプログラムなども担当。倍音と1/fゆらぎの声を持ち、耳馴染みの良いベルベットボイスが特徴。 @_M1110_ / @11misato10 Yuto_Uchino_photo.jpg Yuto Uchino(The fin. Vocal / Synth / Guitar) 神戸出身、ロックバンドThe fin.のフロントマン、ソングライター。80~90年代のシンセポップ、シューゲイザーサウンドから、リアルタイムなUSインディーポップの影響や、チルウェーヴなどを経由したサウンドスケープは、ネット上で話題を呼び、日本のみならず海外からも問い合わせ殺到している。 The Last Shadow Puppets、MEW、CIRCA WAVESなどのツアーサポート、そしてUS、UK、アジアツアーを成功させるなど、新世代バンドの中心的存在となっている。 オフィシャルサイト / @_thefin / @yuto__the_fin


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