FRIENDSHIP.の最新楽曲を紹介!東京真中・Gateballers・工藤さくらほか全18作品 -2026.2.14-
RADIO
2026.02.19
【読むラジオ】MC:VivaOla ゲストに齊藤耕太郎が登場「Room H」-2026.2.18-
FM福岡で毎週水曜日 26:00~26:55にオンエアしている音楽番組「Room "H"」。YOURNESSの黒川侑司、VivaOla、Laura day romanceが週替わりでMCを務め、彼らが紹介したい音楽をお届けし、またここだけでしか聴けない演奏も発信していく。
今週のMCは、VivaOlaが担当。SENSAでは、オンエア内容を一部レポート!(聴き逃した方やもう一度聴きたい方は、radiko タイムフリーをご利用下さい。)
皆さん、こんばんは。ここからの1時間はRoom"H"、DJを務めますシンガーのVivaOlaです。3週間ぶりに、このRoom"H"に帰ってきました。最近、周りでセッションしている時に、風邪治りたてやインフルエンザからの復帰で来る人が多いんですが、まだ流行っているみたいなので、皆さんも気をつけてください。ちなみにVivaOlaは、年末に体調を崩しましたが、今はピンピンしています。
さて、今日はゲストをお招きしています!僕の音楽仲間であり、飯友であり、人生の大先輩です。齊藤耕太郎さんをお迎えしています。出会ったのが2020年。コロナの真っ只中。(僕は)ちょうど音大を中退して、親も韓国に行ってしまっていて、(当時、僕は)ボストンにいて、(日本の)家の鍵を日本に置いてきてしまって。(親に)電話したら「今、韓国にいるから、あなた帰っても家に入れないわよ。」と言われて、「分かった。」と言ってソウルに飛んで。そこで色々あって、一緒に歌わせてもらって。その後に日本でちゃんとお会いして、美味しい飯など、いい音楽をいっぱい聴いて...みたいなのが続いて、かれこれ6年くらい経ちました。では、2020年の曲を聴いてもらいましょう。Kotaro Saito, Hajime Uchiyamaで「Evergreen (feat. VivaOla)」。
VivaOla:お送りしたのは、本日のゲスト、齊藤耕太郎さんと内山肇さんの楽曲に僕がボーカルで参加した『Evergreen (feat. VivaOla)』という曲です。早速ゲストをお迎えしましょう。
齊藤:こんばんは、齊藤耕太郎です。Kotaro Saitoという名義とleiftという名義で音楽活動してます。よろしくお願いします。
VivaOla:お久しぶりです!
齊藤:会って話すの久しぶりだね。イベントに来てもらって、会ったのが3ヶ月前だけど、ゆっくり喋るのはマジで2年ぶりぐらいかもね。
VivaOla:そうですよね。日本の中で拠点が一回移ったタイミングとかあったじゃないですか。現状に向かって、準備してましたもんね。ちょっと一旦プロフィールを紹介してもいいですか? (齊藤耕太郎さんは)思春期をインドで過ごし、独学で作曲とピアノを習得。ピアノと弦楽器、ヴィンテージのシンセサイザーやリズムマシンを基調とした楽曲を制作。アーティスト活動と並行してCM音楽も数多く手掛けるほか、文筆家としても活動。広告代理店出身のキャリアを活かした発信活動も行う。料理やインテリア、植物をこよなく愛している...。(プロフィール)全然もっとですよ(笑)!
齊藤:これ多分、昔のプロフィールだから、4割も説明してない感じがするけど、まあいいや(笑)。
VivaOla:本当に俺、(耕太郎さんのことが)好きなので、色々ピックアップして皆さんに紹介できたらと思います。ちゃんと話したことないかもしれないですけど、インド出身?
齊藤:出身はインドじゃないよ!出身は静岡県の浜松市。
VivaOla:浜松!餃子だ。
齊藤:餃子もだし、あとはYAMAHAとかRolandとかKAWAIとか、鍵盤楽器の本社がいっぱいあるところ。
VivaOla:そうなんだ!
齊藤:小学校6年生か中学1年生の夏ぐらいに父親の仕事の都合でインドに家族みんなで行ったという感じ。
VivaOla:(当時は)ティーンエイジャーみたいな感じですね。
齊藤:思春期だね。12歳から高校に入るまでの3年間ぐらいをインドで過ごして。
VivaOla:そのあとは日本に戻ってきたんですか?
齊藤:そう。日本に戻って、浜松市の高校に行って、大学で東京に出てきたという感じ。
VivaOla:なるほど!そのあとに広告代理店で働いたり。
齊藤:博報堂という広告代理店に勤めてました。
VivaOla:インドの話、ちょっと聞いていいですか?インドは(よく)行かれてます?
齊藤:いや、行ってなくて、俺だけ先に帰ってきたから、高校入学して、1〜2年は親の顔を見に行っていたけど、それ以来、全然行けてなくて。今、とても行きたいところの1つ。
VivaOla:そうですよね。今、エレクトロミュージックとか、中東・インドのスケール感、サンプリングで超使うじゃないですか。そういう影響とかありました?
齊藤:音楽を始めたのがインドだった。音楽に目覚めたのがインド。インドって治安が当時、そんなに良くなくて、家でできる趣味・遊びがどうしても欲しかったんだけど、うちのお袋がピアノが好きで、たまたまピアノを家に置いていて、自分もちょっと真似事で弾いてみようかなと思ったのが最初。
VivaOla:なるほど。
齊藤:ベートーヴェンの「月光」を最初に弾いた。あれ、左手があんまり動かないわけ。だから一日一行ずつ練習してたら、大体3ヶ月ぐらいで「あ、これ弾けるぞ。」みたいになって。両親とか友達にいきなり弾いたら、「天才か!」と言われて。それでちょっと調子づいて音楽を。
VivaOla:なるほど(笑)。めっちゃ頑張って、練習したけど、何もない顔して(笑)。
齊藤:電子ピアノだったから、夜中に全員寝てから、一行ずつ練習みたいな感じでやって。
VivaOla:で、一気に見せて(笑)。
齊藤:バンって見せたら「お前、やばいな」みたいな(笑)。
VivaOla:白玉多いですもんね。
齊藤:そうそう、白玉ばっかりだから。
VivaOla:じゃあ、あんまり分かりやすくインドミュージックとかは...。
齊藤:日本人学校に通ってたんだけど、インドで日本人学校に通っていると、日本のものがすごく尊く思えちゃって、逆にJ-POPとかを聴いてた。
VivaOla:うわ、めっちゃ分かります!
齊藤:インターナショナルスクールだとわかんないけど、日本人学校の場合は、日本の音楽・文化を追ってないと、取り残されている気持ちにちょっとなって。インドの本当の魅力に気づけたのは帰国してからかも。インド料理とかもそう。当時、全然食べたくなくて。
VivaOla: えー!
齊藤:和食だったりとか、日本で食べてたパスタとかステーキとか、そういうものが魅力に感じていた。今思うとなんて馬鹿だったんだろうと思う。
VivaOla: 「あの時もっと体験しとけば...」みたいな。
齊藤:だって、目の前に牛が歩いていたんだよ。
VivaOla:あれ本当なんですか?
齊藤:本当。牛を引けないから、牛で渋滞してるわけ(笑)。ずっと牛が通り過ぎるまで大群を待って、みんなでガタンゴトン、ガタンゴトンって車で行くみたいなのが平気にあった街だった。衝撃だったね。
VivaOla:思春期にインドで聴いていた好きなJ-POPあります?
齊藤:初めて言うかも。当時一番流行ってたのはGLAYだった。
VivaOla:GLAYだ!
