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2022.05.12
【読むラジオ】MC:森山公稀(odol) ゲストにソフィアンが登場&宇多田ヒカル「君に夢中」分析「Room H」 -2022.05.11-
FM福岡で毎週水曜日 26:00~26:55にオンエアしている音楽番組「Room "H"」。九州にゆかりのある3組のバンド、ユアネスの黒川侑司、松本 大、odolの森山公稀が週替わりでMCを務め、彼らが紹介したい音楽をお届けし、またここだけでしか聴けない演奏も発信していく。
今週のMCは、odolの森山公稀が担当。SENSAでは、オンエア内容を一部レポート!(聴き逃した方やもう一度聴きたい方は、radiko タイムフリーをご利用下さい。)
(森山)今回は@リビングルームをお休みして、早速@レコーディングルームに入っていきたいと思います。Room"H"の住人が弾き語りや宅録で何か1曲収録してきて、皆さんに聴いていただこうというお時間です。
本日はodolの楽曲「未来」のリミックスの、デモ音源をお送りしたいなと思っております。番組冒頭でも少しお話しした通り、いま新曲と同時にRework Seriesというのをいくつか進めておりまして、すでに録音済みのものもあったりするのですが、そのRework Seriesの中の一つとして、odolの曲を僕がセルフリミックスしてみようという試みがあります。
その中の1曲として「未来」を選んで、絶賛作っているのですが、実はメンバーにもこの収録の数日前に初めて「こんな感じになりそう」というデモを送っていて、まさにそのメンバーに対して送ったデモを今日は流そうかなと思います。すごくレアなというか、早い段階のデモです。おそらくリリースされるときには今日聴いてもらうものからまた違ったものになっているので、ここからどう変わっていくのかも楽しんでいただけたら嬉しいなと思います。
いかがでしたでしょうか?これが完成してリリースされて、皆さんのもとに届く頃にはどうなっているのでしょうか?
前に「小さなことをひとつ」の特集回でも、初期のスケッチみたいなものをオンエアしましたけども、こういう風にメンバーとほぼ同じタイミングでデモを皆さんに聴いていただけるという機会というのは、このRoom "H"でしかなかなかできないので、すごくありがたいなと思っております。これを聴いてぜひリリースを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
それと先ほども話したように今年はRework Seriesもまた動かしていきたいと思っていますので、すでにいくつか計画はしているのですが、皆さんもリワークして欲しい曲などありましたらぜひ教えてくださいね。
ここからは今回で2回目となる新コーナー「今日の一枚(仮)」のお時間です。今話題の作品や名作などを毎回1つピックアップして、僭越ながらその作品を森山的に様々な角度から(勝手な視点で)分析してみるというコーナーです。
そして2回目にしてすでに若干ブレ始めておりまして、今回は「今日の一枚」ではなく、「今日の一曲」ということで、とある1曲に注目してお送りしていきたいなと思います。
森山:早速この曲の魅力に迫っていきたいと思うのですが、なんと今回は専門家の方にゲストにお越しいただいております。どうぞ!
ソフィアン:副業でodolのベースを担当しております、宇多田ヒカル研究専門家のシェイクと申します。よろしくお願いします。
森山:よろしくお願いします(笑)。ということで宇多田ヒカル専門家兼、odolのベースであるシェイク・ソフィアンさんにお越しいただきました。このコーナーのコンセプトというか裏テーマといいますか、なるべく専門用語を使わずに、難しい話になりすぎないように、皆さんと楽曲の構造や、その音楽の魅力の成り立ちなど、そういう面白みを共有してみたいなというのがあります。そんな中で、ラジオという音声だけのメディアで、もっとみなさんに伝わりやすくできないかということで、アドバイザー兼聞き手役としてソフィアンさんに来ていただいたということです。今日は改めてよろしくお願いします。
ソフィアン:よろしくお願いします!
森山:宇多田さんの最新アルバム『BADモード』、これは本当にいいアルバムですよね。
ソフィアン:最高ですね。本当にいいアルバムです。
森山:僕も宇多田ヒカルさんのアルバムの中でもかなり好きな方でして、最近も引き続きよく聴いているのですが、今日はその中の2曲目に収録されている「君に夢中」という曲にスポットを当てていきたいと思います。
ソフィアン:いい曲ですね。
森山:いい曲だと言っていますが、ソフィアンさんにおすすめされたから僕が選んだというところも実はあります(笑)。
ソフィアン:この『BADモード』全体でも語れるんですが、森山氏の真骨頂としての曲分析をやるなら、この曲が一番面白そうだなと思い選曲しました。
森山:そこまで見据えてオススメしてくれたんですね。でも本当にこの曲は聴けば聴くほど、語りたいことや語るべきことが増えていって、話すテーマを絞るのが大変でした。今日は時間の制限もありますので、2つほどテーマを決めて話していきたいなと思います。
ソフィアン:楽しみですね。
森山:まず1つ目が「ラ♭」という音の引力について。もう1つのテーマが、2つのリフ、"基準さん"と"夢中さん"について。
ソフィアン:はい!
森山:この曲では、「ラ♭」という音が、特にメロディーにおいてすごく強い力を持っているんですよ。
その具体的な話に入る前に、この曲の構成についての概要をみておくと、「Opening - Intro - 0C - 1A - 1B - 1C - 2A - 2B' - 2B - inter - 3C - D - 4C - Ending」という感じかなと思います。
もう少し簡単に言い直しますと、「オープニング/イントロがあってサビ→ABサビ→AB間奏サビ→Dサビ→エンディング」という感じですか。
ソフィアン:結構不思議な構成ですよね。普通のポップスと比べてみても。
森山:そうですね。サビが4回あって、その間にA・Bや、間奏などが挟まっていて、それが交互に来るような構成になっています。ただ構成が割と多めで複雑にも感じるのですが、基本的にはワンループ、つまり1曲通してほとんど同じコード進行が繰り返されて進んでいくと。
ソフィアン:そうなんですよね。
森山:ちなみに、コード進行と言ったのですが、その言い方はこの曲に関してはおそらく少し適切ではない気もしていて、コードが明確に意識されて鳴らされていることはないですよね。アルペジオだったり単音フレーズ、歌のハーモニーの組み合わせで、僕たちはコード、和声を感じてはいますが。
ソフィアン:なるほど!
森山:一応便宜上コード進行的にこの曲を見てみると1つのパターンのループであると。そういう作りになっています。
では、曲の概要が分かったところでメロディーの「ラ♭」の話に戻ると、結論から言うとこの曲のメロディーはずっと「ラ♭」という音に引っ張られ続けているんですね。ちょっとわかりやすく音を聴きながら進めていきたいなと思います。
ソフィアン:待っていました!
