SENSA

2023.04.13

海を越えて響き渡る、丸裸のソングオリエンテッドな方向性──揺らぎ『Here I Stand』インタビュー

海を越えて響き渡る、丸裸のソングオリエンテッドな方向性──揺らぎ『Here I Stand』インタビュー

2021年にファーストアルバム『For you, Adroit it but soft』をリリースした3人組バンド、「揺らぎ」によるセカンドアルバム『Here I Stand』がリリースされる。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやシガー・ロス、モグワイあたりを彷彿とさせる、静と動を行き来するダイナミックなシューゲイズサウンドと、miraco(Vo/G/Piano)の儚げで透き通るような歌声のコントラストが話題を集め、作品を出すごとに着実にファンベースを広げてきた彼ら。およそ2年ぶりとなる最新作では、アンビエントなサウンドスケープは健在ながら、メンバーそれぞれのルーツミュージックを随所に散りばめたソングオリエンテッドな仕上がりになっているのが印象的だ。
裸の男女が岩の上に立ち、海を眺めているインパクト大なジャケット写真が象徴しているように、サウンドも歌詞もより自由かつ赤裸々になった揺らぎ。メンバー3人と、「メンバー以上にバンドに貢献している」というサポートベーシストUjiの4人に本作の制作エピソードをじっくりと聞いた。


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自分の心の中を、かなり赤裸々に開示した

─全裸の男女が海を眺めているジャケット写真がとても印象的です。これはどうやって選んだのですか?


Kntr(Gt/Synth):この写真を撮影した方は、以前からInstagramでフォローしていたValentin Ducielというフランス人フォトグラファーです。このアルバムが完成した時、彼のこの写真が『Here I Stand』というアルバムタイトルにぴったりだなと思ってDMでコンタクトを取ったところ、僕たちの音を気に入ってもらえて、使用を快諾してくださいました。

─冒頭を飾る表題曲は、物事が絶えず変わり続けていく中で「今、ここ」に立っている事実を記憶しておきたいという強い意志を感じました。これがアルバムの軸になっているといって差し支えないですか?


miraco(Vo/Gt/Piano):はい。アルバムの全体的な話でいうと、実は私が去年の1月くらいからメンタルをやられてしまったんです。みんなでスタジオに入っても、その意味を見出せないどころか、バンドをやっている意味すらわからなくなってしまって。「もうやめよう」とさえ思っていたこともあって。それが結構、歌詞にも反映されています。「Here I Stand」の歌詞を書いていた時に考えていたのは、「今私はこうして存在しているけど、いつか絶対にこの世からいなくなるし誰かの記憶からも消えるんだな」ということでした。ちなみに次の「Falling」という曲は、自分の体調の悪さがピークだった時の心情がダイレクトに表れています。なので、歌っていると当時の記憶が蘇ってくるので辛かったですね(笑)。

─そういう心情を正直に吐露することで、救われた部分もありましたか?


miraco:ありました。「Falling」は仕上げることができてよかったと心から思えたし、たとえ歌うことが心情的に苦しくても、今こうやって戻ってこられてよかったよね、と自分自身に言い聞かせながら歌っていました。ある意味、「セルフ自助グループ状態」というか。同じような辛さを抱えた人同士が、お互いに支え合い、励まし合う「自助グループ」という活動があるじゃないですか。それをひとり脳内でやっていたような気がします(笑)。

─「Falling」は、誰もが多かれ少なかれ持っているような、漠然とした不安について歌っているようにも聞こえます。それに対して「Worthy of..」は、〈We never know whatʼs waiting for us now Believe this moment with all of our lives(明日はよくわからないけど、この瞬間のことなら全力で信じられる)〉と歌っていて、まさに「Falling」を経て行き着いた心境というか。絶望の淵から光を見出していくようにも感じます。


miraco:そうですね。表現は直接的ではないにせよ、自分の心の中を今までの作品よりは、かなり赤裸々に開示していて。丸裸になったような、ちょっと恥ずかしい感じもありますね。

─丸裸、まさにアルバムのジャケット写真ですね(笑)。


miraco:あははは、そうですね。お尻丸出しな感じで。

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影響を受けていた音楽を「シューゲイザー」を通してアウトプットできた

─前作はコロナ禍で曲作りをリモートで行い、レコーディングはみんなで集まって、という流れだったそうですが、今回も基本的には一緒?