齊藤:当時「サバイバル」という曲がめっちゃ流行ってて。(GLAYの)20万人ライブという伝説のライブがあった時期で、「20万人のライブをやったらしい」という情報しか知らなくて、自分はピアノをちょっと弾けるようになったばかりだから、音楽を語れる筋合いでもないと自分でも思ってて。「GLAY好きと言ってみたいな」とかって思っていた時期だったんだけど、ある程度、音楽キャラが学校の中で定着した頃にすごい影響を受けたのは、X JAPAN。GLAYの先輩がいると聞いて、X JAPANにめっちゃハマった。
VivaOla:なるほど!
齊藤:そこからYOSHIKIさんの音楽にめっちゃハマって、俺のピアノを弾くスタイルはYOSHIKIさんの右手で行ったり来たりするスタイルに影響を受けているんだろうなと思う。
VivaOla:確かに、アルペジオに種類がありますもんね。
齊藤:そうそう。クラシック音楽が真ん中に本来はあるんだと思う。
VivaOla:なるほど。ここで「月光」を流したら面白い。
齊藤:でも、いいんじゃない?俺の始まりの曲は「月光」だから。
VivaOla:俺、ラジオでクラシックを流してみたかったんです。
齊藤:せっかくなら、弾き手も指定していいですかね。ベートーヴェンの「月光」という曲の第一楽章をヴィルヘルム・ケンプで聴いてください。
VivaOla:この番組面白いね。まさかここで、「月光」をかけると思わなかったよ。
齊藤:俺も思ってなかったです。クラシックの話、ちゃんとプライベートで喋ったこと、多分一回もないし。
VivaOla: 本当にないですね。
齊藤:そうだよね。多分ルーツに触れるきっかけがなかったよね。
VivaOla:そうですね。音楽より意外と哲学的なことになるじゃないですか。あと、3〜4人いると誰かに合わせちゃう。耕太郎さんと肇さんがいた時はずっとPrinceの話とか。
齊藤:(その場に)もう一人いると、二人とも幅広く網羅してるから、(全員の)共通項で、喋っちゃうんだよね。
VivaOla:彼らから学びたいですもんね。じゃあ、今回は齊藤耕太郎さんのことをたくさん掘っていきたいと思います。インドで思春期を過ごして、その後ミュージシャンになるわけですが、多分、(きっかけとかエピソード)みんなあると思うんですよ。例えば、俺だったら、親に言うの怖いけど、ステージ立ちたいみたいな。そういうのってありました?
齊藤:実は中学3年間、ピアノに出会う前はずっと野球をやってて。
VivaOla:えー!
齊藤:ずっと野球のプロになりたかったの。軟式をやってて、当時は結構頑張ってたつもりで、中学3年生の時に日本に帰国して、(日本の)高校に入るという決断をして、親に「野球をやりたい。」と言ったら、「何言ってんだ。野球をやるんだったら、そんなところじゃなくて、もっと野球の高校に行け。なんで進学校なんだ。」という話をされ、言葉に詰まってしまって、すごく悔しいんだけど、野球をやれる気がしなくなっちゃったの。「じゃあ音楽やろう」というのも変なんだけど、音楽はやりたいと思ったから、「俺はプロになるんだ」と思った。これは超本音の本音でめっちゃ恥ずかしいんだけど、そんなかっこいいもんじゃなくて、「野球は無理かも。」と悔しく思った最中に、「音楽はできる」となんか思った。それが一番の理由。
VivaOla:全然かっこよくないですか?
齊藤:そう?二番手みたいな感じじゃない?考えてみると、音楽をやってみたいと子供の頃から思っていて、中学の時に初めて自分の願いが形になった気がする。そのコンプレックスを叶えてくれた音楽に身を捧げたいと思ったのが最初かな。
VivaOla:共感できます。俺も音楽が二番手で。
齊藤:そうなんだ。一番手は何だったの?
VivaOla:建築でした。
齊藤:そうなんだ。この話もあんまり聞いたことない。
VivaOla:意外と(音楽が二番手の)方が多い気がするんですよ。一番執着してるものって、エゴが強すぎて、叶わないことが多かったりして、二番手の方が素直に思えるのかな。
齊藤:そうね。(音楽は)「やりたい」じゃなくて「やるんだ」と思った。結局、就職活動もして博報堂という広告代理店にも入って、辞めて、音楽のプロになっているけど、その中でも音楽がコアにあり続けられたのは、もしかしたらVivaちゃんの言う、二番手だったからかもしれないし、「やりたい」じゃなくて「やるんだ」と思っていたからなのかもしれないね。
VivaOla:一気に深いところ行きたいんですけど、(耕太郎さんって)俺の知り合いの中でも屈指のオタク。言葉選ばず言うと、ナードでして、特に機材と知識量が半端ない。そういうのって広告代理店のキャリアから来ているんですか?
齊藤:結局、それもコンプレックスだったのかもしれない。広告代理店とメディア、そして音楽業界の関係性がどこまで伝わっているかは分からないんですけど、少なくとも僕からすると、音楽業界って"現場"なんですよ。アーティストをマネジメントされている方も含めて、現場に寄り添っている方々で、一方で、広告代理店は"才能の塊"を、どうやって世の中のビジネスに活かしていくかを考える仕事なんですよね。そのビジネスを動かす側にいると、"現場を知らない"という感覚になるし、現場の都合よりクライアントの都合を優先しなきゃいけない時があるわけですよ。(自分は)現場を知らないから、人がついてこないんじゃないかとか。営業側にいたから、ライブの現場だったりレコーディングとか現場のことを全然分かってないんじゃないかと感じることが多くて。(広告代理店を)辞めた瞬間から野に放たれて、仕事を覚えていかなきゃいけない中で、誰よりも機材や楽器の知識がないと仕事にならないだろうなと思って、それで覚えたのかもね。
VivaOla:結構、後だったんですね。人によっては就職せず、すぐ(音楽の道に)進む人もいるじゃないですか。自分もそうだし。でも、社会人を経たミュージシャンが結構周りで増えてきて、(そういう人たちって)視点が違う気がして。そういうのってありますかね?
齊藤:今、マレーシアで自分がやろうとしていることとか、自分の音楽活動そのものだなと思っていて。クライアントと呼ばれているエンタメのことよりも、自分たちのビジネスの問題を解決したい人とエンタメの世界で売上を立てたいとか。知名度を上げたいとか。いろんな課題を持ってる人たちのやりたいことってどうやったら一番うまくいくのかなと考える脳は常に動いてるね。
VivaOla:それってプロデュースですもんね。僕が出会った時は、まだ齊藤耕太郎という名義だけがあって、leiftというシンガー名義はまだなかったし。それこそ、CM音楽をやってましたみたいなキャラが強かったけど、どんどんアーティストに傾倒したじゃないですか。そういうのってメンタル的なところからシフトしてるんですかね。
齊藤:これも初めて言うかも知れないけど、Vivaちゃんに出会ったからなんだと思うよ。Vivaちゃんと2020年の夏ぐらいに曲を作りたいと思って、対面で会ったのが8月ぐらいだったと思うんだけど、あなたから受けた影響は大きかったよ。2021年とかに、自分のインスト作品でアルバムを出したあとに、これ以上言葉のないもので音楽をやっていても、伝わらないなと感じて。曲と自分という肖像で伝えようとしているVivaちゃんを見て、もしかしたら俺も自分の声を使えば、今、自分が引っかかっている何かが解決できるかもしれないみたいな。
VivaOla:歌詞とか。
齊藤:そう。当時は、歌うということよりも、まず「言葉を使いたい」という思いが一番最初にあったんだよね。だから、言葉から声へと意識が移っていって。でも、声を音楽の中で使うなら、それは歌なんじゃないかと思った。ラップではないな、という感覚があったんだよね。そりゃあ、大変だったけど、本当に歌い始めてよかったなと心から思っているよね。自分が受けてきた影響を考えた時に、ベートーヴェン、X JAPAN、Queenとか言ったように、メロディ、旋律が美しいものが自分のルーツにあったから、自分が発するものも、Freddie Mercuryだったりとか。その他ロックミュージックも含めて、メロディに自分の個性があると思っているから、それが結局歌に紐付いたのかなと。
VivaOla:じゃあ、シンガーを始めた時のインスピレーションってその辺が大きかったんですか?