森山:僕が分析用に耳コピして作った音源にはなるのですが、最初のサビの部分を聴いてみますね。(音源付きの分析を聴きたい方は、radikoタイムフリーにてお楽しみください。)
ソフィアン:お!すごい!お願いします。
(音が流れる)
森山:という感じでサビのメロディーが鳴っています。音の名前を言っていくと、まず最初のフレーズが「シラソミソラ」となるんですよ。
ちなみに、いまこれはフラットは省略して読んでいるのですが。この曲の調ではフラットが6つ、つまりほとんどの音にフラットがついているので、毎回「フラット」とは言わずに進めていきますね。
では話を戻して、「シラソミソラ」の次も「ララシラソミレミソラ」と「ラ」で着地して、「ララシラソミソレララ」とまた「ラ」に着地するという。その後が「ドドシドシラソラシラ」といった感じで毎回フレーズごとに「ラ」に着地していくんですね。
ソフィアン:なるほど。
森山:次のAのセクションをみていくと。
(音が流れる)
森山:という感じでオクターブ下がっていますけど、前半は「ラ♭」の連打で始まるんですね。それで後半もサビみたいに毎回「ラ♭」を中心として、「ラ♭」に引っ張られ続けると。もちろんBも同じように。
(音が流れる)
ソフィアン:ここも「ラ♭」に戻ってきているんですね。
森山:そう。毎回「ラ♭」で終わると。今サビ、AとBをみたんですが、あとは基本的にはこのメロディーの少し歌い回しが変わるくらいなので、この曲って、ずっと「ラ♭」に引っ張られ続けられながら、もしくは重心を置きながら進んでいくんですよね。
ソフィアン:なるほど。
森山:ただ唯一「ラ♭」の引力から解放される瞬間があって、それが曲の後半に新しく出てくるDセクションなんですね。
(音が流れる)
森山:ここは音を一つひとつ詳しくはみていかないのですが、ここでは「ラ♭」からかなり解き放たれているんですよね。だからこそDセクションとしてうまく機能しているとも言えると思うし。
Dセクションってどういう機能が求められるかというと、やはり新世界を見せるというか、それまでの曲の世界とは1つ違う世界に連れていくというポジションのものでもあると思うのですが。
ソフィアン:パート的にもサビとサビの間ですもんね。
森山:そうですね。曲最後のエンディングに向かっていく箇所なのですけども、ここで「ラ♭」の引力から解き放たれることで、また違う展開を見せると。
かつ、最初に言ったように構成が複雑で、メロディーの数も5〜6種類くらいあって多いんですけど、それでも「ラ♭」という一つの中心点があるから曲のムードに統一感が出ているんじゃないかなというのが、まずメロディーに関する分析でした。
ソフィアン:なるほど。これ聴きながら歌詞も少し確認していたのですが、特に森山氏が言っていた「ラ♭」に落ち着くタイミングって、韻が踏まれるタイミングでもあって、この曲の歌詞の言葉の区切りというよりかは、母音の流れの部分で落ち着くところで、「ラ♭」にたどり着いていることが照らし合わせてみると感じますね。
森山:なるほど。今回歌詞の分析はしていないのですが、でもそういうところも含めてうまくハマっている作りになっていそうな感じはしますよね。
ソフィアン:ここで出てくる自前の資料があるんですけど、『宇多田ヒカルの言葉』という本で、歌詞集なんですが、前書きで「私の作詞は作曲から始まる」とあって、曲が先行で最後に歌詞がはまるということなんですけど、そうやって森山氏の話を照らし合わせてみてみると、やはり最初はメロディーの気持ちいい部分があって、それに当てはまる言葉を後から韻という形で踏んでいったのかなという印象を受けました。
森山:なるほど〜そうなんですね。メロディーが先なんですね。でもたしかにそうかも。歌詞の乗せ方がすごく独特というか、単語の間でフレーズが途切れたりするじゃないですか?それが気持ちよかったりするんだけど、そことかってメロディーが先の方がそうなりやすいよなという。
ソフィアン:言われてみれば結構昔の曲とかでも「です・ます」で韻を踏みにいったりすることがあって、今回だったら「You」「デジャヴ」「夢中」だったり「U」で韻を踏んでいることが多いのですが、その「です・ます」も同じ「U」で韻を踏んでいて、曲の構成としては今までの曲とはかなり違うので挑戦している曲なのかなと思いつつ、宇多田ヒカルらしさの痕跡がかなり随所に散りばめられているのがこの分析でさらに見えてきましたという印象です。
森山:なるほど。やっぱり止まらないですね(笑)。
ソフィアン:ごめんなさい!
森山:もっとそのお話聞きたいのですが、今日はたぶん歌詞の話まで行けないので、すみません。めちゃくちゃ面白いのですが、これたぶん1時間特集しないと全部は語り尽くせないので、2つに絞らさせてください(笑)。
ソフィアン:すみません!
(音が流れる)
ソフィアン:イントロの印象的なフレーズですね。
森山:あとはこういうリフも。
(音が流れる)
森山:こういう繰り返しのパターンみたいなのをリフといったりするのですが、そのリフを含めてこの曲には、ざっくり4つくらいのパーツがあって、今3つ聴いたので、せっかくなので4つ目も聴きましょう。
(音が流れる)
森山:これはイントロの冒頭で流れる音ですね。この曲はほどんどこの4つのパーツに全て分類されます。リズムとボーカルと効果音的な音というのを除けば、あとはこの4種類しかないと思って大丈夫です。それがいろんな鳴り方をするんですけど、その4つの中でも特に重要な役割を果たしている2つのリフがあって、その2つに「基準さん」と「夢中さん」という名前をつけてみたということになります。
ソフィアン:なるほど!
