INTERVIEW

2026.02.26

【MAP OF FRIENDSHIP.】Vol.06 東京真中

【MAP OF FRIENDSHIP.】Vol.06 東京真中

FRIENDSHIP.に関わる様々な人物の証言を基に、FRIENDSHIP.の意義と現代の音楽シーンを立体化していく連載「MAP OF FRIENDSHIP.」。第6回は「人知れぬ夜を音楽に」をコンセプトに、2024年5月より活動を開始した音楽プロデューサー・東京真中を迎えた。海外のインディポップを背景とするサウンドメイクで独自のJ-POPを生み出し、昨年8月に発表した「快啖ノススメ」は2025年にFRIENDSHIP.からリリースされた楽曲の再生数で見事1位を獲得。さらに同月に発表された「ドゥーマー」のMVは700万再生を突破し、VTuberやアイドルへの楽曲提供、TVCMやイベントBGMなど、幅広い領域での作家活動も展開している。音楽と映像を紐付け、独自の視点でモダンJ-POPと向き合い、2026年のさらなる飛躍が期待される東京真中に、これまでの歩みを聞いた。

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─東京真中としての活動を始めた経緯を教えてください。


東京真中:本格的に音楽活動を始めた時、恩師みたいな方に出会って、その方は海外のインディフォークとか、自分の好きな音楽を探求する一方で、ちゃんとJ-POPのシーンでも活躍されてて、そんな姿に憧れていました。なので、私も音楽で生計を立てるために、ちゃんとJ-POPで戦っていかないといけないと思ったんです。いつか自分も彼の隣に立ちたい。東京真中はそういう思いで始まったところがあります。

─なぜボーカロイドをメインにしようと思ったのでしょうか?


東京真中:人前で歌うのはしんどいなと思って(笑)。自分は制作大好き引きこもり人間なので、ライブをせずに全ての時間を制作にあてたいと思ったんです。そこで、自分の思い描く音楽を表現しやすい形態として、ボーカロイドの力を借りることにしました。

─曲を作り始めたのはいつ頃からですか?


東京真中:ギターを始めたのは小学生の頃で、中学・高校ぐらいにアコギ一本で歌を作り始めたような気がします。DTMメインで作曲するようになったのは東京真中を始める1年前くらいからですかね。学生時代はバンドもやったんですけど、やっぱりライブはしんどかったし、そもそも人と会うのがあんまり好きじゃなかったかもしれない(笑)。

─「人知れぬ夜を音楽に」というコンセプトは、東京真中さんの人間性とも結びついていそうですね。


東京真中:おっしゃる通りで、昔から一人の夜がすごく好きなんです。音楽を聴いたり、ゲームをしたり、漫画を読んだり、アニメを観たり、ドライブをしたり、散歩をしたり、一人の夜に何かをインプットするのが好きだったので、そういう時間を音楽にして届けられたらなっていうのがポップな方の理由。もうちょっと踏み込んだ話をすると、小さい頃に両親の仲がめちゃくちゃ悪くて、毎夜怒鳴り声が聞こえてたんですね。それをかき消すためにイヤホンをつけて、爆音で音楽を聴いてベッドでやり過ごす、みたいな時間が長かったんです。そうやって自分は音楽に救われてきたので、いずれは自分と同じような誰かを救えたらなっていうところが根幹にありますね。

─ボーカロイドの音楽と「夜」は結びつきが強くて、一時期「夜好性」と呼ばれたヨルシカ、YOASOBI、ずとまよ(ずっと真夜中でいいのに。)はみんな「夜」というワードがついてる。でも「東京真中」には「夜」は入っていませんね。


東京真中:そもそも私が小学生の頃からずっと使ってたインターネットのハンドルネームが「真中」だったんです。でも「真中」だけだとエゴサしたときにいっぱい出てきちゃうから、「東京真中」にすれば「東京ばな奈」みたいな、既に知れ渡ってる語呂感があっていいなって(笑)。東京事変っていうバンドもいましたしね。あと最近のJ-POPは世界でも聴かれるじゃないですか。それを考えると「東京」っていう名前がついてるだけで、それ自体がブランディングになる。そういうのも色々加味して「東京真中」を思いついて、字面にしたらシンメトリーで、ロゴにしたらかっこいいなと思って、そういう理由で決めました。

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─音楽的なルーツとしては、海外のインディポップからの影響が大きいそうですね。


東京真中:もともとはポップパンクとかハードコア、そこからミッドウェストエモと言われる90年代のエモとか、割と激し目のを聴いてました。その一方で、ポストクラシカル、アンビエントジャズ、インディフォークのような静かなサウンドも好きだし、ハウスとかUKガラージとか、ダンスミュージックも好きでした。その中でも一番影響を受けたのは、インディでいうとボン・イヴェール、ハウスでいうとフレッド・アゲイン、日本でいうとギターを始めるきっかけになったBUMP OF CHICKEN、この三つが核になってる気がします。

─ボン・イヴェールやフレッド・アゲインからはサウンドメイクのどんな部分で影響を受けていますか?