齊藤:あの頃は色々聴いていたね。当時流行っていて、めちゃくちゃ影響を受けたJustin Bieberの『Justice』とかさ。
VivaOla:いいですね。
齊藤:掘り下げていけばいくほど、結局、高校時代とかに聴いていた音楽が自分の骨になってるんだというのはめちゃくちゃ気づかされる。
VivaOla:ルーツですもんね。
齊藤:自分の曲を一端置いておくと、今、改めて聴きたい音楽というのが、高校の時とか大学の頃に聴いてた音楽なんだよね。Queenだったり。こないだLed Zeppelinをちょっと聴いていて。アルバム『Led Zeppelin Ⅱ』だったかな。めちゃくちゃ影響を受けるアルバムとか音楽って、本当にずっと変わらないんだなとマレーシアに行って気づかされた。
VivaOla:ロックなんですね。
齊藤:ロックだったね。あとは坂本龍一さんとか。俺は機材マニアのイメージが強いかもしれないけど、基本的にはピアノ一本でどこまでやれるかみたいなところを20代の後半までやっていたから、坂本龍一さんの『03』というアルバムがあるんだけど「The Last Emperor」とか超大好き。そういう意味で言うと、ロックだったり、クラシックに傾倒しているものだったり、今大好きなダンスミュージックだったり。本当にいろんなルーツを噛んでやってきたんだなと思う。
VivaOla:この辺で一曲流したいんですけど。
齊藤:せっかく歌の話をしたから歌を聴いてもらおうかな。2024年の10月にリリースしているleiftの「Morning」という曲を聴いてください。
VivaOla:お送りしたのは、leiftで「Morning」と、VivaOla, ORIVA & Kotaro Saitoで「hyperlink」でした。「hyperlink」も懐かしいですね。
齊藤:懐かしい。この頃こそ、本当に「俺、これでいいのかな」と思っていた時期。多分トラックメイカー、プロデューサーとして生きようとしてた、いい意味で最後ぐらいのタイミングだったかな。
VivaOla:その時、実際話しましたもんね。プロデューサーの齊藤耕太郎とシンガーのleift。どっちも同じ人ですもんね。それが面白いです。でも、トラックにはやっぱり生きてますもんね。
齊藤:生きてるね。どこまでいっても切り分けることはできないなと最近思っていて、歌を歌い始めた時は「自分ができない自分になりたかった」というのが一番大きかったけど、歌でやりたいことがある程度できるようになってきた今、トラックでやりたいことはトラックでやればいいし、歌を目的にするところは歌でやればいいし、みたいな。最近は"自分の声が生きるのかはどこか"ということをめちゃくちゃ考えられるようになったかな。
VivaOla:ある意味、三位一体みたいな状態でデカいプロデューサーが上にいるじゃないですか。歌も楽器というか。
齊藤:まさに。やっぱり歌でしかできないことって絶対あると思ってて。ミックスを聞いても、ボーカルがグッと前に出てくるだけで、おっ!と思う。
VivaOla:(声って)全ての楽器の中で、一番アナログですもんね。
齊藤:"声を発している人間"だけじゃなくて、その空間そのものや、それをどう録っているかという部分にも、自分の美学が宿ると思っているんだよね。だからこそ、"音"という成分そのものに、自分が宿っているなと感じるんだよね。
VivaOla:歌っているのに、エンジニア目線もあるのがすごい。
齊藤:でも、自分だってあるじゃん。
VivaOla:いや、ないっす(笑)。言葉はいっぱい知ってるけど、結局、俺は歌が好きなだけだから。還元させるためにやっていただけで、仲間が増えてから全然考えてない。
齊藤:でも、俺はVivaちゃんが言ってた「歌が好きだから。ステージに立つのが好きだから」と言う人になりたかったんだと思う。多分、(その山)を登っていっていて、途中で、「この山、俺の登る山じゃないかも。」と風に思い始めてきた時期があって、そうなった時に音楽がすごく楽しくなった。
VivaOla:それっていつ頃だったんですか?
齊藤:まさにクアラルンプールに移住してからかな。
VivaOla:最初は都内にいましたもんね。その時、すごく遊んだんですよね。
齊藤:よく家に来てくれた。
VivaOla:ちょっと一瞬引っ越しましたもんね。
齊藤:茅ヶ崎に1年住んで、マレーシアのクアラルンプールに行きました。
VivaOla:どうですか、今?
齊藤:多分人生で一番面白い。毎日が挑戦。俺にとって「チル」がない。俺は事業をやりに行っているというのもあって、音楽をやってきた人間が、急に事業のことを考え始めると、今までなかった視点とか知識を一気にインストールするわけ。それは歌を始めた時以上にインパクトがデカい。でも、それをインストールできたことで、世界が広く見えるし、物事が大きく見えるようになった。だから、そこで音楽をどうやるかということを、今ワクワクしながら考えてる。
VivaOla:移住して、事業始める。ほぼJay-Zみたいなもんですよね。
齊藤:そこまでいけたらいいね。そこまでいけるように頑張るよ。
VivaOla:(事業を始めて)音楽に影響ありました?
齊藤:いい意味で、音楽をリリースできなくなった。マレーシアに移って1年なんですけど、マレーシアに移った1年で成長しまくっちゃった自分に、作っている音楽が追いつかなさすぎて、「これは今、出したい音楽じゃない」ということがこの1年多すぎる。
VivaOla:作ったものを聴いて、「これじゃないな」と。
齊藤:本当にそう。マレーシアに行って、自分が築き上げてきた新しい齊藤耕太郎像と、東京・茅ヶ崎にいた頃の齊藤耕太郎像が、あまりにも違いすぎる。移動した分の成長曲線をどうやって音楽で登っていくかを今必死で考えてる。
VivaOla:なるほど。OSはどんどんアップデートしてるけど、ハードウェアが追いついてない。
齊藤:大正から一気に令和に飛んできたような感覚。これが成長なのかどうかは分からないけど、未来に来ちゃっている。そして今、自分が提案したい未来というか、世の中に残したい未来がまたある。音楽は常に未来を向いているべきだと思っているから、その未来がどんどん形になっていく中で、この時代の中で自分はどう音楽を奏でて、どう残していくのか、それをめちゃくちゃ考えている。
VivaOla:音楽的に自分が個人で出す時に何を提示するかということですね。どういうところにありました?出会う人なのか、マレーシアなのか、クアラルンプールの現地のシーンとかなのか、聴く音楽が変わったからなのか。
齊藤:最近、音楽を聴かなくなった。正しく言うと、トレンドの音楽を追わなくなった。音楽以外のことに頭を使うようになったから、音楽で作りたい像も変わったというか。今、周りにある音楽じゃなくて、まだない未来を作ろうとしてるから、その周りにある音楽が参考にならなくなり始めてるという感じかな。
VivaOla:向こうのアーティストとも出会っているじゃないですか。そういうのは聴いたりしてるんですか?
齊藤:うん。それは本当に興味があるから聴いている。どんな人がいるんだろうという興味で聴いているかな。
VivaOla:影響あったりします?
