SENSA

2021.12.21

チーナ/チーナフィルハーモニックオーケストラ「Hey bon」──すべてがいつかは失われる世界で、それでも、生まれる命、奏でられる音楽

チーナ/チーナフィルハーモニックオーケストラ「Hey bon」──すべてがいつかは失われる世界で、それでも、生まれる命、奏でられる音楽

以前聞いた、ある女性の話が印象的に残っている。出産を経験したその女性は、かつては自分が子供を産むことに対して、どちらかと言えば、ためらいがあったという。こんな苦しみと悲しみに満ちた世界に新しい命を産み落とすことは、それ自体が残酷なことなのではないか、と。しかし、実際に子を産むことを前向きに捉えるようになったのは、こんな考え方の変化があったからだという。この世界が苦しみに満ちているかどうか、決めるのは親である自分ではなく、その子供本人でなければならない。もしかしたら生まれてくる子供は、自分とは真逆の性格で、この世界に光と喜びを目いっぱい見出し、その人生を謳歌するかもしれない。生まれてくる前から、その子がどんな眼差しで世界を見るのか──その運命を決める権利など、親である自分には与えられていないのだ、と。
この話を思い出したのは、チーナ/チーナフィルハーモニックオーケストラの新作ミニアルバム『Hey bon』を聴いたからだ。〈たとえどんな運命に生まれても 赤ん坊は知らないうちに笑い出す〉──そう歌う"トランプゲーム"に象徴的なように、本作には2019年に出産し、一児の母となった椎名杏子(Vo)の母親としての視点が曲のいたるところに見られる。"2020"というダイレクトなタイトルの曲も収録されているが、本作には、コロナ禍における先の見えない不安定な社会の空気感も通底音のようにして流れている。そこに瑞々しい生命力をもたらしているのは、〈それは風の子風を切る そこに光の子走り出す〉("たたたた")──そんなふうに歌われる、「子」の存在だろう。本作を通して感じられる母から子への眼差しが、決して保護者から被保護者へ注がれる眼差しというだけでは言いきれないものがあるのも印象的だ。そこには、未知なる未来へと、世界のまだ見ぬ細部へと、お互いがお互いを導き合う「友」のような感覚がある。その関係性によって見出される喜びや孤独が、「平凡」な日常を多角的に、多層的に、捉えることを可能にしている。
本作がそもそもは別名義として区別されていた、5人組バンド「チーナ」と15人編成の楽団「チーナフィルハーモニックオーケストラ」の連盟でのリリースとなったのは、もはやその2形態を差別化する必要もないほどに切実な音楽空間が、今の「チーナ」という磁場には広がっているからなのだろう。これまでの2名義それぞれの作品に比べても、本作は、両者がこれまで描きえなかった静謐でふくよかな音像を描いている。
続いていくこと。思い出そうとすること。この作品の祈りはひとえにそうしたことに向けられているように思えるが、その前提には、こびりつく喪失の記憶と、「すべてのものがいつかは消えゆく」という、冷静で純粋な命の認識がある。〈いつか消えてく君といつか終わる退屈を すぐ忘れてしまうメロディで歌おう〉──"いつか"で歌われるそんな一節は、このバンドにとっての音楽を奏でることの意味を、そこにある青春と静かな宇宙の存在を、とても強く感じさせる。

文:天野史彬




RELEASE INFORMATION

Heybon_FIX.jpg
チーナ / チーナフィルハーモニックオーケストラ「Hey bon」
2021年12月8日(水)
Format:Digital
Label:FRIENDSHIP.

Track:
1.朝
2.トランプゲーム
3.2020
4.夏はすぐ終わる
5.いつか
6.たたたた
7.ようこそここへ

試聴はこちら


PROFILE

202108_chiina_main.jpg
チーナ
2007年結成。ピアノヴォーカル、ヴァイオリン、コントラバス、ギター兼マイクロコルグ、 ドラムから成る5人グループ。
2015年より「チーナフィルハーモニックオーケストラ」として総勢15人編成の活動もスタートさせ、チーナやチーナフィルで数々のライブや野外イベントなどに参加している。また、日本だけではなくカナダ、台湾でもツアーを開催。海外にも多くのファンを持つ。
2017年公開の映画「パーフェクト・レボリューション」のエンディングテーマを担当。
2019年2月よりVo.椎名の出産に伴い活動を休止していたが、2019年10月より活動再開し、11月27日に5曲入りアルバム「5重丸」をリリース。
2021年9月1日にシングル「夏はすぐ終わる」を配信リリース。
12月8日にはチーナ/チーナフィルハーモニックオーケストラによるアルバム「Hey bon」を配信リリース。

チーナフィルハーモニックオーケストラ 
2015年結成。チーナメンバーを中心に管楽器、弦楽器、スティールパンなど個性豊かなメンバーが加わった15人編成の大所帯バンド。
2016年12月にデビューミニアルバム「PUSH」をチーナ「PULL」と同時リリース。
野外フェスやサーキットイベントにも勢力的に出演し、2019年2月には初となる武蔵野公会堂でのホールワンマンを行い、好評を博した。
2021年11月にシングル「ようこそここへ」を配信リリース。
12月8日にはチーナ/チーナフィルハーモニックオーケストラによるアルバム「Hey bon」を配信リリース。


LINK
オフィシャルサイト
FRIENDSHIP.

気になるタグをCHECK!