東京真中:リヴァーブとか響きの部分、あとはシンセの音色ですかね。わかりやすいシンセの音色というよりは、ただ支えるためだけにあるシンセというか、パッドの音色は大事にしていて、メロディーにはなってないから気づきにくいけど、あるとないとでは全然違う。海外の音楽からはそういう空間性の部分で影響を受けてると思います。J-POPは空間が狭めで、聴かせたい音をわかりやすく聴かせるけど、海外はお国柄もあってか、教会だったり、広い土地だったり、響き含めて音楽だっていう感覚が強い。なので、「空間を操る」みたいな部分はすごく影響を受けてると思います。

─芸術系の学校で、アートやデザインの勉強もしたそうですね。


東京真中:そうですね。MVを作るときのアイデアの出し方だったりは、学生時代に学んだことの影響が出てると思います。前衛的すぎると誰もついてこれなくなっちゃうから、ちゃんと今までの文脈を踏襲しつつ、新しさも入れつつ、そのバランス感はアートやデザインを学んで身についたものかもしれません。それと、最近の東京真中は曲ができてからプロモーション用の映像を依頼するというよりも、曲を作り始める企画の段階から映像監督と話し合って作品のコンセプトを決めて、そのコンセプトに向かって自分は音楽を、監督は映像を作るという役割分担をすることもあります。なので、言ってしまえば音楽も一つの作品を作るためのパーツでしかない。こういう感覚は音楽家としては特殊かもしれませんね。

─海外インディの一方で、J-POPやボカロの音楽も昔からお好きだったんですか?


東京真中:有名どころは耳にしていたのですが、意識的に聴き始めたのは割と最近です。もともとYUKIとかきゃりーぱみゅぱみゅは好きだったんですけど、海外でモダンJ-POPと呼ばれてる最近のJ-POPとは毛色が全然違うじゃないですか。なので、そういった曲をたくさん聴いて、少しずつ自分の感覚を現代の日本にチューニングしています。

─特に刺激を受けたのはどんな人でしたか?


東京真中:先ほど言っていたYOASOBI、ヨルシカ、ずとまよあたりはもちろん聴いてるんですけど、自分が特にやばいなと思ったのは、Adoさんの「唱」の作曲・編曲をされてるGigaさん&TeddyLoidさん、星街すいせいさんの「ビビデバ」を手がけているツミキさん。東京真中を始める上で、5年後にはこのポジションにいきたいなというベンチマーク的な存在でした。あとは原口沙輔さんもすごいなと思って、彼はダンスもすごいし、幼い頃からドラムマシーンをストリートでやったりしてたじゃないですか。そういう自分のバックグラウンドをボーカロイドで拡張する、みたいな部分ではすごく影響を受けてますね。

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─まさにボカロ文化が拡張を続けてモダンJ-POPになり、「ドゥーマー」みたいな曲が支持されるのも、現代の感覚だなと思います。


東京真中:ポップスって、やっぱり時代によって変わると思っていて。演歌が流行った時代は演歌がポップスだし、ロキノンが流行った時代はロキノンがポップスだし。で、その時代のポップスに近からず遠からずで新しいエッセンスを入れた何かがその次の、ネクストポップスになる。「ドゥーマー」はそこをちょっと狙いましたね。いわゆるありきたりにならず、でも歌メロとかはちゃんとポップスに寄ってる。Gigaさん&TeddyLoidさんもツミキさんも原口沙輔さんもそこが上手いんですよね。作詞作曲とか、根幹の部分はポップスの文脈に沿ってるけど、編曲やサウンドワークでは各々のバックグラウンドを武器にオリジナリティを追求して、パイオニア的な存在になっている。そういう意味でも今挙げた三組は特に尊敬してます。

─音楽以外では、どんなカルチャーから影響を受けましたか?