森山:その前提で話していくのですが、「基準さん」というのはその名の通り、曲の"基準"となる役割を果たしているパーツで、「夢中さん」は「君に夢中」という曲が「君に夢中」であるために大切なパーツ、要はこの曲がこの曲であるためのパーツなので、「夢中さん」と名付けました。それぞれどのことを言っているのか一度聴きましょう。
(音が流れる)
森山:「基準さん」というのが、このイントロから流れているリフ。
(音が流れる)
森山:「夢中さん」が低くダークな方。この2つがこの曲の骨格として非常に大切なんですね。この2つの、曲の中での使われ方・立ち位置というのを軽く言葉でまとめると、「基準さん」はサビで必ず鳴っているんですよ。イントロと毎回のサビで出てきて、この音は常にピアノだけで鳴らされます。
ソフィアン:ピアノだけなんですね。
森山:一方「夢中さん」はサビも含めて、曲中で鳴ったり鳴らなかったりします。曲が進んでいくとともにいろんな音色とかいろんなパートに変化しながら進んでいくのが「夢中さん」なんですね。
ソフィアン:たしかに「夢中さん」はピアノ以外の楽器でも使われているところが多いですよね。
森山:そうですね。シンセとかベースとかにこの「夢中さん」は移動したりします。さっきの「基準さん」はずっとピアノで鳴ります。
それではまず「基準さん」の話をしていきます。「基準さん」が基準である所以というのがあって、まず曲の基準である所以から。イントロで曲の冒頭から鳴らされて、そのまま「基準さん」とともに曲がサビに入っていくじゃないですか?「この曲はこんな感じですよ」みたいな、「こういう曲ですよ」というのを示す役割があるんですね。そこからまた曲がサビに戻ってくるたびにこの「基準さん」も一緒に戻ってくると。まさにこの曲の"基準"みたいな役割なんですよ。
ソフィアン:なるほど。
森山:さらにこのリフって「基準さん」のトップノート、一番高い音が、BPMを86で取った場合、常に四分音符で鳴り続けるんですよ。フレーズのアクセントが四分音符の頭にある、つまりクリックやパルスみたいな役割をしています。パルスのように常に高い音が一定で聴こえ続けているので、リズムの観点で言っても基準の役割があって。この曲のリズムって、「3・3・2」のリズムなんですよね。数字で言っても伝わりづらいと思うのですが。
ソフィアン:タタタ・タタタ・タタみたいな感じですよね(笑)?
森山:そうですね(笑)。それがこの曲全体を通したリズムなんですよ。
(リズムの音が流れる)
森山:この「3・3・2」のアクセントがより効果的に聴こえるためには、基準となる四分音符が鳴っていた方が良いわけですよね。
ソフィアン:たしかに「基準さん」の方は、リズムは「3・3・2」じゃないですもんね。
森山:そうですね。「基準さん」の方は、あえて言うなら、「4・4」なんですよね。それをみなさんに実感していただくためのサンプルを作ったんですけど、仮に2人の手拍子奏者がいたとします。その2人が同時に「3・3・2」を叩いた場合というのがこんな感じ。
(手拍子が鳴る)
森山:でもその1人が「基準さん」のリズム、もう1人が「3・3・2」を叩いたとしたらこんな感じです。
(手拍子が鳴る)
ソフィアン:リズムが際立ちますね。
森山:そう、グルーヴが生まれるんですよね。リズムがそのリズムである効果がよりよく聴こえると思うんですよね。その抜き差しのためにもこの「基準さん」はサビで四分音符を刻み続けるという役割を担っているんじゃないかなと。
ソフィアン:なるほど!
森山:では、続いて「夢中さん」の話をしていきますね。「夢中さん」が「夢中さん」である所以。
さっき「3・3・2」の話をしたじゃないですか?実は「夢中さん」のリフというのも「3・3・2」なんですよ。このリフは全部均等に(BPM172の場合の八分音符で)鳴っているように聴こえるかも知れませんが、(鍵盤を弾く)まず上にあがって下がって、少し上がるというリフで、この関係性というのはずっと崩れないんですよ。それで、この上がって下がっての折り返し地点というのが、ちょうど「3・3・2」の位置なんですよ。(鍵盤を弾く)
ソフィアン:あー!なるほど、たしかに。
森山:こういうアルペジオ、パターンを聴いた時には、折り返しのところとか、一番高い音とか一番低い音とかにアクセントを感じるんですよね、均等に弾いていたとしても。なのでこの曲の「3・3・2」のリズムに則ったリフになっています。
「基準さん」の四分音符のパルスと、「夢中さん」の「3・3・2」のリズムが同時に演奏されたり、されなかったり、片方だけ演奏されたり、その組み合わせを変えていくことでこの曲のスピード感やノリに、ビートだけで表現するのとはまた違った独特の展開がついているように感じたんですね。
ソフィアン:なるほど。
森山:それがまず1つ目の「夢中さん」たる所以で、もう1つ、最初にメロディーの「ラ♭」の引力の話をしたと思うのですが。
ソフィアン:この曲に働く重力ですね。
森山:そうですね。そことの関係性もあって、この「夢中さん」には「ラ♭」が登場しないんですね。
ソフィアン:あ!そうなんですか?
森山:そうなんですよ。登場しないどころか、「ラ♭」以外の全ての音が登場するんですよ。(鍵盤を弾く)
森山:この「夢中さん」のリフが使っている音域というのが、「シ♭」から「ソ♭」なんですね。その6音を使っているのですが、その両サイドには「ラ♭」がいるんですよ。「ラ♭」のすぐ上からすぐ下までの音を使ったリフになっています。(鍵盤を弾く)
これが例えば「ラ♭」に到達するリフだと違う印象になるんですね。(鍵盤を弾く)
ソフィアン:全く違いますね。
森山:ちょっと安心するじゃないですか?この曲には「ラ♭」の引力があると話しましたが、「ラ♭」に到達しない「夢中さん」のリフは、逆に斥力、反発力が両サイドの「ラ♭」から働いているかのように、「ラ♭」と「ラ♭」の間でバウンドしているようなリフなんですよね。
このもどかしさというか、メロディーではっきり示され続ける「ラ♭」の引力というのに逆らってふわふわ浮かんでいるような感じというのが、この曲のムードなんじゃないかなと僕は思ったんですよね。
ソフィアン:なるほど。
森山:メロディーはずっと「ラ♭」に重心を置いているのに、この「夢中さん」のリフは絶対に「ラ♭」に行かないという。そのギャップというか、もどかしさというのが、この曲がこの曲である一つの要素なのではと思いました。
ソフィアン:「夢中さん」が出てくるポイントって、歌詞でいくとかなり主観で出てくる事実を描写する言葉が並ぶセクションなんですけど、それってどちらかというと自分自身がすごい"夢中"になっていて、安定していない、いろんな想いが渦巻いているセクションで、そことかなりリンクしているなと。そこに辿り着かないもどかしさというのが、詩の中のいまひとつ完結しきれていない自身の心情とリンクしているというか。
森山:なるほど。この「夢中さん」のリフは最初は〈完璧に見えるあの人も疲れて帰るよ〉という歌詞の箇所から入ってきて、一部抜けたり、2番目のAやBの前半のセクションでなかったりとかあるのですが、4C(最後のサビ)では一切ならないんですよね。そこも一つの開放感に繋がっているのかなと僕は思いました。そのセクションの歌詞でいくと〈ここは地獄でも天国〉という"天国"というワードがあって、そこのメロディーラインも"天国"に合わせて跳躍して高くなるんですね。そういうフッと開ける感じ。その展開の一つとして、このもどかしい「夢中さん」が鳴らないこと。それまでずっと鳴り続けていたものが鳴らないことによって、ここがより一層開けた感じに聴こえているのではと思っています。
ソフィアン:なるほど、そういう風に着地するのか!