齊藤:結局のところ、俺が好きな音楽はどこ行っても変わんなくて、自分がもともと好きなものの延長線上にいるアーティストと仲良いという感じかな。すごく共感できたり、自分にはない才能にものすごく影響を受けたりみたいなのは、Vivaちゃんに出会った時、同様にあるよ。
VivaOla:いいですね。1個、聞きたかったのはマレーシアに移住して、日本って今どう見えてます?
齊藤:今回、東京に帰ってきて、正直旅してる感覚になっているんだよね。住んでいた時の感覚と違くて、東京の良いところばかりが目に付くようになった。俺は正直、東京に自分の居場所がないかもと思って海外に行こうと思った節も少しあったけど、帰ってきてみると、東京の良いところしか目に付かない。ご飯が美味しくて、言語の壁がないという意味でも、やっぱり落ち着く場所ではあるかな。今まで、東京とか日本自体が自分のリミッターになっちゃっているなと思ってた節があったんだけど、マレーシアから東京を見てみると、東京にしかない良いところがたくさんあって、東京もアジアの1つなんだなと思える。だから、マレーシアから東京を見てる方が東京が好きになれた。個性が光って見えてる。
VivaOla:そうですよね。東京にしかない何か。
齊藤:それが今の自分にとって安心になるし、それこそVivaちゃんとかはその最たる存在だけど、「こんなにイケてる音楽をやっている人が東京にいるんだったら、こういう人と仲良く未来を語り合って作っていくことができる自分ってハッピーだな。」と思うかな。
VivaOla:ちょっと話が戻っちゃうんですけど、マレーシアで会ったアーティストでめちゃくちゃいい人いたりします?
齊藤:マレーシアと日本のハーフの人で、俺と同様にシンセサイザーが大好きで、家にとんでもないスタジオを持っていて、2人でDizkopolisというユニットをやってるんですね。彼らの曲は素晴らしいから、ぜひ聴いてほしい。Dizkopolisで「Work It Out」。
VivaOla:(耕太郎さんは)マレーシア戻るじゃないですか、そのタイミングでオンラインで色々作ったりして、それを急に流そうかなとか思ってるんですけど。
齊藤:楽しいじゃん。ぜひぜひ。
VivaOla:何やります?
齊藤:せっかくVivaちゃんが「月光」の話してくれたから、「月光」でなにかやらない?
VivaOla:なるほど(笑)。「月光」サンプリング?
齊藤:サンプリングだとつまらないから、俺が弾いて、上になにか乗っけてみるとか。
VivaOla:(耕太郎さん)相変わらず部屋がシンセしかない。すごいんですよ。日本から(機材を)ほとんど全部持っていった。
齊藤:あとマイク。
VivaOla:そういうのをちょっともらいながらやったりして。
齊藤:やろうやろう。
VivaOla:ここで宣伝したいとか、これ言いたいみたいなのあったら。
齊藤:今、公に発表できることがないのがちょっと恐縮なんですけど、マレーシアの音楽シーンもこれから盛り上がっていくだろうし、マレーシアだけじゃなくて、アジア全体に波及させるべく僕も頑張っていこうと思うので、注目してもらえると嬉しいです。あとnoteに、なぜマレーシアに行ったのか書いてるので、よかったら見てもらえると嬉しいです。
VivaOla:お別れはleift「Peel (feat. miida)」。ゲストは齊藤耕太郎さんでした!
齊藤:ありがとうございました!
ヴィルヘルム・ケンプ「ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27 No. 2 「月光」: 第1楽章 Adagio sostenuto」
VivaOla, ORIVA & KOTARO SAITO「hyperlink」
Dizkopolis「Work It Out (feat. Froya)」
leift「Peel (feat. miida)」
VivaOla「On My Side (feat. Thomas Ng)」
番組へのメッセージをお待ちしています。
Twitter #fmfukuoka #RoomH をつけてツイートしてください。MC3人ともマメにメッセージをチェックしています。レポート記事の感想やリクエストなどもありましたら、#SENSA もつけてツイートしてください!
放送時間:毎週水曜日 26:00~26:55
放送局:FM福岡(radikoで全国で聴取可能)

黒川侑司(YOURNESS Vo.&Gt.)
福岡で結成された4人組ロックバンド。感情の揺れが溢れ出し琴線に触れる声と表現力を併せ持つヴォーカルに、変拍子を織り交ぜる複雑なバンドアンサンブルとドラマティックなアレンジで、詞世界を含め一つの物語を織りなすような楽曲を展開。
重厚な音の渦の中でもしっかり歌を聴かせることのできるLIVEパフォーマンスは、エモーショナルで稀有な存在感を放っている。2021年12月1日に初のフルアルバム「6 case」をリリース。最新シングル「眩」を6/20にリリース。2022年6月1日にソロ第1弾シングル「この星からの脱出」をリリース。2022年7月8日にはソロ第2弾シングルでギタリスト「こーじゅん」をフィーチャリングに迎えた「フライディ・チャイナタウン (Acoustic Cover)」をリリース。2024年7月17日には尾崎雄貴(Galileo Galilei / BBHF/ warbear)提供楽曲「夏の桜」をリリースした。
オフィシャルサイト/ @yourness_on/ @yourness_kuro

VivaOla
東京を拠点に活動するR&Bシンガー、ソングライター、プロデューサー。
洗練された音像、英語と日本語を織り交ぜた歌詞、唯一無二の歌声でオーディエンスを魅了する。
2020年にリリースしたミニアルバム『STRANDED』は、J-WAVE TOKYO HOT100にてトップ10入りを果たす。
翌年にstarRo,YonYon,ZINなど多彩なゲストと共に制作しリリースした1stフルアルバム『Juliet is the moon』は、「ロミオとジュリエット」を題材にしたコンセプチュアルな作品で、ストリーミングサービスのR&B チャートで1位を獲得し大きな話題を呼んだ。
2024年にはトラップ・ソウルに傾倒した内省的なムードを持つ2ndフルアルバム『APORIE VIVANT』をリリース。渋谷WWWX、大阪 yogibo HOLY MOUNTAINでリリースを記念した東阪ワンマンライブを開催し、大盛況に終わる。
同年Rolling Stoneの「Future of Music」日本代表25組へ選出。2025年には新章の幕開けとなるEP『TWOTONE』をリリース。
アメリカ・SXSWを筆頭に、台湾やシンガポール、イギリスのThe Great Escapeなど海外の数々のフェスにも出演し、アジアを代表するアーティストとして注目され始めている。
オフィシャルサイト/ @viva0la/ @viva0la

Laura day romance
国内外のミュージックラバーにファンを広げる日本のバンド。
鈴木迅が作り出す幅広い音楽性の楽曲と、井上花月の世界観のあるヴォーカル、
タイトさと柔軟さを兼ね備えたリズムを刻む礒本雄太のドラミング、
そしてそれらを表現するためのベストな形でジョインするサポートメンバー達。
2023年初頭には「関ジャム 完全燃 SHOW( テレビ朝日 )」 で川谷絵音氏が選ぶ 2023 年のマイベスト 10 曲の第三位に「sweet vertigo」が選出され、大きく注目を集め始めている。
2025年2月には、前後編を合わせて一つの作品となる3rdフルアルバムの前編にあたる、『合歓る - walls』(読み:ネムル ウォールズ)のリリース。最新シングルはアニメ『アン・シャーリー』エンディング・テーマになっている『heart』。2025年10月よりLaura day romance tour 2025 a perfect reviewを開催。
オフィシャルサイト/ @lauradayromance / @lauradayromance
今週のMCは、VivaOlaが担当。SENSAでは、オンエア内容を一部レポート!(聴き逃した方やもう一度聴きたい方は、radiko タイムフリーをご利用下さい。)
皆さん、こんばんは。ここからの1時間はRoom"H"、DJを務めますシンガーのVivaOlaです。3週間ぶりに、このRoom"H"に帰ってきました。最近、周りでセッションしている時に、風邪治りたてやインフルエンザからの復帰で来る人が多いんですが、まだ流行っているみたいなので、皆さんも気をつけてください。ちなみにVivaOlaは、年末に体調を崩しましたが、今はピンピンしています。
ゲストに齊藤耕太郎が登場@リビングルーム
さて、今日はゲストをお招きしています!僕の音楽仲間であり、飯友であり、人生の大先輩です。齊藤耕太郎さんをお迎えしています。出会ったのが2020年。コロナの真っ只中。(僕は)ちょうど音大を中退して、親も韓国に行ってしまっていて、(当時、僕は)ボストンにいて、(日本の)家の鍵を日本に置いてきてしまって。(親に)電話したら「今、韓国にいるから、あなた帰っても家に入れないわよ。」と言われて、「分かった。」と言ってソウルに飛んで。そこで色々あって、一緒に歌わせてもらって。その後に日本でちゃんとお会いして、美味しい飯など、いい音楽をいっぱい聴いて...みたいなのが続いて、かれこれ6年くらい経ちました。では、2020年の曲を聴いてもらいましょう。Kotaro Saito, Hajime Uchiyamaで「Evergreen (feat. VivaOla)」。
VivaOla:お送りしたのは、本日のゲスト、齊藤耕太郎さんと内山肇さんの楽曲に僕がボーカルで参加した『Evergreen (feat. VivaOla)』という曲です。早速ゲストをお迎えしましょう。
齊藤:こんばんは、齊藤耕太郎です。Kotaro Saitoという名義とleiftという名義で音楽活動してます。よろしくお願いします。
VivaOla:お久しぶりです!