東京真中:特に影響を受けたアニメが3作品あると思っていて、一つが「よふかしのうた」。まさに夜のワクワクを連想するというか、みんなが寝静まった後に起こる青春物語という意味で近い。あと「オッドタクシー」もキャラクターはポップなのに内容はシリアスだったりシュールだったり、あのバランス感覚がすごく近い。シーン的にも夜が割と多いですしね。「シュタインズ・ゲート」もキャラクターみんな一人一人すごいポップなのに、話の内容がシリアスでシュール、かつ日本のオタクカルチャーが詰め込まれてる。この三つが東京真中っぽいなって、最近気づきました。リアルタイムでは追ってなかったんですけど、ニコニコ動画で活躍してた配信者を今でも結構見たりするし、サブカルチャーはずっと好きですね。






─様々なカルチャーがトータルで東京真中の世界観を形作っていると。


東京真中:そうですね。いろいろ巡り巡って、回り道をした気もしますけど(笑)。

─最初にリリースされた「海へ行こうよ」から、6曲目の「パラノイア」まではアートワークが統一されていて、シーズン1のような印象です。この時期をどう振り返りますか?


東京真中:実験をしながら反応を見ての繰り返しでしたね。自分にとってはすごくキャッチーなものでも、世間にとってはそれでもまだインディなものということが往々にしてあって、そこをチューニングしていきました。当時の私からしたら「海へ行こうよ」も「これはJ-POPができたぞ!」と思ったけど、振り返ってみるとまだインディポップの匂いが強かった。2作目の「ハイパーメルト」は学生時代にみんなが聴いていたロックバンドを参考にしたのですが、現代とはちょっとギャップがあって。3作目の「ナイトグロウ」はラジオのCM曲として書き下ろしたこともあり、よりモダンJ-POPを参考にしたつもりだったんですけど、それでもまだ2010年代のポップスの匂いが残っちゃったり、そういうのを徐々にチューニングしていきました。






─4作目の「電海遊泳」は佐藤乃子さん、5作目の「十二月病」はwagatakiさんが共同アレンジで参加していました。


東京真中:自分一人だと広げられないなっていうのがあって、お二人に助けてもらった感じです。「十二月病」はアコースティックな感じで、自分がもともと好きなことをやっちゃった感はあるんですけど、あれはFRIEDNSHIP.の方に「どういう曲を作ったらいいですかね?」と相談したときに、11月のリリースを予定してたから、「プレイリストのことも加味して、クリスマスっぽい曲を書いたらいいんじゃない?」的なアドバイスをもらって、 それで作ってみたら、あの曲がきっかけで好きになってくれたクリエイターさんが結構多かったりして。そうやって一つ一つ作品を積み重ねていく中で、能動的に音楽を探ってる人には少しずつ届き始めて、そういう人たちが支えてくれて、「パラノイア」で飛躍できた感じがありました。




─まさに「パラノイア」でサブスクの再生数もMVの再生数も一気に伸びたわけですが、もともとどんな着想から作った曲だったのでしょうか?


東京真中:当時こっちのけんとさんの「はいよろこんで」だったり、もうちょっと遡るとAdoさんの「うっせぇわ」だったり、社会に対する鬱憤やフラストレーションを爆発させるようなテーマが求められてるなと思ったので、試しに自分もやってみようと思ったのが始まりです。ただ、それだけじゃ今更感があって面白くないので、海外のポップスもリファレンスに取りつつ、サビでストリングスを入れたり、チャレンジングな部分は意識していました。MVもそうですね。今のボカロシーンは一枚絵と歌詞のリリックビデオが多い印象があって、自分も先人達に倣ってそこから始めたのですが、次第にどうやったら他の作品に埋もれないかを考え始めて、それでちょっと手の込んだ MVにチャレンジしてみようかなって。ここが勝負どきだと思ったので、実は借金をして作りました(笑)。


─曲のテーマがネットの中のフラストレーションだったこともあって、MVにもネットミームがたくさん入ってて、楽曲との相乗効果を生んでましたよね。


東京真中:今までいろいろ実験しながらやってきたことを、音楽だけじゃなくて映像も含めてやろうと思ったのが「パラノイア」でした。あそこで学生時代にアートを学んでたときの脳に切り替わったんです。MVを作ってくれたふたつさんは当時まだMVを作ったことがなかったんですよ。でもショート動画でボカロの二次創作を作ってて、それがすごい良くて。ちゃんと脚本があって、ユーモアもあって、イラストも私の好きなカートゥーンチックだったり、デフォルメ系で、彼にMVを作ってもらったらきっと面白いものができるし、まだ誰も見たことがないから、きっとみんな一緒になって喜んでくれるだろう、みたいな。新しい作品が生まれると思ったんです。