森山:「夢中さん」の話が最後にもう1つだけありまして、冒頭で「コード」という考え方は少し適切ではないと話したのですが、この曲の和声的な観点での面白みもこの「夢中さん」の役割としてありまして。
この曲のメロディーをざっくりと、解像度を低くして抽象的に見た時に、ずっと「ラ♭」で歌っているようなものなんですよね。
この曲は所謂コードがコードとしては鳴っていないと言いましたけど、それでも和声的にというか、曲のコードがすごく繊細に聴こえるというか、豊かに聴こえると思うんです。それはこの「夢中さん」がずっと、コードにおけるテンションとなる音を行ったり来たりしてくれているからなんですね。仮にこれを同時にコード楽器で鳴らしたとしたら...。(鍵盤を弾く)
こういう感じなんですよ。かなり複雑というか、ほぼクラスターみたいに聴こえてくる。でもこれがアルペジオで鳴っていることによって、その濁りというのを解消させながら、この豊かな和声的響きが聴こえてくると。
ソフィアン:なるほど。
森山:これもこの曲が魅力的である理由の1つなのかなと僕は思っています。長くなりましたが以上が分析となります。どうでしたでしょうか?
ソフィアン:そもそもなのですが、実は宇多田さんの構造的な理解は避けていたんですよ。なぜかと言いますと、宇多田さんの楽曲は唯一自分の中に残された神秘だと思っていて(笑)。なので構造的に理解したりとか、メロディーを分析したりとか、それを暴いてしまうというか、自分の中の大きなものが実はすごく近しいものなんじゃないかなという。
森山:わかりますよ、憧れが憧れじゃなくなる感じですよね。
ソフィアン:そう!そういう不安があったのですが、この話を聞いて、むしろますますすごいなと思いました(笑)。
森山:よかった(笑)。それは何よりです。確かにこうやって見ていくと改めて宇多田ヒカルさんはすごいと思いますね。ポップスの歴史がだんだんと積み重なってきて、無数の楽曲が生み出される中で、いつまでも残る楽曲というのは様々な要因がありながらも、そういう構造としての美しさであったり、過不足ない感じとか、一つ一つの音がちゃんと理に適っているというのもあるんじゃないかなと。
ソフィアン:全部が必然のうちにあるみたいな感じですよね。
森山:宇多田ヒカルさんの楽曲の分析は、この曲以外も何曲かしたことがあるのですが、やはりそういうところが意識的であれ無意識的であれすごく魅力的で、もちろん勉強にもなるし、ソフィアンの言うように神秘にも感じますよね。
ソフィアン:そうなんですよね。宇多田ヒカルさんのすごいなと思うところが、いろんな人が分析する中で、これが意識的なのか無意識的なのかわからないって同じような感想を言っていて。アカデミックな人だったら、それは意識的にやっているだろうと僕らは考えると思うのですが、それを無意識でやっていると思わせるようなところに、やはり宇多田ヒカルのアーティスト性として確固とされたものがあるというのと、出来上がった音楽と言葉で伝えられるもので十分な説得力があるというか。本心で作り上げられているものが楽曲として現れていて、曲自体が嘘偽りのないものにも思えるんですね。これからも追い続けたいです!
森山:流石です(笑)。楽しかったです。ソフィアンさんからこんなにたくさんお話が聞けるとは思わなかったので、本当は1時間丸々使って語りたかったです。
ソフィアンさんからもう止めどなく宇多田ヒカル愛が溢れ出てくるのですが、番組も終わってしまうのでそろそろ締めたいと思います(笑)。せっかくなので最後に、最新アルバム『BADモード』から1曲選んでいただきたいなと思います。
ソフィアン:せっかくなので僕が以前にRoom "H"内でもピックアップした曲をご紹介したいと思います。それでは聴いてください、宇多田ヒカルで「PINK BLOOD」。
odol「未来」Remix version(デモ)
宇多田ヒカル「君に夢中」
宇多田ヒカル「PINK BLOOD」
番組へのメッセージをお待ちしています。
Twitter #fmfukuoka #RoomH をつけてツイートしてください。MC3人ともマメにメッセージをチェックしています。レポート記事の感想やリクエストなどもありましたら、#SENSA もつけてツイートしてください!
放送時間:毎週水曜日 26:00~26:55
放送局:FM福岡(radikoで全国で聴取可能)
黒川侑司(ユアネス Vo.&Gt.)
福岡で結成された4人組ロックバンド。感情の揺れが溢れ出し琴線に触れる声と表現力を併せ持つヴォーカルに、変拍子を織り交ぜる複雑なバンドアンサンブルとドラマティックなアレンジで、
詞世界を含め一つの物語を織りなすような楽曲を展開。
重厚な音の渦の中でもしっかり歌を聴かせることのできるLIVEパフォーマンスは、エモーショナルで稀有な存在感を放っている。2021年12月1日に初のフルアルバム「6 case」をリリース。
オフィシャルサイト/ @yourness_on/ @yourness_kuro
松本大
2006年に長崎県で結成。バンド名「LAMP IN TERREN」には「この世の微かな光」という意味が込められている。松本の描く人の内面を綴った歌詞と圧倒的な歌声、そしてその声を4人で鳴らす。聴く者の日常に彩りを与え、その背中を押す音楽を奏でる集団である。
2021年12月8日にEP「A Dream Of Dreams」を配信リリース。
オフィシャルサイト/ @lampinterren/ @pgt79 / @lampinterren
森山公稀(odol Piano&Synth.)
福岡出身のミゾベリョウ(Vo.)、森山公稀(Pf./Syn.)を中心に2014年東京にて結成した3人組。ジャンルを意識せず、自由にアレンジされる楽曲には独自の先進性とポピュラリティが混在し、新しい楽曲をリリースする度にodolらしさを更新している。
2022年3月16日に「三月」を配信リリース。
オフィシャルサイト/ @odol_jpn/ @KokiMoriyama
今週のMCは、odolの森山公稀が担当。SENSAでは、オンエア内容を一部レポート!(聴き逃した方やもう一度聴きたい方は、radiko タイムフリーをご利用下さい。)
odol「未来」デモ音源紹介@レコーディングルーム
(森山)今回は@リビングルームをお休みして、早速@レコーディングルームに入っていきたいと思います。Room"H"の住人が弾き語りや宅録で何か1曲収録してきて、皆さんに聴いていただこうというお時間です。
本日はodolの楽曲「未来」のリミックスの、デモ音源をお送りしたいなと思っております。番組冒頭でも少しお話しした通り、いま新曲と同時にRework Seriesというのをいくつか進めておりまして、すでに録音済みのものもあったりするのですが、そのRework Seriesの中の一つとして、odolの曲を僕がセルフリミックスしてみようという試みがあります。
その中の1曲として「未来」を選んで、絶賛作っているのですが、実はメンバーにもこの収録の数日前に初めて「こんな感じになりそう」というデモを送っていて、まさにそのメンバーに対して送ったデモを今日は流そうかなと思います。すごくレアなというか、早い段階のデモです。おそらくリリースされるときには今日聴いてもらうものからまた違ったものになっているので、ここからどう変わっていくのかも楽しんでいただけたら嬉しいなと思います。
odol「未来」デモ音源の視聴はradikoタイムフリーでお聴きください!
