- TOPICS
- FEATURE
2021.02.25
Vol.3は、2月24日(水)にリリースする4ヶ月連続配信シングル第3弾「焦熱」。
※今回のライナーノーツはフィクションであり、実在の人物・団体・事件等、実際の出来事とは一切関係ありません。
「ヤイセ」のことを思い出してしまった。
私が生まれ育った町の、小さなじゃり道を抜けた先で、顔の黒ずんだ不潔そうな男が一人で営んでいた小さな商店だ。サイダーの華やかな香りと、土っぽく変色した飛行機の玩具の手触りに並んで、今も鮮烈に覚えていることがある。私が初めて、万引きを試みた時のことだ。
普段から無口で無愛想なヤイセの店主は、会計時に値段を投げつけるように呟くだけで、やって来る客にも、陳列している商品にも、全く興味がないような顔を浮かべていた。「いらっしゃい」とさえ発言しているのを聞いたこともなく、勉強机に広げた週刊誌の表紙をマヌケな顔で見つめている。店内には交通情報や天気予報を伝えるラジオがひた流されていた。私のある友人はその表情を見て驕り高ぶり、放課後に万引きを企てた。
決行の日のヤイセにて、私はポケットやカバン、袖口などにフェリックスのガムやモロッコヨーグルとか、比較的小さい駄菓子をたくさん詰め、店主がそっぽ向いているのを確認しながら、何食わぬ顔を装っていた。吐き出す息が熱くて酔いそうになる。悪とされることに手を染める背徳感には魔性の快楽があり、脳内を分泌液が満たす感覚を味わった。
性悪な目をした友人の合図に従い、そそくさと店を出ようとしたその刹那、パイプ椅子が豪快に軋む音と一緒に、店主がこちらに歩み寄る。激しく、ずんずんと歩く。全身の血流が可視化され、さらにそれは冷水のような鋭さになった。足音と影が比例して大きくなるにつれ、血は逆に流れ、凄まじい濁流を起こすようだった。馬上のように、内臓が揺れる。そして一瞬にして津波の如くうねり、額や手の汗として溢れ出し、心拍はひどく大きくなっていた。もう私には何もすることができなかった。走って逃げ出すことも、盗った商品を戻すことも、すべてぶちまけて謝ることも。ただ、棚の隙間からゆっくりと出現した男の不潔な吹き出物を見つめ、ねっとりした口元が動き出すのを感じた。すべて一瞬の出来事であることが信じられず、この苦痛は何分にも、何時間にも感じられた。
「駄目!」
小さな店にいる上でそれは、必要以上に大きく不愉快な怒鳴り声で、男はただそう叫んだ。例えば引っ叩かれたり、警察を呼ぶと脅されるよりも、その一言にはずっと凄みがあった。私は、膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、しまいこんだ駄菓子をすべて机にぶちまけ、覚束無い足取りで逃げ出してしまった。友人らはとっくのとうに、店の近くにいなかった。
半分だけ閉まったシャッターは錆びているものの、いとも簡単に開けられそうだ。その奥のガラス障子は年季の入った様子で、砂色に曇っている。拾ったもので小さいが、このスパナをぶつければすぐに割れるだろう。この町の生存者は恐らく、私しかいないと思われるが、思い入れのある店を襲うのは頗(すこぶ)る気分が悪かった。それでも、このパンデミックに少しでも抗いたいという心は揺さぶられなかった。彼女の匂いがまだ、掌に残っている。
震える手でスパナを握りなおし、力いっぱいに戸を殴った。鼓膜にこびり付いたあの怒鳴り声を、ガラスの割れる音でかき消したいと思っているのかもしれない。割れきらなかった箇所は、何度も叩いた。逃げた奴らのことを思い出しながら、そして奪い取ったポルシェに戻れば、相変わらず何食わぬ顔を装って、彼女の窶(やつ)れた唇や首筋に、そして石像のように重く、冷たく、固まった心臓に口付けするのだろうと、そう思いながら何度もやった。粉々になった思い出が、飴玉を彷彿とさせる。