─「パラノイア」では重音テトが使われていて、調声に対する評価も高いですよね。


東京真中:そこもやっぱり他とどう差別化を図るかを考えてましたね。ボカロシーンの方々にはすでに重音テトのイメージがあると思うんですけど、「これもテトなんだ」っていう驚きがあった方がワクワクしてもらえるかなって。私の一番好きなボカロPに是っていう方がおりまして、是さんも調声が本当にすごくて、聴いた瞬間に「あ、是さんの初音ミクだ」というのがすぐわかる。こういうところでも一つオリジナリティが確立できるんじゃないかと思って、調声には時間をかけました。もともとスネアの音色一つ決めるのにも一時間ぐらいかかったりするので、音を作り込むのは好きなのかもしれないですね。あとは調声をするときに、自分が歌ってた経験がすごく生きてます。微妙なしゃくり、フォール、息継ぎ、スタッカート、そういう部分は結構細かくやってまして。歌詞としてはおかしいけど、ここに「っ」を入れたら歯切れがよくなるとか、そういう細かい調声で気持ちいいと思う感覚は、自分自身が歌ってたからわかるものなんだろうなと思います。

─7曲目の「レムニスケート」からアートワークのスタイルが変わり、初めて初音ミクが使われました。


東京真中:「レムニスケート」を出したのが東京真中一周年のタイミングだったので、そこから分けてますね。それまでは「ボカロPってどんな感じなんだろう?」って、手探りだった気がするんですけど、一年経って、ようやく自分も胸を張ってボカロPだと言えるなと思って、それで初音ミクさんに歌ってもらおうと決心をしました。


─次の「快啖ノススメ」では「ゼンゼロ(ゼンレスゾーンゼロ)」のキャラクターをモチーフに、初めてボーカリストとしてはしメロさんと9Lanaさんを招き、さらに再生数を伸ばしました。


東京真中:MVを担当したまご山つく蔵さんから「こういうコンセプトで一緒にやりませんか?」っていうお誘いがあったんです。まご山さんが「パラノイア」にいいねをしてくれて、自分はずっとまご山さんの大ファンだったので、すぐに連絡をして。その後にお誘いしてもらって、一緒に作り始めました。あの曲は「Y2K」がテーマとしてあったんですけど、普通にY2Kをやってもただのレトロで終わっちゃうから、「Y2Kのフォーマットを令和のサウンドでやってみるのはどうですか?」みたいなコンセプトを一緒に詰めて、そこからは別々に進めた感じです。まご山さんはアニメーターチームを作って、私は音楽を作る制作チームを作って、それぞれでやっていくっていう。


─初めてボーカリストを起用したのはなぜだったのでしょうか?


東京真中:東京真中はボカロPとして活動しつつ、J-POP でも戦っていきたいという想いもあったので、人が歌う曲も作っていかないとなって考えていました。かつ、ボカロには元からそれぞれのキャラクター性があるので、今回に関してはそれがノイズになってしまう可能性があると思って「快啖ノススメ」で初めてボーカリストの方にお願いしました。ゲームに登場するキャラクター性を踏まえて、はしメロさんと9Lanaさんにお願いしたのですが、2人とも技術力も表現力もめちゃくちゃ高くて、おかげで本当に素晴らしい曲になったと思います。


─Y2Kでいうと、YouTubeのコメントには「mihimaru GTの『気分上々↑↑』っぽい」と書かれてたりしますけど、ご本人も意識していましたか?


東京真中:意識はしてました。令和版Y2K、まご山さんは「ネオY2K」って言ってるんですけど、それがちゃんと伝わるように、あえてパロディくらいのものにしようと。まご山さんと2000年代の曲をいろいろあげて、お互いのプレイリストを交換しながら生まれたアイデアでした。中田ヤスタカさんワークスのMEGやPerfume、m-flo、HOME MADE家族とか、いっぱいあげて参考にしたんですけど、今思うと「快啖ノススメ」は奇跡的なバランスでしたね。「ゼンゼロ」自体、そもそもY2Kが舞台みたいなところがあって、まご山さんも私もそういうカルチャーがめちゃくちゃ好きなので、全てが奇跡的に噛み合ったと思います。そこで MV監督とコンセプトから一緒に作っていくのが面白いなっていうことに気づいて、その思想が「ドゥーマー」にも引き継がれてます。


─では「ドゥーマー」も最初からMV監督のohutonさんと一緒にコンセプトを考えた?