いかがでしたでしょうか?これが完成してリリースされて、皆さんのもとに届く頃にはどうなっているのでしょうか?
前に「小さなことをひとつ」の特集回でも、初期のスケッチみたいなものをオンエアしましたけども、こういう風にメンバーとほぼ同じタイミングでデモを皆さんに聴いていただけるという機会というのは、このRoom "H"でしかなかなかできないので、すごくありがたいなと思っております。これを聴いてぜひリリースを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
それと先ほども話したように今年はRework Seriesもまた動かしていきたいと思っていますので、すでにいくつか計画はしているのですが、皆さんもリワークして欲しい曲などありましたらぜひ教えてくださいね。
ゲストにodol ソフィアン登場&今話題の作品を様々な角度から分析する新コーナー「今日の一枚(仮)」
ここからは今回で2回目となる新コーナー「今日の一枚(仮)」のお時間です。今話題の作品や名作などを毎回1つピックアップして、僭越ながらその作品を森山的に様々な角度から(勝手な視点で)分析してみるというコーナーです。
そして2回目にしてすでに若干ブレ始めておりまして、今回は「今日の一枚」ではなく、「今日の一曲」ということで、とある1曲に注目してお送りしていきたいなと思います。
宇多田ヒカル 8thアルバム『BADモード』の収録曲「君に夢中」を分析
本日取り上げますのが、今年1月にリリースされた宇多田ヒカルさんのアルバム『BADモード』から「君に夢中」という曲です。この曲の魅力に迫っていきたいと思うのですが、まずはお聴きいただけたらと思います。森山:早速この曲の魅力に迫っていきたいと思うのですが、なんと今回は専門家の方にゲストにお越しいただいております。どうぞ!
ソフィアン:副業でodolのベースを担当しております、宇多田ヒカル研究専門家のシェイクと申します。よろしくお願いします。
森山:よろしくお願いします(笑)。ということで宇多田ヒカル専門家兼、odolのベースであるシェイク・ソフィアンさんにお越しいただきました。このコーナーのコンセプトというか裏テーマといいますか、なるべく専門用語を使わずに、難しい話になりすぎないように、皆さんと楽曲の構造や、その音楽の魅力の成り立ちなど、そういう面白みを共有してみたいなというのがあります。そんな中で、ラジオという音声だけのメディアで、もっとみなさんに伝わりやすくできないかということで、アドバイザー兼聞き手役としてソフィアンさんに来ていただいたということです。今日は改めてよろしくお願いします。
ソフィアン:よろしくお願いします!
森山:宇多田さんの最新アルバム『BADモード』、これは本当にいいアルバムですよね。
ソフィアン:最高ですね。本当にいいアルバムです。
森山:僕も宇多田ヒカルさんのアルバムの中でもかなり好きな方でして、最近も引き続きよく聴いているのですが、今日はその中の2曲目に収録されている「君に夢中」という曲にスポットを当てていきたいと思います。
ソフィアン:いい曲ですね。
森山:いい曲だと言っていますが、ソフィアンさんにおすすめされたから僕が選んだというところも実はあります(笑)。
ソフィアン:この『BADモード』全体でも語れるんですが、森山氏の真骨頂としての曲分析をやるなら、この曲が一番面白そうだなと思い選曲しました。
森山:そこまで見据えてオススメしてくれたんですね。でも本当にこの曲は聴けば聴くほど、語りたいことや語るべきことが増えていって、話すテーマを絞るのが大変でした。今日は時間の制限もありますので、2つほどテーマを決めて話していきたいなと思います。
ソフィアン:楽しみですね。
森山:まず1つ目が「ラ♭」という音の引力について。もう1つのテーマが、2つのリフ、"基準さん"と"夢中さん"について。
「ラ♭」の引力について
森山:まずは1つ目の「ラ♭」の引力について話していきます。ソフィアン:はい!
森山:この曲では、「ラ♭」という音が、特にメロディーにおいてすごく強い力を持っているんですよ。
その具体的な話に入る前に、この曲の構成についての概要をみておくと、「Opening - Intro - 0C - 1A - 1B - 1C - 2A - 2B' - 2B - inter - 3C - D - 4C - Ending」という感じかなと思います。
もう少し簡単に言い直しますと、「オープニング/イントロがあってサビ→ABサビ→AB間奏サビ→Dサビ→エンディング」という感じですか。
ソフィアン:結構不思議な構成ですよね。普通のポップスと比べてみても。
森山:そうですね。サビが4回あって、その間にA・Bや、間奏などが挟まっていて、それが交互に来るような構成になっています。ただ構成が割と多めで複雑にも感じるのですが、基本的にはワンループ、つまり1曲通してほとんど同じコード進行が繰り返されて進んでいくと。
ソフィアン:そうなんですよね。
森山:ちなみに、コード進行と言ったのですが、その言い方はこの曲に関してはおそらく少し適切ではない気もしていて、コードが明確に意識されて鳴らされていることはないですよね。アルペジオだったり単音フレーズ、歌のハーモニーの組み合わせで、僕たちはコード、和声を感じてはいますが。
ソフィアン:なるほど!
森山:一応便宜上コード進行的にこの曲を見てみると1つのパターンのループであると。そういう作りになっています。
では、曲の概要が分かったところでメロディーの「ラ♭」の話に戻ると、結論から言うとこの曲のメロディーはずっと「ラ♭」という音に引っ張られ続けているんですね。ちょっとわかりやすく音を聴きながら進めていきたいなと思います。
ソフィアン:待っていました!
