SENSA

2021.12.14

壱タカシ「少年連祷」──自己探求を音のスリルで示すエクスペリメンタル・ポップ

壱タカシ「少年連祷」──自己探求を音のスリルで示すエクスペリメンタル・ポップ

 冒頭のピアノの響きにまず引きこまれる。それは深く、聴き流しがたい静謐さを携えた音で、鳴らす人間の気迫に向き合う体験に他ならない。東京在住のシンガーソングライターである壱タカシのデビュー・アルバム『少年連祷』は、そんな風にして、ひとりの人間のなかの記憶や感情と濃密にコミュニケートすることを求める作品だ。30分弱と比較的短い尺ながら絶えず緊張感が漂い、しかし、そのテンションこそがアルバムの凛とした佇まいを生み出している。
 幼い頃からクラシック・ピアノに触れ、日本のラップに大きな刺激を受けたという壱タカシは、この名義で発表してきたシングル曲群において幅広い音楽的素養を提示してきたミュージシャンだ。その意味では、本作はデビュー作らしく彼の音楽的な引き出しの多さ──穏やかなピアノ・バラッドからダークなトーンのラップ・ミュージック、精巧なエレクトロニカ・ポップまで──を示しているとも言えるのだが、むしろトーンとしてはニュアンスに富んだエクスペリメンタル・ポップとして統一されている。とりわけ耳を引くのは、"前触れ"や"楽しさ"においてIDM的に複雑にプログラミングされたビートや、コンテンポラリー・ミュージックを思わせる"液体"での抽象的な和声、"知った"での次々に展開されるトラック構成の妙で、ポップスのクリシェに絡め取られまいとする実験性への志向をたしかに感じさせる。デビュー作としては勇気の要る決断だとは思うが、しかしそれは、音楽家・壱タカシとしての「個」を守り抜く行為であるだろう。

「個」──すなわち自分自身である、ということを徹底すること。『少年連祷』で貫かれているのはそうした命題だ。壱タカシは同性愛者であることをカミングアウトしている(日本ではあまり多いとは言いがたい)ミュージシャンだが、クィアである彼の自己はあからさまにではなく、本作で「気配」のようなものとして立ち上げられる。緊張感が漂うアルバムだと書いたが、そのテンションが少しばかり和らぐのが対になっている"ガール"と"ボーイ"で、それぞれ歌い手にとって大切な「女の子」「男の子」への想いが柔らかく綴られる。しかしよく聴けば、それらは異性愛を前提とする多くのポップスとは異なる場所から生まれた歌だということがわかる。では、この歌の歌い手は何者なのか?聴き手は考え、そして誰よりも、歌い手自身がアルバムを通してそのことを考えている。胸を突くのは、その真摯さである。
「僕のことが知りたい」と告げられ、そして、また静謐なピアノが鳴らされてアルバムは終わる("河")。それはもちろん性的マイノリティである自身のアイデンティティへの根源的な問いであり、同時に、自分のなかにだけ存在する様々な感情の記憶に対する探究心の表れでもあるだろう。ポップスの常識を軽やかに外れる壱タカシの歌は、だから、他の誰とも異なる自己を内省し受容することの不思議さや面白さをデリケートに浮かび上がらせている。

文:木津毅




RELEASE INFORMATION

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壱タカシ「少年連祷」
2021年12月8日(水)
Format:Digital
Label:FRIENDSHIP.

Track:
1. 前触れ
2. 楽しさ
3. 擬態
4. ガール
5. 液体
6. 知った
7. おそれ
8. ボーイ
9. 河

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壱タカシ「少年連祷」
2021年12月8日(水)
Format: CD
販売 : PCI MUSIC INC.
価格 : ¥2,500 + 税/品番 : ICTK-0001

トラック:
1. 前触れ
2. 楽しさ
3. 擬態
4. ガール
5. 液体
6. 知った
7. おそれ
8. ボーイ
9. 河


PROFILE

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壱タカシ
1988年岐阜県生まれ。音楽大学で作曲とプロダクションを学ぶ。2019年「はなむけ」でデビュー以降、多彩かつ高度な音楽性と朴訥とした歌声が注目される。シンガーソングライターとして活動する際は「愛を歌う」ことを標榜し、ジェンダー、セクシャリティ含む自身のアイデンティティと表現についての課題に取り組んでいる。

Born in Gifu Prefecture in 1988. He played the piano and drums from an early age, and studied composition and production after entering a music college.
Since his debut with Hanamuke in 2019, he has gained attention for his diverse and advanced musicianship and his simple, unaffected voice. He is an advocate of singing about love. He aspires to express himself in a way that confronts his own identity, which includes gender and sexuality.


LINK
オフィシャルサイト
@taka_one
@taka_one_otaka
FRIENDSHIP.

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