東京真中:それに近いですね。リリースの1年前ぐらいにはohutonさんに声をかけていたのですが、やはり人気作家さんなので、半年先まで予定が埋まっていて、じゃあ半年後からやり始めようと、最初は違う曲をデモで提出してたんです。でもその待ってる期間中に原宿でおこなわれたohutonさんの個展に遊びに行って作品を目にしたときに、この世界観にもっと寄り添った曲ができるって衝撃が走って。そこからすぐに「ドゥーマー」を書き上げて、「やっぱりこっちのMVをお願いしていいですか?」って変えさせてもらいました。それから制作が始まってohutonさんと月1で進捗報告会をしつつ、MV自体の話は15分とかで終わっちゃうんですけど、その後にお互い何が好きか、どんなルーツがあるか、アニメはなんだ、音楽はなんだっていうのを毎回4時間ぐらい話して。ohutonさんが上げてきてくれたMVに合わせて編曲し直す、みたいなこともしましたね。お仕事として依頼しているというよりもはや共同制作でした。蓋を開けたら想像以上にたくさんの人に見てもらえて、作品に対する熱意ってちゃんと伝わるんだなって泣けてきました。


─「君の名は。」のRADWIMPSと新海監督じゃないですけど、やっぱり作り手の熱量は伝わりますよね。


東京真中:ですね。戦略的な、クールな部分と、熱狂的な、ピュアな部分。クールとピュアさってどちらも持ち合わせてないとダメだなって、改めて思いました。ピュアさだけでも広がらないし、クールすぎると透けて見えちゃって、心に響かない。熱意を持ったものを戦略的に届ける、やっぱりここまでがセットなんじゃないかな。映像で言うと脚本はベタだけど、視覚情報には特徴的な作風があったり、音楽で言うと作詞作曲はポップスだけど、編曲は奇抜だったり、そういう王道的な部分と意外性のバランスは大事にしていきたいですね。

─「ドゥーマー」はサウンドメイクが特徴的ですが、どんな部分を意識しましたか?


東京真中:同じ系譜だと「ナイトグロウ」があるけど、もっと攻めて、ソリッドだけど、音の圧はちゃんとある感じにしたかったんですよね。それでダンスミュージックやエレクトロニカをより意識的に細かい要素まで聴くようになりました。日本のミュージシャンだとTAKU INOUEさん、海外だとK-POPあたり。イノタクさんのサウンドはソリッドさの中にジャジーな温かみや宇宙的な神秘を感じる部分もあって、そのギャップにグッとくるし、近年のK-POPは世界にターゲットを向けていて、USのエッセンスもあるけど、どこかキュートさが残ってて、そのバランスがめっちゃいいなと思って。「ドゥーマー」に関してもそんなギャップやバランスを意識しました。

─確かに、音色の面白さは通じるところがありますね。


東京真中:「ドゥーマー」は歌メロに関してはそこまでキャッチーな部類ではないから、特徴的な効果音を入れたり、音色を突き詰めたり、引っかかる部分が必要だと思ったんですよね。サビの後半でサウンドが止まって、ホワンホワンホワンみたいな音が入ってたり、そういえば「快啖ノススメ」に「レッツゴー!」みたいなサンプリングが入ってるのも、インパクト重視だったからかも。それまでの東京真中は良くも悪くも曲に馴染ませる癖があったんですけど、現代に感覚をチューニングするにつれて、思い切って無音の箇所を作ったり、明らかに違和感のあるサンプリングをあえて入れたり、大胆なサウンドメイクをするようになりました。それが今の東京真中節になって、最近ではその大胆さを求められることもありますね。

─「ドゥーマー」は海外のミームで「将来に絶望しているZ世代」のような意味ですね。


東京真中:MVも含めて一つの作品を作るっていう思考に変わってから、テーマがすごく大事になってきたんですよね。もともと東京真中は脚本を書いて、それを音楽にする、セルフ主題歌みたいなことをずっとやってきたんですけど、「ドゥーマー」に関してもその系譜にありつつ、映像になったときにより映えるように、テーマをこれまで以上に意識して。それで社会現象でもありつつ、自分にフィットするテーマを探したときに、「ドゥーマー」というミームを見つけて、自分と似てるなと思ったんです。僕自身は全く絶望はしてなくて、むしろ希望しかないんですけど、夜に散歩するとか、夜中にドライブをするのは好きなので、その部分が一致したんですよね。