不格好に歪んだアルミの枠をくぐると、憶えのある埃のにおいが私を迎え入れた。ざらざらとした足元には微かにも留意せず、駄菓子を勢いよく頬張る自分を俯瞰し、わんさか涙を流したくなった。こんなことをしても、誰にも咎められなくなったためだ。即ち、数年前の世界はもうどこにもないと、改めて認識したのだ。勉強机にたたずむラジオが、しれと視界に入り込む。ダイアルを回すと、たちまち激しいノイズが木箱を埋め尽くした。
腹ごしらえを終え、彼女の元に戻ると、いつものように綺麗だった。その顔は艶やかで、疫病で痩せ細った御体ということさえ忘れるほどである。私はキスをし、それからプロポーズをした。あっけなく、そっけなく、それでも情熱的な告白を行った。しかし、あるべき姿の、熱を帯びた餞別に恋い焦がれている私には、あまりに悲しいものだった。
少し離れたところから鳴っているノイズが形を乱し、整ったりを繰り返している。車内は、もくもくと雲のように湧き立つ煙で溢れかえり、ぼやけた意識の私も、「シーソー」について考えている。跨がれば、もう二度と、ほかの誰かと同じ景色を見ることも叶わない。それでも私は、いつまでも彼女の正面に座って、同じ暖をとっていたいと願うのだ。
凡人たちはそんな暮らしに平穏と名付け、あるいはヘヴンとも呼んだ。
この楽曲は、新型肺炎感染拡大に伴った自粛期間、パンデミックの規模肥大化に畏怖し、絶望的な感情になった経験から着想を得て制作しました。実際の出来事とは無関係ですので、ご了承くださいね。
ユレニワ
Vo/Gt シロナカムラ
PROFILE
ユレニワ
千葉県にて結成のフォーピースバンド。衝動がむき出しになった生々しいライブパフォーマンスと、Vo/Gtのシロナカムラによる文学的かつ鮮烈な歌詞、そしてロック/オルタナを中心に据えながら、確かな音楽的素養に裏打ちされた楽曲が持ち味。
2018年12月にMASH A&R主催 「MASH FIGHT! vol.7」にてグランプリを受賞。
音楽のジャンルに縛られる事無く、その時感じたことを音にしている。「尖り系」でも「あのバンドの二番煎じ」でもない。心のどこかでラブアンドピースを願いながら、あの子の涙に揺れながら、音楽活動に日々邁進中。
いつでも今がベストでいたい。
RELEASE INFORMATION
ユレニワ 「焦熱」
2021年2月24日(水)
Format: Digital
Label: MASH A&R
Track:
1.焦熱
視聴はこちら
LIVE INFORMATION
ユレニワ presents 『JURENIWA IS WORLD TOUR』
チケット料金:対バン公演 ¥3000(税込/ドリンク代別途要)
ワンマン公演¥3500(税込/ドリンク代別途要)
<対バン公演>
3月19日(金)千葉LOOK
open 18:30 / start 19:00
GEST:Ezoshika Gourmet Club、The Shiawase
3月24日(水)福岡Queblick
open 18:30 / start 19:00
GEST:pastleaks、他
3月25日(木)岡山PEPPERLAND
open 18:30 / start 19:00
GEST:CASANOVA FISH、他
3月27日(土)大阪CLAPPER
open 17:30 / start 18:00
GEST:東京少年倶楽部、FIRE ARROW
3月28日(日)名古屋HUCK FINN
open 17:30 / start 18:00
GEST:postman、FEZ INVICTA
<ワンマン公演>
4月11日(日)新宿Marble *ツアーファイナル
open 18:00 / start 18:30
チケット情報
12月26日(土) AM10:00~ e+のみで受け付け開始
受付URL : https://eplus.jp/sf/word/0000094433
LINK
オフィシャルサイト@JURENIWA
Official YouTube Channel