Kntr:大きくは変わっていないのですが、曲によっては私がパソコン上でアレンジをほぼ詰め、それをスタジオに持って行ってメンバー全員で合わせるという感じでした。それにより、以前よりも「曲っぽく」なったのかなと思います。前作までで、シューゲイザー的なアプローチをすることにも、自分たちがシューゲイザーバンドだと「思われている」ことにも慣れたというのがあり、そこから自分たちの色をどう出すのか?を今作では突き詰めたというか。3作目にしてようやく、自分たちがこれまで影響を受けていた音楽を「シューゲイザー」を通してアウトプットできたのかなと思っています。

─確かに、前作以上にバラエティに富んでいるし、「曲っぽく」という意味ではソングオリエンテッドな楽曲が増えた気がします。例えば「Falling」のAメロのコード進行とか、オーギュメントの使い方などビートルズやジョン・レノンを彷彿とさせます。ソングライティングの部分で何か意識的に変えたところはありましたか?


Kntr:ビートルズは好きで今もずっと聴いています。ジョン・レノンのコード進行や拍子の取り方って、よく聴くとかなり特殊じゃないですか。何気なく聴くと普通だけど、よく聴き込むと変な響きがする。今回そんな効果を狙ったところはありますね。

─実際のところ、メンバーの皆さんは制作時期にはどんな音楽を聴いていたのでしょうか。


Kntr:私がずっと好きなアーティストのひとりがプリンスで、作品をアルバム単位で発表したいという意識が強くあるのは彼の影響が大きいと思います。今回も本当はシングルカットしたくなかったですし(笑)。プリンスは音楽的というよりはむしろ、アティチュードの部分での影響ですね。他に継続して聴いているのはいわゆるアンビエントミュージック。例えばウィリアム・バシンスキーなどをよく聴いていました。

miraco:私も最近、あまりバンドを聴いていないです。アンビエントをポップ寄りにした、詩的かつ情緒的なサウンドに惹かれるというか。アスピディストラフライという、シンガポールを拠点に活動する男女ユニットの曲をよく聴いていましたね。サウンドコラージュなど斬新なアプローチも結構あって、そういうところに影響を受けていると思っていますし、自分の内面をデトックスしてもらうという意味でも救われました。

Yusei(Dr/Samplar):僕もふたりと同じであまりバンドを聴かなくなり、電子音楽ばかり聴いています。それが今回のアルバムに影響しているかどうかは分からないけど、最近だとマウント・キンビーやOPNあたりが好きですね。

Uji(Ba/Cho):僕は、メンバーに曲の指針は任せているのですが、基本的にシューゲイザーにあまり明るくないので、逆にベースだけでも違うアプローチが出来れば面白いかなと思ってずっとファンク、ソウルからの影響を、揺らぎの楽曲に反映させているつもりです。実際、これまでのどの作品よりも自分のベースラインが動き回っていますね。

─前作では空調や加湿器の作動音を曲の中に混ぜたり、演奏をリバースさせてレイヤーしたり、実験的ともいえるサウンドメイクを随所に施していました。そうしたアプローチは今回もありましたか?


miraco:「I Liked You Through The Veil」に、かんちゃん(Kntr)ちの家の前を通る宅配トラックの音を入れたり、「Because」の冒頭に、デモ音源に入っていたかんちゃんのクシャミの音を入れたり(笑)、実験的というよりは私たちの普段の生活音を意識して入れていますね。