齊藤:会って話すの久しぶりだね。イベントに来てもらって、会ったのが3ヶ月前だけど、ゆっくり喋るのはマジで2年ぶりぐらいかもね。
VivaOla:そうですよね。日本の中で拠点が一回移ったタイミングとかあったじゃないですか。現状に向かって、準備してましたもんね。ちょっと一旦プロフィールを紹介してもいいですか? (齊藤耕太郎さんは)思春期をインドで過ごし、独学で作曲とピアノを習得。ピアノと弦楽器、ヴィンテージのシンセサイザーやリズムマシンを基調とした楽曲を制作。アーティスト活動と並行してCM音楽も数多く手掛けるほか、文筆家としても活動。広告代理店出身のキャリアを活かした発信活動も行う。料理やインテリア、植物をこよなく愛している...。(プロフィール)全然もっとですよ(笑)!
齊藤:これ多分、昔のプロフィールだから、4割も説明してない感じがするけど、まあいいや(笑)。
VivaOla:本当に俺、(耕太郎さんのことが)好きなので、色々ピックアップして皆さんに紹介できたらと思います。ちゃんと話したことないかもしれないですけど、インド出身?
齊藤:出身はインドじゃないよ!出身は静岡県の浜松市。
VivaOla:浜松!餃子だ。
齊藤:餃子もだし、あとはYAMAHAとかRolandとかKAWAIとか、鍵盤楽器の本社がいっぱいあるところ。
VivaOla:そうなんだ!
齊藤:小学校6年生か中学1年生の夏ぐらいに父親の仕事の都合でインドに家族みんなで行ったという感じ。
VivaOla:(当時は)ティーンエイジャーみたいな感じですね。
齊藤:思春期だね。12歳から高校に入るまでの3年間ぐらいをインドで過ごして。
VivaOla:そのあとは日本に戻ってきたんですか?
齊藤:そう。日本に戻って、浜松市の高校に行って、大学で東京に出てきたという感じ。
VivaOla:なるほど!そのあとに広告代理店で働いたり。
齊藤:博報堂という広告代理店に勤めてました。
VivaOla:インドの話、ちょっと聞いていいですか?インドは(よく)行かれてます?
齊藤:いや、行ってなくて、俺だけ先に帰ってきたから、高校入学して、1〜2年は親の顔を見に行っていたけど、それ以来、全然行けてなくて。今、とても行きたいところの1つ。
VivaOla:そうですよね。今、エレクトロミュージックとか、中東・インドのスケール感、サンプリングで超使うじゃないですか。そういう影響とかありました?
齊藤:音楽を始めたのがインドだった。音楽に目覚めたのがインド。インドって治安が当時、そんなに良くなくて、家でできる趣味・遊びがどうしても欲しかったんだけど、うちのお袋がピアノが好きで、たまたまピアノを家に置いていて、自分もちょっと真似事で弾いてみようかなと思ったのが最初。
VivaOla:なるほど。
齊藤:ベートーヴェンの「月光」を最初に弾いた。あれ、左手があんまり動かないわけ。だから一日一行ずつ練習してたら、大体3ヶ月ぐらいで「あ、これ弾けるぞ。」みたいになって。両親とか友達にいきなり弾いたら、「天才か!」と言われて。それでちょっと調子づいて音楽を。
VivaOla:なるほど(笑)。めっちゃ頑張って、練習したけど、何もない顔して(笑)。
齊藤:電子ピアノだったから、夜中に全員寝てから、一行ずつ練習みたいな感じでやって。
VivaOla:で、一気に見せて(笑)。
齊藤:バンって見せたら「お前、やばいな」みたいな(笑)。
VivaOla:白玉多いですもんね。
齊藤:そうそう、白玉ばっかりだから。
VivaOla:じゃあ、あんまり分かりやすくインドミュージックとかは...。
齊藤:日本人学校に通ってたんだけど、インドで日本人学校に通っていると、日本のものがすごく尊く思えちゃって、逆にJ-POPとかを聴いてた。
VivaOla:うわ、めっちゃ分かります!
齊藤:インターナショナルスクールだとわかんないけど、日本人学校の場合は、日本の音楽・文化を追ってないと、取り残されている気持ちにちょっとなって。インドの本当の魅力に気づけたのは帰国してからかも。インド料理とかもそう。当時、全然食べたくなくて。
VivaOla: えー!
齊藤:和食だったりとか、日本で食べてたパスタとかステーキとか、そういうものが魅力に感じていた。今思うとなんて馬鹿だったんだろうと思う。
VivaOla: 「あの時もっと体験しとけば...」みたいな。
齊藤:だって、目の前に牛が歩いていたんだよ。
VivaOla:あれ本当なんですか?
齊藤:本当。牛を引けないから、牛で渋滞してるわけ(笑)。ずっと牛が通り過ぎるまで大群を待って、みんなでガタンゴトン、ガタンゴトンって車で行くみたいなのが平気にあった街だった。衝撃だったね。
VivaOla:思春期にインドで聴いていた好きなJ-POPあります?
齊藤:初めて言うかも。当時一番流行ってたのはGLAYだった。
VivaOla:GLAYだ!
齊藤:当時「サバイバル」という曲がめっちゃ流行ってて。(GLAYの)20万人ライブという伝説のライブがあった時期で、「20万人のライブをやったらしい」という情報しか知らなくて、自分はピアノをちょっと弾けるようになったばかりだから、音楽を語れる筋合いでもないと自分でも思ってて。「GLAY好きと言ってみたいな」とかって思っていた時期だったんだけど、ある程度、音楽キャラが学校の中で定着した頃にすごい影響を受けたのは、X JAPAN。GLAYの先輩がいると聞いて、X JAPANにめっちゃハマった。
VivaOla:なるほど!