森山:僕が分析用に耳コピして作った音源にはなるのですが、最初のサビの部分を聴いてみますね。(音源付きの分析を聴きたい方は、radikoタイムフリーにてお楽しみください。)
ソフィアン:お!すごい!お願いします。
(音が流れる)
森山:という感じでサビのメロディーが鳴っています。音の名前を言っていくと、まず最初のフレーズが「シラソミソラ」となるんですよ。
ちなみに、いまこれはフラットは省略して読んでいるのですが。この曲の調ではフラットが6つ、つまりほとんどの音にフラットがついているので、毎回「フラット」とは言わずに進めていきますね。
では話を戻して、「シラソミソラ」の次も「ララシラソミレミソラ」と「ラ」で着地して、「ララシラソミソレララ」とまた「ラ」に着地するという。その後が「ドドシドシラソラシラ」といった感じで毎回フレーズごとに「ラ」に着地していくんですね。
ソフィアン:なるほど。
森山:次のAのセクションをみていくと。
(音が流れる)
森山:という感じでオクターブ下がっていますけど、前半は「ラ♭」の連打で始まるんですね。それで後半もサビみたいに毎回「ラ♭」を中心として、「ラ♭」に引っ張られ続けると。もちろんBも同じように。
(音が流れる)
ソフィアン:ここも「ラ♭」に戻ってきているんですね。
森山:そう。毎回「ラ♭」で終わると。今サビ、AとBをみたんですが、あとは基本的にはこのメロディーの少し歌い回しが変わるくらいなので、この曲って、ずっと「ラ♭」に引っ張られ続けられながら、もしくは重心を置きながら進んでいくんですよね。
ソフィアン:なるほど。
森山:ただ唯一「ラ♭」の引力から解放される瞬間があって、それが曲の後半に新しく出てくるDセクションなんですね。
(音が流れる)
森山:ここは音を一つひとつ詳しくはみていかないのですが、ここでは「ラ♭」からかなり解き放たれているんですよね。だからこそDセクションとしてうまく機能しているとも言えると思うし。
Dセクションってどういう機能が求められるかというと、やはり新世界を見せるというか、それまでの曲の世界とは1つ違う世界に連れていくというポジションのものでもあると思うのですが。
ソフィアン:パート的にもサビとサビの間ですもんね。
森山:そうですね。曲最後のエンディングに向かっていく箇所なのですけども、ここで「ラ♭」の引力から解き放たれることで、また違う展開を見せると。
かつ、最初に言ったように構成が複雑で、メロディーの数も5〜6種類くらいあって多いんですけど、それでも「ラ♭」という一つの中心点があるから曲のムードに統一感が出ているんじゃないかなというのが、まずメロディーに関する分析でした。
ソフィアン:なるほど。これ聴きながら歌詞も少し確認していたのですが、特に森山氏が言っていた「ラ♭」に落ち着くタイミングって、韻が踏まれるタイミングでもあって、この曲の歌詞の言葉の区切りというよりかは、母音の流れの部分で落ち着くところで、「ラ♭」にたどり着いていることが照らし合わせてみると感じますね。
森山:なるほど。今回歌詞の分析はしていないのですが、でもそういうところも含めてうまくハマっている作りになっていそうな感じはしますよね。
ソフィアン:ここで出てくる自前の資料があるんですけど、『宇多田ヒカルの言葉』という本で、歌詞集なんですが、前書きで「私の作詞は作曲から始まる」とあって、曲が先行で最後に歌詞がはまるということなんですけど、そうやって森山氏の話を照らし合わせてみてみると、やはり最初はメロディーの気持ちいい部分があって、それに当てはまる言葉を後から韻という形で踏んでいったのかなという印象を受けました。
森山:なるほど〜そうなんですね。メロディーが先なんですね。でもたしかにそうかも。歌詞の乗せ方がすごく独特というか、単語の間でフレーズが途切れたりするじゃないですか?それが気持ちよかったりするんだけど、そことかってメロディーが先の方がそうなりやすいよなという。
ソフィアン:言われてみれば結構昔の曲とかでも「です・ます」で韻を踏みにいったりすることがあって、今回だったら「You」「デジャヴ」「夢中」だったり「U」で韻を踏んでいることが多いのですが、その「です・ます」も同じ「U」で韻を踏んでいて、曲の構成としては今までの曲とはかなり違うので挑戦している曲なのかなと思いつつ、宇多田ヒカルらしさの痕跡がかなり随所に散りばめられているのがこの分析でさらに見えてきましたという印象です。
森山:なるほど。やっぱり止まらないですね(笑)。
ソフィアン:ごめんなさい!
森山:もっとそのお話聞きたいのですが、今日はたぶん歌詞の話まで行けないので、すみません。めちゃくちゃ面白いのですが、これたぶん1時間特集しないと全部は語り尽くせないので、2つに絞らさせてください(笑)。
ソフィアン:すみません!
2つのリフ、"基準さん"と"夢中さん"について
森山:その2つめのテーマに戻りますね。2つ目のテーマが、2つのリフについて。「基準さん」と「夢中さん」といったのですが、この曲というのはいくつかのシンプルなパーツの組み合わせと、その音色の変化で曲が構成されているんですね。リフというのはそのパーツの一種で、簡単に言えば繰り返しのパターンみたいなものですよね。そのリフというのがどんなものなのかを一回聴いてみましょう。例えば...(音が流れる)
ソフィアン:イントロの印象的なフレーズですね。
森山:あとはこういうリフも。
(音が流れる)
森山:こういう繰り返しのパターンみたいなのをリフといったりするのですが、そのリフを含めてこの曲には、ざっくり4つくらいのパーツがあって、今3つ聴いたので、せっかくなので4つ目も聴きましょう。
(音が流れる)
森山:これはイントロの冒頭で流れる音ですね。この曲はほどんどこの4つのパーツに全て分類されます。リズムとボーカルと効果音的な音というのを除けば、あとはこの4種類しかないと思って大丈夫です。それがいろんな鳴り方をするんですけど、その4つの中でも特に重要な役割を果たしている2つのリフがあって、その2つに「基準さん」と「夢中さん」という名前をつけてみたということになります。
ソフィアン:なるほど!