─YouTubeのコメントにはいろいろな考察が書き込まれていて、それも再生数の上昇につながっている印象です。


東京真中:社会に絶望して、現実逃避に違法ドラッグをやるっていうアイデアが生まれて、でもそれをそのままやったら規制がかかっちゃうかもしれないので、どうやってポップに見せるか悩みました。最終的には監督のohutonさんに全てを委ねようって決心して丸投げしたのですが、結果、ohutonさんらしいアニメーションやキャラクターデザイン、脚本や演出があがってきて、想像を遥かに超える作品になりましたね。ケースバイケースですが、チームに頼る、信頼して任せることの大切さを知りました。

─MVの再生回数は500万回に迫る勢いです(取材後に600万回を突破)。


東京真中:ありがたいです。見てくれてるのは半分以上が海外の方で、「パラノイア」も割とそうだったと思います。重音テトは海外人気がすごいんですけど、日本語の歌詞でこんなに海外の人に聴いてもらえるんだっていうのは衝撃でした。作詞作曲はJ-POPに寄り添いつつ、編曲は海外志向のもの。多分それが海外の人は面白いんでしょうね。入り口としてサウンドは馴染みがあるけど、なんだこの歌メロは?なんだこの言語は?みたいな。私はアイスランドの音楽がめちゃくちゃ好きなんですけど、アイスランド語は英語とも違った面白い発音で、それが気持ちいい。アウスゲイルは英語版の曲も出したりしてるんですけど、同じ曲でもやっぱり母国語の方がしっくりくるんですよ。

─シガーロスとかもそうですよね。


東京真中:そうですね。その面白さは日本語にもあるんだろうなと思って、だったらちゃんと日本語もやっていこうと。あと「ドゥーマー」があれだけ伸びてるのは、YouTubeの字幕をちゃんとしたのも大きいかもしれません。多分16ヶ国語ぐらい入れてるんじゃないかな。YouTubeのデフォルト機能にはない特殊字幕というのもあって、それを作れる海外の子を見つけて、英語だけ今回お願いしたり。本当に仲間のおかげですね。MV監督や演奏家はもちろん、字幕に関しても世界各国から「スペイン語の翻訳させてよ」とか「中国語の翻訳させてよ」とか、いろんな方が手伝ってくれて、そういう人たちに支えてもらいながら成り立っています。

─では最後に、今後の展望についてはどのようにお考えですか?


東京真中:引き続き自分の感覚と時代のチューニングを合わせながら、どう寄り添うか、どう裏切るか、王道と意外性のバランスを探っていきたいですね。あと2026年はどこかのタイミングでフルアルバムを作れたらなと思います。

─「ドゥーマー」の話の中で、「僕自身は全く絶望はしてなくて、むしろ希望しかない」という言葉もあったように、もちろん創作の苦悩は常に付き纏うと思うんですけど、今は非常に前向きなモードで制作を続けているわけですね。


東京真中:そうですね。やっぱり制作で関わってくれたみんながいることが大きくて、今もどこかで同じように戦っているクリエイターがいるんだなって思うとすごく心強いです。きっとこれからもそういう出会いが沢山あるんだろうなって希望があります。


取材・文:金子厚武

RELEASE INFORMATION

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東京真中「ブレインロット」
2026年2月25日(水)
Format:Digital
Label:東京真中

Track:
1. ブレインロット
2. ブレインロット - Instrumental

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東京真中, えん「ムーンライト」
2026年2月11日(水)
Format:Digital
Label:東京真中

Track:
1. ムーンライト
2. ムーンライト - Instrumental

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PROFILE

kanekoatsutake_20210528.jpg金子厚武
1979年生まれ。埼玉県熊谷市出身。インディーズでのバンド活動、音楽出版社への勤務を経て、現在はフリーランスのライター。音楽を中心に、インタヴューやライティングを手がける。主な執筆媒体は『CINRA』『Real Sound』『ナタリー』『Rolling Stone Japan』『MUSICA』『ミュージック・マガジン』など。『ポストロック・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック)監修。デジタル配信サービス「FRIENDSHIP.」キュレーター。
@a2take / @a2take3

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