齊藤:そこからYOSHIKIさんの音楽にめっちゃハマって、俺のピアノを弾くスタイルはYOSHIKIさんの右手で行ったり来たりするスタイルに影響を受けているんだろうなと思う。
VivaOla:確かに、アルペジオに種類がありますもんね。
齊藤:そうそう。クラシック音楽が真ん中に本来はあるんだと思う。
VivaOla:なるほど。ここで「月光」を流したら面白い。
齊藤:でも、いいんじゃない?俺の始まりの曲は「月光」だから。
VivaOla:俺、ラジオでクラシックを流してみたかったんです。
齊藤:せっかくなら、弾き手も指定していいですかね。ベートーヴェンの「月光」という曲の第一楽章をヴィルヘルム・ケンプで聴いてください。
VivaOla:この番組面白いね。まさかここで、「月光」をかけると思わなかったよ。
齊藤:俺も思ってなかったです。クラシックの話、ちゃんとプライベートで喋ったこと、多分一回もないし。
VivaOla: 本当にないですね。
齊藤:そうだよね。多分ルーツに触れるきっかけがなかったよね。
VivaOla:そうですね。音楽より意外と哲学的なことになるじゃないですか。あと、3〜4人いると誰かに合わせちゃう。耕太郎さんと肇さんがいた時はずっとPrinceの話とか。
齊藤:(その場に)もう一人いると、二人とも幅広く網羅してるから、(全員の)共通項で、喋っちゃうんだよね。
VivaOla:彼らから学びたいですもんね。じゃあ、今回は齊藤耕太郎さんのことをたくさん掘っていきたいと思います。インドで思春期を過ごして、その後ミュージシャンになるわけですが、多分、(きっかけとかエピソード)みんなあると思うんですよ。例えば、俺だったら、親に言うの怖いけど、ステージ立ちたいみたいな。そういうのってありました?
齊藤:実は中学3年間、ピアノに出会う前はずっと野球をやってて。
VivaOla:えー!
齊藤:ずっと野球のプロになりたかったの。軟式をやってて、当時は結構頑張ってたつもりで、中学3年生の時に日本に帰国して、(日本の)高校に入るという決断をして、親に「野球をやりたい。」と言ったら、「何言ってんだ。野球をやるんだったら、そんなところじゃなくて、もっと野球の高校に行け。なんで進学校なんだ。」という話をされ、言葉に詰まってしまって、すごく悔しいんだけど、野球をやれる気がしなくなっちゃったの。「じゃあ音楽やろう」というのも変なんだけど、音楽はやりたいと思ったから、「俺はプロになるんだ」と思った。これは超本音の本音でめっちゃ恥ずかしいんだけど、そんなかっこいいもんじゃなくて、「野球は無理かも。」と悔しく思った最中に、「音楽はできる」となんか思った。それが一番の理由。
VivaOla:全然かっこよくないですか?
齊藤:そう?二番手みたいな感じじゃない?考えてみると、音楽をやってみたいと子供の頃から思っていて、中学の時に初めて自分の願いが形になった気がする。そのコンプレックスを叶えてくれた音楽に身を捧げたいと思ったのが最初かな。
VivaOla:共感できます。俺も音楽が二番手で。
齊藤:そうなんだ。一番手は何だったの?
VivaOla:建築でした。
齊藤:そうなんだ。この話もあんまり聞いたことない。
VivaOla:意外と(音楽が二番手の)方が多い気がするんですよ。一番執着してるものって、エゴが強すぎて、叶わないことが多かったりして、二番手の方が素直に思えるのかな。
齊藤:そうね。(音楽は)「やりたい」じゃなくて「やるんだ」と思った。結局、就職活動もして博報堂という広告代理店にも入って、辞めて、音楽のプロになっているけど、その中でも音楽がコアにあり続けられたのは、もしかしたらVivaちゃんの言う、二番手だったからかもしれないし、「やりたい」じゃなくて「やるんだ」と思っていたからなのかもしれないね。
VivaOla:一気に深いところ行きたいんですけど、(耕太郎さんって)俺の知り合いの中でも屈指のオタク。言葉選ばず言うと、ナードでして、特に機材と知識量が半端ない。そういうのって広告代理店のキャリアから来ているんですか?
齊藤:結局、それもコンプレックスだったのかもしれない。広告代理店とメディア、そして音楽業界の関係性がどこまで伝わっているかは分からないんですけど、少なくとも僕からすると、音楽業界って"現場"なんですよ。アーティストをマネジメントされている方も含めて、現場に寄り添っている方々で、一方で、広告代理店は"才能の塊"を、どうやって世の中のビジネスに活かしていくかを考える仕事なんですよね。そのビジネスを動かす側にいると、"現場を知らない"という感覚になるし、現場の都合よりクライアントの都合を優先しなきゃいけない時があるわけですよ。(自分は)現場を知らないから、人がついてこないんじゃないかとか。営業側にいたから、ライブの現場だったりレコーディングとか現場のことを全然分かってないんじゃないかと感じることが多くて。(広告代理店を)辞めた瞬間から野に放たれて、仕事を覚えていかなきゃいけない中で、誰よりも機材や楽器の知識がないと仕事にならないだろうなと思って、それで覚えたのかもね。
VivaOla:結構、後だったんですね。人によっては就職せず、すぐ(音楽の道に)進む人もいるじゃないですか。自分もそうだし。でも、社会人を経たミュージシャンが結構周りで増えてきて、(そういう人たちって)視点が違う気がして。そういうのってありますかね?
齊藤:今、マレーシアで自分がやろうとしていることとか、自分の音楽活動そのものだなと思っていて。クライアントと呼ばれているエンタメのことよりも、自分たちのビジネスの問題を解決したい人とエンタメの世界で売上を立てたいとか。知名度を上げたいとか。いろんな課題を持ってる人たちのやりたいことってどうやったら一番うまくいくのかなと考える脳は常に動いてるね。
VivaOla:それってプロデュースですもんね。僕が出会った時は、まだ齊藤耕太郎という名義だけがあって、leiftというシンガー名義はまだなかったし。それこそ、CM音楽をやってましたみたいなキャラが強かったけど、どんどんアーティストに傾倒したじゃないですか。そういうのってメンタル的なところからシフトしてるんですかね。
齊藤:これも初めて言うかも知れないけど、Vivaちゃんに出会ったからなんだと思うよ。Vivaちゃんと2020年の夏ぐらいに曲を作りたいと思って、対面で会ったのが8月ぐらいだったと思うんだけど、あなたから受けた影響は大きかったよ。2021年とかに、自分のインスト作品でアルバムを出したあとに、これ以上言葉のないもので音楽をやっていても、伝わらないなと感じて。曲と自分という肖像で伝えようとしているVivaちゃんを見て、もしかしたら俺も自分の声を使えば、今、自分が引っかかっている何かが解決できるかもしれないみたいな。
VivaOla:歌詞とか。
齊藤:そう。当時は、歌うということよりも、まず「言葉を使いたい」という思いが一番最初にあったんだよね。だから、言葉から声へと意識が移っていって。でも、声を音楽の中で使うなら、それは歌なんじゃないかと思った。ラップではないな、という感覚があったんだよね。そりゃあ、大変だったけど、本当に歌い始めてよかったなと心から思っているよね。自分が受けてきた影響を考えた時に、ベートーヴェン、X JAPAN、Queenとか言ったように、メロディ、旋律が美しいものが自分のルーツにあったから、自分が発するものも、Freddie Mercuryだったりとか。その他ロックミュージックも含めて、メロディに自分の個性があると思っているから、それが結局歌に紐付いたのかなと。
VivaOla:じゃあ、シンガーを始めた時のインスピレーションってその辺が大きかったんですか?