森山:その前提で話していくのですが、「基準さん」というのはその名の通り、曲の"基準"となる役割を果たしているパーツで、「夢中さん」は「君に夢中」という曲が「君に夢中」であるために大切なパーツ、要はこの曲がこの曲であるためのパーツなので、「夢中さん」と名付けました。それぞれどのことを言っているのか一度聴きましょう。
(音が流れる)
森山:「基準さん」というのが、このイントロから流れているリフ。
(音が流れる)
森山:「夢中さん」が低くダークな方。この2つがこの曲の骨格として非常に大切なんですね。この2つの、曲の中での使われ方・立ち位置というのを軽く言葉でまとめると、「基準さん」はサビで必ず鳴っているんですよ。イントロと毎回のサビで出てきて、この音は常にピアノだけで鳴らされます。
ソフィアン:ピアノだけなんですね。
森山:一方「夢中さん」はサビも含めて、曲中で鳴ったり鳴らなかったりします。曲が進んでいくとともにいろんな音色とかいろんなパートに変化しながら進んでいくのが「夢中さん」なんですね。
ソフィアン:たしかに「夢中さん」はピアノ以外の楽器でも使われているところが多いですよね。
森山:そうですね。シンセとかベースとかにこの「夢中さん」は移動したりします。さっきの「基準さん」はずっとピアノで鳴ります。
それではまず「基準さん」の話をしていきます。「基準さん」が基準である所以というのがあって、まず曲の基準である所以から。イントロで曲の冒頭から鳴らされて、そのまま「基準さん」とともに曲がサビに入っていくじゃないですか?「この曲はこんな感じですよ」みたいな、「こういう曲ですよ」というのを示す役割があるんですね。そこからまた曲がサビに戻ってくるたびにこの「基準さん」も一緒に戻ってくると。まさにこの曲の"基準"みたいな役割なんですよ。
ソフィアン:なるほど。
森山:さらにこのリフって「基準さん」のトップノート、一番高い音が、BPMを86で取った場合、常に四分音符で鳴り続けるんですよ。フレーズのアクセントが四分音符の頭にある、つまりクリックやパルスみたいな役割をしています。パルスのように常に高い音が一定で聴こえ続けているので、リズムの観点で言っても基準の役割があって。この曲のリズムって、「3・3・2」のリズムなんですよね。数字で言っても伝わりづらいと思うのですが。
ソフィアン:タタタ・タタタ・タタみたいな感じですよね(笑)?
森山:そうですね(笑)。それがこの曲全体を通したリズムなんですよ。
(リズムの音が流れる)
森山:この「3・3・2」のアクセントがより効果的に聴こえるためには、基準となる四分音符が鳴っていた方が良いわけですよね。
ソフィアン:たしかに「基準さん」の方は、リズムは「3・3・2」じゃないですもんね。
森山:そうですね。「基準さん」の方は、あえて言うなら、「4・4」なんですよね。それをみなさんに実感していただくためのサンプルを作ったんですけど、仮に2人の手拍子奏者がいたとします。その2人が同時に「3・3・2」を叩いた場合というのがこんな感じ。
(手拍子が鳴る)
森山:でもその1人が「基準さん」のリズム、もう1人が「3・3・2」を叩いたとしたらこんな感じです。
(手拍子が鳴る)
ソフィアン:リズムが際立ちますね。
森山:そう、グルーヴが生まれるんですよね。リズムがそのリズムである効果がよりよく聴こえると思うんですよね。その抜き差しのためにもこの「基準さん」はサビで四分音符を刻み続けるという役割を担っているんじゃないかなと。
ソフィアン:なるほど!
森山:では、続いて「夢中さん」の話をしていきますね。「夢中さん」が「夢中さん」である所以。
さっき「3・3・2」の話をしたじゃないですか?実は「夢中さん」のリフというのも「3・3・2」なんですよ。このリフは全部均等に(BPM172の場合の八分音符で)鳴っているように聴こえるかも知れませんが、(鍵盤を弾く)まず上にあがって下がって、少し上がるというリフで、この関係性というのはずっと崩れないんですよ。それで、この上がって下がっての折り返し地点というのが、ちょうど「3・3・2」の位置なんですよ。(鍵盤を弾く)
ソフィアン:あー!なるほど、たしかに。
森山:こういうアルペジオ、パターンを聴いた時には、折り返しのところとか、一番高い音とか一番低い音とかにアクセントを感じるんですよね、均等に弾いていたとしても。なのでこの曲の「3・3・2」のリズムに則ったリフになっています。
「基準さん」の四分音符のパルスと、「夢中さん」の「3・3・2」のリズムが同時に演奏されたり、されなかったり、片方だけ演奏されたり、その組み合わせを変えていくことでこの曲のスピード感やノリに、ビートだけで表現するのとはまた違った独特の展開がついているように感じたんですね。
ソフィアン:なるほど。
森山:それがまず1つ目の「夢中さん」たる所以で、もう1つ、最初にメロディーの「ラ♭」の引力の話をしたと思うのですが。
ソフィアン:この曲に働く重力ですね。
森山:そうですね。そことの関係性もあって、この「夢中さん」には「ラ♭」が登場しないんですね。
ソフィアン:あ!そうなんですか?
森山:そうなんですよ。登場しないどころか、「ラ♭」以外の全ての音が登場するんですよ。(鍵盤を弾く)
森山:この「夢中さん」のリフが使っている音域というのが、「シ♭」から「ソ♭」なんですね。その6音を使っているのですが、その両サイドには「ラ♭」がいるんですよ。「ラ♭」のすぐ上からすぐ下までの音を使ったリフになっています。(鍵盤を弾く)
これが例えば「ラ♭」に到達するリフだと違う印象になるんですね。(鍵盤を弾く)
ソフィアン:全く違いますね。
森山:ちょっと安心するじゃないですか?この曲には「ラ♭」の引力があると話しましたが、「ラ♭」に到達しない「夢中さん」のリフは、逆に斥力、反発力が両サイドの「ラ♭」から働いているかのように、「ラ♭」と「ラ♭」の間でバウンドしているようなリフなんですよね。
このもどかしさというか、メロディーではっきり示され続ける「ラ♭」の引力というのに逆らってふわふわ浮かんでいるような感じというのが、この曲のムードなんじゃないかなと僕は思ったんですよね。
ソフィアン:なるほど。
森山:メロディーはずっと「ラ♭」に重心を置いているのに、この「夢中さん」のリフは絶対に「ラ♭」に行かないという。そのギャップというか、もどかしさというのが、この曲がこの曲である一つの要素なのではと思いました。
ソフィアン:「夢中さん」が出てくるポイントって、歌詞でいくとかなり主観で出てくる事実を描写する言葉が並ぶセクションなんですけど、それってどちらかというと自分自身がすごい"夢中"になっていて、安定していない、いろんな想いが渦巻いているセクションで、そことかなりリンクしているなと。そこに辿り着かないもどかしさというのが、詩の中のいまひとつ完結しきれていない自身の心情とリンクしているというか。
森山:なるほど。この「夢中さん」のリフは最初は〈完璧に見えるあの人も疲れて帰るよ〉という歌詞の箇所から入ってきて、一部抜けたり、2番目のAやBの前半のセクションでなかったりとかあるのですが、4C(最後のサビ)では一切ならないんですよね。そこも一つの開放感に繋がっているのかなと僕は思いました。そのセクションの歌詞でいくと〈ここは地獄でも天国〉という"天国"というワードがあって、そこのメロディーラインも"天国"に合わせて跳躍して高くなるんですね。そういうフッと開ける感じ。その展開の一つとして、このもどかしい「夢中さん」が鳴らないこと。それまでずっと鳴り続けていたものが鳴らないことによって、ここがより一層開けた感じに聴こえているのではと思っています。
ソフィアン:なるほど、そういう風に着地するのか!
