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2021.07.01
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン再始動によって、何度目かのシューゲイザー・ブームが巻き起こっている2021年。自分もまもなく刊行される書籍のために、シューゲイザー周辺にまつわる数十枚ものアルバム評を書き終えたところだ。ノイズを浴び続けて感覚器官も麻痺しそうだったが、そんなハードワークを終えた耳にも、揺らぎの1stフルアルバム『For you, Adroit it but soft』は新鮮に響いた。これだけの力作はそうあるものではない。
2015年に滋賀県で結成された揺らぎは、2018年のEP『Still Dreaming, Still Deafening』によって海外からも注目を集める存在となった(Spotifyのデータを見ても台湾、アメリカ、ロシアなどリスナー層は幅広い)。Miracoの透き通った歌声と浮遊感のあるメロディ、轟音と静寂のコントラストはシューゲイザーの王道そのもの。しかし一方で、本人たちは当時のインタビューで「シューゲイザーは好きだけど模倣したいわけではない」と強調し、ピンク・フロイドのコンセプト主義や、88risingのJojiみたいなR&B/ヒップホップへの共感を語るなど、リスナーとしての幅広い好奇心も持ち合わせていた。
今日ではあらゆる音楽シーンでジャンル融解がデフォルトとなりつつあり、それ自体はもはや珍しいことではない。だが、シューゲイザーとは様式美の音楽であり、永久不変のスタイルが確立されているがゆえに、越境的な野心をもつバンドは一握りしか出てこなかった。今回の『For you, Adroit it but soft』が素晴らしい理由の一つはここにある。ジャンルの規範に縛られることなく、自分たちの耳と感性を信じて前進しようという気概が、3年前の前作よりも遥かに伝わってくる。
攻めのスタンスが顕著なのは、ビートメイカーのBig Animal Theoryとコラボした「Dark Blue」から、「An Atrium」へと続く流れ。ダークで不穏なトラック、加工処理されたヴォーカルは、ロック・バンドというよりインディR&Bやクラブ・ミュージックに近い。シューゲイズの爆音を纏った「Underneath It All」では、ダブステップを人力演奏に置き換えたようなドラムも聞こえてくる。かたや「Sunlight's Everywhere」と「That Blue, I'll be coming」では、シガー・ロス譲りの荘厳さとダイナミズムに加えて、シンセやギターを用いたアンビエンスを厳粛に鳴らし、息を呑むようなテクスチャーを生み出している。
サウンド面の冒険は目を見張るばかりだが、それ以上に驚かされたのは楽曲の強度。とりわけ「While My Waves Wonder」は必殺の名曲で、エモのエッセンスも感じさせる切なさと叙情性、陰と陽を併せ持つキャッチーなメロディには抗えない魅力がある。そこからフォーキーな弾き語り「The Memorable Track」を挟み、「I Want You By My Side」で激情のフィナーレを迎えるまでの展開はひたすら圧巻。上述したような文脈を一切知らなくても、万人を惹きつけるような凄みと説得力がある。
資料には「前作とは異なりコンセプトに縛られず様々なアプローチで楽曲作成を試みたアルバムとなっている」と書いてあるが、多彩なサウンドをもつ今作のほうが、むしろ統一感があるのは不思議なものだ。それは揺らぎというバンドが、どれだけ音楽的に拡張してもブレることのない軸を備えているからだろう。もしくは、今作でついに自分たちらしさを確立したとも言える。世界的に見ても突出したクオリティだし、共演歴のある羊文学が活躍する今、日本でもより広く受け入れられることを強く望む。
文:小熊 俊哉
揺らぎ「For you, Adroit it but soft」
2021年6月30日(水)
Format: CD, Digital
Label:FLAKE SOUNDS
Track:
1. While The Sand's Over
2. Sunlight's Everywhere
3. That Blue, I'll be coming
4. Dark Blue (feat. Big Animal Theory)
5. An Atrium
6. While My Waves Wonder
7. The Memorable Track
8. Underneath It All
9. I Want You By My Side
試聴はこちら
FRIENDSHIP.
2015年に滋賀県で結成された揺らぎは、2018年のEP『Still Dreaming, Still Deafening』によって海外からも注目を集める存在となった(Spotifyのデータを見ても台湾、アメリカ、ロシアなどリスナー層は幅広い)。Miracoの透き通った歌声と浮遊感のあるメロディ、轟音と静寂のコントラストはシューゲイザーの王道そのもの。しかし一方で、本人たちは当時のインタビューで「シューゲイザーは好きだけど模倣したいわけではない」と強調し、ピンク・フロイドのコンセプト主義や、88risingのJojiみたいなR&B/ヒップホップへの共感を語るなど、リスナーとしての幅広い好奇心も持ち合わせていた。
今日ではあらゆる音楽シーンでジャンル融解がデフォルトとなりつつあり、それ自体はもはや珍しいことではない。だが、シューゲイザーとは様式美の音楽であり、永久不変のスタイルが確立されているがゆえに、越境的な野心をもつバンドは一握りしか出てこなかった。今回の『For you, Adroit it but soft』が素晴らしい理由の一つはここにある。ジャンルの規範に縛られることなく、自分たちの耳と感性を信じて前進しようという気概が、3年前の前作よりも遥かに伝わってくる。
攻めのスタンスが顕著なのは、ビートメイカーのBig Animal Theoryとコラボした「Dark Blue」から、「An Atrium」へと続く流れ。ダークで不穏なトラック、加工処理されたヴォーカルは、ロック・バンドというよりインディR&Bやクラブ・ミュージックに近い。シューゲイズの爆音を纏った「Underneath It All」では、ダブステップを人力演奏に置き換えたようなドラムも聞こえてくる。かたや「Sunlight's Everywhere」と「That Blue, I'll be coming」では、シガー・ロス譲りの荘厳さとダイナミズムに加えて、シンセやギターを用いたアンビエンスを厳粛に鳴らし、息を呑むようなテクスチャーを生み出している。
サウンド面の冒険は目を見張るばかりだが、それ以上に驚かされたのは楽曲の強度。とりわけ「While My Waves Wonder」は必殺の名曲で、エモのエッセンスも感じさせる切なさと叙情性、陰と陽を併せ持つキャッチーなメロディには抗えない魅力がある。そこからフォーキーな弾き語り「The Memorable Track」を挟み、「I Want You By My Side」で激情のフィナーレを迎えるまでの展開はひたすら圧巻。上述したような文脈を一切知らなくても、万人を惹きつけるような凄みと説得力がある。
資料には「前作とは異なりコンセプトに縛られず様々なアプローチで楽曲作成を試みたアルバムとなっている」と書いてあるが、多彩なサウンドをもつ今作のほうが、むしろ統一感があるのは不思議なものだ。それは揺らぎというバンドが、どれだけ音楽的に拡張してもブレることのない軸を備えているからだろう。もしくは、今作でついに自分たちらしさを確立したとも言える。世界的に見ても突出したクオリティだし、共演歴のある羊文学が活躍する今、日本でもより広く受け入れられることを強く望む。
文:小熊 俊哉
RELEASE INFORMATION
揺らぎ「For you, Adroit it but soft」
2021年6月30日(水)
Format: CD, Digital
Label:FLAKE SOUNDS
Track:
1. While The Sand's Over
2. Sunlight's Everywhere
3. That Blue, I'll be coming
4. Dark Blue (feat. Big Animal Theory)
5. An Atrium
6. While My Waves Wonder
7. The Memorable Track
8. Underneath It All
9. I Want You By My Side
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オフィシャルサイトFRIENDSHIP.