齊藤:あの頃は色々聴いていたね。当時流行っていて、めちゃくちゃ影響を受けたJustin Bieberの『Justice』とかさ。
VivaOla:いいですね。
齊藤:掘り下げていけばいくほど、結局、高校時代とかに聴いていた音楽が自分の骨になってるんだというのはめちゃくちゃ気づかされる。
VivaOla:ルーツですもんね。
齊藤:自分の曲を一端置いておくと、今、改めて聴きたい音楽というのが、高校の時とか大学の頃に聴いてた音楽なんだよね。Queenだったり。こないだLed Zeppelinをちょっと聴いていて。アルバム『Led Zeppelin Ⅱ』だったかな。めちゃくちゃ影響を受けるアルバムとか音楽って、本当にずっと変わらないんだなとマレーシアに行って気づかされた。
VivaOla:ロックなんですね。
齊藤:ロックだったね。あとは坂本龍一さんとか。俺は機材マニアのイメージが強いかもしれないけど、基本的にはピアノ一本でどこまでやれるかみたいなところを20代の後半までやっていたから、坂本龍一さんの『03』というアルバムがあるんだけど「The Last Emperor」とか超大好き。そういう意味で言うと、ロックだったり、クラシックに傾倒しているものだったり、今大好きなダンスミュージックだったり。本当にいろんなルーツを噛んでやってきたんだなと思う。
VivaOla:この辺で一曲流したいんですけど。
齊藤:せっかく歌の話をしたから歌を聴いてもらおうかな。2024年の10月にリリースしているleiftの「Morning」という曲を聴いてください。
VivaOla:お送りしたのは、leiftで「Morning」と、VivaOla, ORIVA & Kotaro Saitoで「hyperlink」でした。「hyperlink」も懐かしいですね。
齊藤:懐かしい。この頃こそ、本当に「俺、これでいいのかな」と思っていた時期。多分トラックメイカー、プロデューサーとして生きようとしてた、いい意味で最後ぐらいのタイミングだったかな。
VivaOla:その時、実際話しましたもんね。プロデューサーの齊藤耕太郎とシンガーのleift。どっちも同じ人ですもんね。それが面白いです。でも、トラックにはやっぱり生きてますもんね。
齊藤:生きてるね。どこまでいっても切り分けることはできないなと最近思っていて、歌を歌い始めた時は「自分ができない自分になりたかった」というのが一番大きかったけど、歌でやりたいことがある程度できるようになってきた今、トラックでやりたいことはトラックでやればいいし、歌を目的にするところは歌でやればいいし、みたいな。最近は"自分の声が生きるのかはどこか"ということをめちゃくちゃ考えられるようになったかな。
VivaOla:ある意味、三位一体みたいな状態でデカいプロデューサーが上にいるじゃないですか。歌も楽器というか。
齊藤:まさに。やっぱり歌でしかできないことって絶対あると思ってて。ミックスを聞いても、ボーカルがグッと前に出てくるだけで、おっ!と思う。
VivaOla:(声って)全ての楽器の中で、一番アナログですもんね。
齊藤:"声を発している人間"だけじゃなくて、その空間そのものや、それをどう録っているかという部分にも、自分の美学が宿ると思っているんだよね。だからこそ、"音"という成分そのものに、自分が宿っているなと感じるんだよね。
VivaOla:歌っているのに、エンジニア目線もあるのがすごい。
齊藤:でも、自分だってあるじゃん。
VivaOla:いや、ないっす(笑)。言葉はいっぱい知ってるけど、結局、俺は歌が好きなだけだから。還元させるためにやっていただけで、仲間が増えてから全然考えてない。
齊藤:でも、俺はVivaちゃんが言ってた「歌が好きだから。ステージに立つのが好きだから」と言う人になりたかったんだと思う。多分、(その山)を登っていっていて、途中で、「この山、俺の登る山じゃないかも。」と風に思い始めてきた時期があって、そうなった時に音楽がすごく楽しくなった。
VivaOla:それっていつ頃だったんですか?
齊藤:まさにクアラルンプールに移住してからかな。
VivaOla:最初は都内にいましたもんね。その時、すごく遊んだんですよね。
齊藤:よく家に来てくれた。
VivaOla:ちょっと一瞬引っ越しましたもんね。
齊藤:茅ヶ崎に1年住んで、マレーシアのクアラルンプールに行きました。
VivaOla:どうですか、今?
齊藤:多分人生で一番面白い。毎日が挑戦。俺にとって「チル」がない。俺は事業をやりに行っているというのもあって、音楽をやってきた人間が、急に事業のことを考え始めると、今までなかった視点とか知識を一気にインストールするわけ。それは歌を始めた時以上にインパクトがデカい。でも、それをインストールできたことで、世界が広く見えるし、物事が大きく見えるようになった。だから、そこで音楽をどうやるかということを、今ワクワクしながら考えてる。
VivaOla:移住して、事業始める。ほぼJay-Zみたいなもんですよね。
齊藤:そこまでいけたらいいね。そこまでいけるように頑張るよ。
VivaOla:(事業を始めて)音楽に影響ありました?
齊藤:いい意味で、音楽をリリースできなくなった。マレーシアに移って1年なんですけど、マレーシアに移った1年で成長しまくっちゃった自分に、作っている音楽が追いつかなさすぎて、「これは今、出したい音楽じゃない」ということがこの1年多すぎる。
VivaOla:作ったものを聴いて、「これじゃないな」と。
齊藤:本当にそう。マレーシアに行って、自分が築き上げてきた新しい齊藤耕太郎像と、東京・茅ヶ崎にいた頃の齊藤耕太郎像が、あまりにも違いすぎる。移動した分の成長曲線をどうやって音楽で登っていくかを今必死で考えてる。
VivaOla:なるほど。OSはどんどんアップデートしてるけど、ハードウェアが追いついてない。
齊藤:大正から一気に令和に飛んできたような感覚。これが成長なのかどうかは分からないけど、未来に来ちゃっている。そして今、自分が提案したい未来というか、世の中に残したい未来がまたある。音楽は常に未来を向いているべきだと思っているから、その未来がどんどん形になっていく中で、この時代の中で自分はどう音楽を奏でて、どう残していくのか、それをめちゃくちゃ考えている。
VivaOla:音楽的に自分が個人で出す時に何を提示するかということですね。どういうところにありました?出会う人なのか、マレーシアなのか、クアラルンプールの現地のシーンとかなのか、聴く音楽が変わったからなのか。
齊藤:最近、音楽を聴かなくなった。正しく言うと、トレンドの音楽を追わなくなった。音楽以外のことに頭を使うようになったから、音楽で作りたい像も変わったというか。今、周りにある音楽じゃなくて、まだない未来を作ろうとしてるから、その周りにある音楽が参考にならなくなり始めてるという感じかな。
VivaOla:向こうのアーティストとも出会っているじゃないですか。そういうのは聴いたりしてるんですか?
齊藤:うん。それは本当に興味があるから聴いている。どんな人がいるんだろうという興味で聴いているかな。
VivaOla:影響あったりします?
齊藤:結局のところ、俺が好きな音楽はどこ行っても変わんなくて、自分がもともと好きなものの延長線上にいるアーティストと仲良いという感じかな。すごく共感できたり、自分にはない才能にものすごく影響を受けたりみたいなのは、Vivaちゃんに出会った時、同様にあるよ。
VivaOla:いいですね。1個、聞きたかったのはマレーシアに移住して、日本って今どう見えてます?