森山:「夢中さん」の話が最後にもう1つだけありまして、冒頭で「コード」という考え方は少し適切ではないと話したのですが、この曲の和声的な観点での面白みもこの「夢中さん」の役割としてありまして。
この曲のメロディーをざっくりと、解像度を低くして抽象的に見た時に、ずっと「ラ♭」で歌っているようなものなんですよね。
この曲は所謂コードがコードとしては鳴っていないと言いましたけど、それでも和声的にというか、曲のコードがすごく繊細に聴こえるというか、豊かに聴こえると思うんです。それはこの「夢中さん」がずっと、コードにおけるテンションとなる音を行ったり来たりしてくれているからなんですね。仮にこれを同時にコード楽器で鳴らしたとしたら...。(鍵盤を弾く)
こういう感じなんですよ。かなり複雑というか、ほぼクラスターみたいに聴こえてくる。でもこれがアルペジオで鳴っていることによって、その濁りというのを解消させながら、この豊かな和声的響きが聴こえてくると。
ソフィアン:なるほど。
森山:これもこの曲が魅力的である理由の1つなのかなと僕は思っています。長くなりましたが以上が分析となります。どうでしたでしょうか?
ソフィアン:そもそもなのですが、実は宇多田さんの構造的な理解は避けていたんですよ。なぜかと言いますと、宇多田さんの楽曲は唯一自分の中に残された神秘だと思っていて(笑)。なので構造的に理解したりとか、メロディーを分析したりとか、それを暴いてしまうというか、自分の中の大きなものが実はすごく近しいものなんじゃないかなという。
森山:わかりますよ、憧れが憧れじゃなくなる感じですよね。
ソフィアン:そう!そういう不安があったのですが、この話を聞いて、むしろますますすごいなと思いました(笑)。
森山:よかった(笑)。それは何よりです。確かにこうやって見ていくと改めて宇多田ヒカルさんはすごいと思いますね。ポップスの歴史がだんだんと積み重なってきて、無数の楽曲が生み出される中で、いつまでも残る楽曲というのは様々な要因がありながらも、そういう構造としての美しさであったり、過不足ない感じとか、一つ一つの音がちゃんと理に適っているというのもあるんじゃないかなと。
ソフィアン:全部が必然のうちにあるみたいな感じですよね。
森山:宇多田ヒカルさんの楽曲の分析は、この曲以外も何曲かしたことがあるのですが、やはりそういうところが意識的であれ無意識的であれすごく魅力的で、もちろん勉強にもなるし、ソフィアンの言うように神秘にも感じますよね。
ソフィアン:そうなんですよね。宇多田ヒカルさんのすごいなと思うところが、いろんな人が分析する中で、これが意識的なのか無意識的なのかわからないって同じような感想を言っていて。アカデミックな人だったら、それは意識的にやっているだろうと僕らは考えると思うのですが、それを無意識でやっていると思わせるようなところに、やはり宇多田ヒカルのアーティスト性として確固とされたものがあるというのと、出来上がった音楽と言葉で伝えられるもので十分な説得力があるというか。本心で作り上げられているものが楽曲として現れていて、曲自体が嘘偽りのないものにも思えるんですね。これからも追い続けたいです!
森山:流石です(笑)。楽しかったです。ソフィアンさんからこんなにたくさんお話が聞けるとは思わなかったので、本当は1時間丸々使って語りたかったです。
ソフィアンさんからもう止めどなく宇多田ヒカル愛が溢れ出てくるのですが、番組も終わってしまうのでそろそろ締めたいと思います(笑)。せっかくなので最後に、最新アルバム『BADモード』から1曲選んでいただきたいなと思います。
ソフィアン:せっかくなので僕が以前にRoom "H"内でもピックアップした曲をご紹介したいと思います。それでは聴いてください、宇多田ヒカルで「PINK BLOOD」。
5月11日(水) オンエア楽曲
odol「未来」odol「未来」Remix version(デモ)
宇多田ヒカル「君に夢中」
宇多田ヒカル「PINK BLOOD」
番組へのメッセージをお待ちしています。
Twitter #fmfukuoka #RoomH をつけてツイートしてください。MC3人ともマメにメッセージをチェックしています。レポート記事の感想やリクエストなどもありましたら、#SENSA もつけてツイートしてください!
RADIO INFORMATION
FM 福岡「Room "H"」
毎週月曜日から金曜日まで深夜にオンエアされる、福岡市・警固六角にある架空のマンションの一室を舞台に行われ、次世代クリエイターが様々な情報を発信するプログラム「ミッドナイト・マンション警固六角(けごむつかど)」。"203号室(毎週水曜日の26:00~26:55)"では、音楽番組「Room "H"」をオンエア。九州にゆかりのある3組のバンド、ユアネスの黒川侑司、松本大、odolの森山公稀が週替わりでMCを務め、本音で(Honestly)、真心を込めて(Hearty)、気楽に(Homey) 音楽愛を語る。彼らが紹介したい音楽をお届けし、またここだけでしか聴けない演奏も発信していく。放送時間:毎週水曜日 26:00~26:55
放送局:FM福岡(radikoで全国で聴取可能)
番組MC
黒川侑司(ユアネス Vo.&Gt.)
福岡で結成された4人組ロックバンド。感情の揺れが溢れ出し琴線に触れる声と表現力を併せ持つヴォーカルに、変拍子を織り交ぜる複雑なバンドアンサンブルとドラマティックなアレンジで、
詞世界を含め一つの物語を織りなすような楽曲を展開。
重厚な音の渦の中でもしっかり歌を聴かせることのできるLIVEパフォーマンスは、エモーショナルで稀有な存在感を放っている。2021年12月1日に初のフルアルバム「6 case」をリリース。
オフィシャルサイト/ @yourness_on/ @yourness_kuro
松本大
2006年に長崎県で結成。バンド名「LAMP IN TERREN」には「この世の微かな光」という意味が込められている。松本の描く人の内面を綴った歌詞と圧倒的な歌声、そしてその声を4人で鳴らす。聴く者の日常に彩りを与え、その背中を押す音楽を奏でる集団である。
2021年12月8日にEP「A Dream Of Dreams」を配信リリース。
オフィシャルサイト/ @lampinterren/ @pgt79 / @lampinterren
森山公稀(odol Piano&Synth.)
福岡出身のミゾベリョウ(Vo.)、森山公稀(Pf./Syn.)を中心に2014年東京にて結成した3人組。ジャンルを意識せず、自由にアレンジされる楽曲には独自の先進性とポピュラリティが混在し、新しい楽曲をリリースする度にodolらしさを更新している。
2022年3月16日に「三月」を配信リリース。
オフィシャルサイト/ @odol_jpn/ @KokiMoriyama