齊藤:今回、東京に帰ってきて、正直旅してる感覚になっているんだよね。住んでいた時の感覚と違くて、東京の良いところばかりが目に付くようになった。俺は正直、東京に自分の居場所がないかもと思って海外に行こうと思った節も少しあったけど、帰ってきてみると、東京の良いところしか目に付かない。ご飯が美味しくて、言語の壁がないという意味でも、やっぱり落ち着く場所ではあるかな。今まで、東京とか日本自体が自分のリミッターになっちゃっているなと思ってた節があったんだけど、マレーシアから東京を見てみると、東京にしかない良いところがたくさんあって、東京もアジアの1つなんだなと思える。だから、マレーシアから東京を見てる方が東京が好きになれた。個性が光って見えてる。
VivaOla:そうですよね。東京にしかない何か。
齊藤:それが今の自分にとって安心になるし、それこそVivaちゃんとかはその最たる存在だけど、「こんなにイケてる音楽をやっている人が東京にいるんだったら、こういう人と仲良く未来を語り合って作っていくことができる自分ってハッピーだな。」と思うかな。
VivaOla:ちょっと話が戻っちゃうんですけど、マレーシアで会ったアーティストでめちゃくちゃいい人いたりします?
齊藤:マレーシアと日本のハーフの人で、俺と同様にシンセサイザーが大好きで、家にとんでもないスタジオを持っていて、2人でDizkopolisというユニットをやってるんですね。彼らの曲は素晴らしいから、ぜひ聴いてほしい。Dizkopolisで「Work It Out」。
VivaOla:(耕太郎さんは)マレーシア戻るじゃないですか、そのタイミングでオンラインで色々作ったりして、それを急に流そうかなとか思ってるんですけど。
齊藤:楽しいじゃん。ぜひぜひ。
VivaOla:何やります?
齊藤:せっかくVivaちゃんが「月光」の話してくれたから、「月光」でなにかやらない?
VivaOla:なるほど(笑)。「月光」サンプリング?
齊藤:サンプリングだとつまらないから、俺が弾いて、上になにか乗っけてみるとか。
VivaOla:(耕太郎さん)相変わらず部屋がシンセしかない。すごいんですよ。日本から(機材を)ほとんど全部持っていった。
齊藤:あとマイク。
VivaOla:そういうのをちょっともらいながらやったりして。
齊藤:やろうやろう。
VivaOla:ここで宣伝したいとか、これ言いたいみたいなのあったら。
齊藤:今、公に発表できることがないのがちょっと恐縮なんですけど、マレーシアの音楽シーンもこれから盛り上がっていくだろうし、マレーシアだけじゃなくて、アジア全体に波及させるべく僕も頑張っていこうと思うので、注目してもらえると嬉しいです。あとnoteに、なぜマレーシアに行ったのか書いてるので、よかったら見てもらえると嬉しいです。
VivaOla:お別れはleift「Peel (feat. miida)」。ゲストは齊藤耕太郎さんでした!
齊藤:ありがとうございました!
2月18日(水)オンエア曲
Kotaro Saito, Hajime Uchiyama「Evergreen (feat. VivaOla)」ヴィルヘルム・ケンプ「ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27 No. 2 「月光」: 第1楽章 Adagio sostenuto」
VivaOla, ORIVA & KOTARO SAITO「hyperlink」
Dizkopolis「Work It Out (feat. Froya)」
leift「Peel (feat. miida)」
VivaOla「On My Side (feat. Thomas Ng)」
番組へのメッセージをお待ちしています。
Twitter #fmfukuoka #RoomH をつけてツイートしてください。MC3人ともマメにメッセージをチェックしています。レポート記事の感想やリクエストなどもありましたら、#SENSA もつけてツイートしてください!
RADIO INFORMATION
FM 福岡「Room "H"」
毎週月曜日から金曜日まで深夜にオンエアされる、福岡市・警固六角にある架空のマンションの一室を舞台に行われ、次世代クリエイターが様々な情報を発信するプログラム「ミッドナイト・マンション警固六角(けごむつかど)」。"203号室(毎週水曜日の26:00~26:55)"では、音楽番組「Room "H"」をオンエア。ユアネスの黒川侑司、VivaOla、Laura day romanceが週替わりでMCを務め、本音で(Honestly)、真心を込めて(Hearty)、気楽に(Homey) 音楽愛を語る。彼らが紹介したい音楽をお届けし、またここだけでしか聴けない演奏も発信していく。放送時間:毎週水曜日 26:00~26:55
放送局:FM福岡(radikoで全国で聴取可能)
番組MC

黒川侑司(YOURNESS Vo.&Gt.)
福岡で結成された4人組ロックバンド。感情の揺れが溢れ出し琴線に触れる声と表現力を併せ持つヴォーカルに、変拍子を織り交ぜる複雑なバンドアンサンブルとドラマティックなアレンジで、詞世界を含め一つの物語を織りなすような楽曲を展開。
重厚な音の渦の中でもしっかり歌を聴かせることのできるLIVEパフォーマンスは、エモーショナルで稀有な存在感を放っている。2021年12月1日に初のフルアルバム「6 case」をリリース。最新シングル「眩」を6/20にリリース。2022年6月1日にソロ第1弾シングル「この星からの脱出」をリリース。2022年7月8日にはソロ第2弾シングルでギタリスト「こーじゅん」をフィーチャリングに迎えた「フライディ・チャイナタウン (Acoustic Cover)」をリリース。2024年7月17日には尾崎雄貴(Galileo Galilei / BBHF/ warbear)提供楽曲「夏の桜」をリリースした。
オフィシャルサイト/ @yourness_on/ @yourness_kuro

VivaOla
東京を拠点に活動するR&Bシンガー、ソングライター、プロデューサー。
洗練された音像、英語と日本語を織り交ぜた歌詞、唯一無二の歌声でオーディエンスを魅了する。
2020年にリリースしたミニアルバム『STRANDED』は、J-WAVE TOKYO HOT100にてトップ10入りを果たす。
翌年にstarRo,YonYon,ZINなど多彩なゲストと共に制作しリリースした1stフルアルバム『Juliet is the moon』は、「ロミオとジュリエット」を題材にしたコンセプチュアルな作品で、ストリーミングサービスのR&B チャートで1位を獲得し大きな話題を呼んだ。
2024年にはトラップ・ソウルに傾倒した内省的なムードを持つ2ndフルアルバム『APORIE VIVANT』をリリース。渋谷WWWX、大阪 yogibo HOLY MOUNTAINでリリースを記念した東阪ワンマンライブを開催し、大盛況に終わる。
同年Rolling Stoneの「Future of Music」日本代表25組へ選出。2025年には新章の幕開けとなるEP『TWOTONE』をリリース。
アメリカ・SXSWを筆頭に、台湾やシンガポール、イギリスのThe Great Escapeなど海外の数々のフェスにも出演し、アジアを代表するアーティストとして注目され始めている。
オフィシャルサイト/ @viva0la/ @viva0la

Laura day romance
国内外のミュージックラバーにファンを広げる日本のバンド。
鈴木迅が作り出す幅広い音楽性の楽曲と、井上花月の世界観のあるヴォーカル、
タイトさと柔軟さを兼ね備えたリズムを刻む礒本雄太のドラミング、
そしてそれらを表現するためのベストな形でジョインするサポートメンバー達。
2023年初頭には「関ジャム 完全燃 SHOW( テレビ朝日 )」 で川谷絵音氏が選ぶ 2023 年のマイベスト 10 曲の第三位に「sweet vertigo」が選出され、大きく注目を集め始めている。
2025年2月には、前後編を合わせて一つの作品となる3rdフルアルバムの前編にあたる、『合歓る - walls』(読み:ネムル ウォールズ)のリリース。最新シングルはアニメ『アン・シャーリー』エンディング・テーマになっている『heart』。2025年10月よりLaura day romance tour 2025 a perfect reviewを開催。
オフィシャルサイト/ @lauradayromance / @lauradayromance