Kntr:さっき「アンビエントをよく聴いている」と言いましたが、特に去年は「自分にとってアンビエントとは何か?」という問いへの答えを探していたんです。その結果、音楽と環境がマッチした時に「アンビエント」と呼ばれるのでは?という仮説にたどり着きました。自分が揺らぎのレコーディング中、自然音や生活音をバンドサウンドの中に進んで取り込んでいるのは、そういうアンビエント的な作品にしたかったからなのかと。

─密閉されたスタジオの中で「音」を箱庭的、純粋培養的に作り込んでいくというよりは、もっと開かれたところで楽器と生活音、自然音を溶け合わせていくような。


Kntr:そうですね。それによって、揺らぎのサウンドをより身近に感じてもらいたいという意識があったのだと思います。もう一つ、サウンド面でのこだわりでいうと、今作のギターは「Because」ソロ以外、一切エフェクターを使っていないんですよ。全てアンプだけの歪みだけで作っている。というのも、前作まではエフェクターをたくさん繋げて音色を作り込んでレコーディングを行なっていたのですが、結局それだとできることが多くて、あとあと後悔するというか。「もう少しこうしておけばよかったな」と思うことが多かったんですよね。

─なるほど。一度音を作り込んでしまうと、レコーディングした後に戻すことはほぼ不可能ですからね。


Kntr:そうなんです。なので今回、ある程度の「制限」をもうけて作ろう思い、ギターをアンプに直接つなげて工夫しながら音作りをしました。狙っていた音に、かなり近づけたと思っています。特に「Worthy of..」とか、デフトーンズを参考にしながらギターサウンドを作り込んでいて。他の曲も、かなりUSオルタナ色が強かったため、アンプ直のギターの歪みは親和性が強かったといえますね。

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いい音楽は「よい生活」から生まれると思う

─ところで今、揺らぎのみなさんは「社会人」として働きながら、住んでいる区域も離れたところで活動をしているそうですね。そういう状況には満足していますか?


Yusei:僕はちょうどいいと思っていますね。

miraco:私もそうです。事務所には入っていないので、音楽も自分たちのやりたいようにやれるし。制作費はFLAKE RECORDSから出してもらっているんですけど、マスタリングが終わるまでDAWA(和田貴博:FLAKE RECORDS代表)さんは私たちがどんな音楽を作っているのか一切知らないんですよ。その辺、すごく信頼されているなと思っています。

─それってすごいことですよね。


miraco:そういう意味でも私たちは恵まれているというか。やりたいことがやれているのがいちばんです。

─逆に大変だと思うところは?


miraco:物理的に距離が離れているし、みんな社会人なのでライブができるのも土曜だけで、日曜日に遠征するとしたら月曜が祝日じゃないと難しい。そういう制約があるところは結構大変ですね。私たちはいいんですけど、呼んでくださる方に良いお返事ができることが少なく、申し訳ないなと思うことが多々あって。

─確かに仕事をしながらバンドを続けるのは大変かもしれないですが、結局バイトをやりながらのバンド活動も、それはそれで大変ですよね。


miraco:そう思います。バイト生活だと金銭的というより精神的な余裕がなくなる気がします。もちろん、向き不向きもあると思いますけど、私たちはメンバーそれぞれ生活があって、ひとり暮らししている人もいれば、結婚している人もいるしっていう。なので、すごくバランスは取れているのでしょうね。

─ジャパニーズ・ブレックファスト、ターンオーバー、 ナッシングなど多くの海外アーティストのゲストアクトを務めてきた揺らぎですが、海外展開についてはどのくらい考えていますか?


miraco:8月に台湾での単独ライブが決定しています。とりあえずはアジアを回って、いつかアメリカにも行ってみたいですね。Spotifyの分布を見てみると、アメリカでの再生回数が圧倒的に多いんですよ。2位の日本より倍近くある。ただ、USツアーとなると、みんな仕事がある以上なかなか難しくて。いつかはお盆休みなどを利用して行ってみたいですけどね。ライブが難しければ、SNSなどでの情報発信もこまめにしていきたいと思っています。

Kntr:活動の方法は今のまま、仕事をしながら休日はバンドをやる、みたいなバランスがちょうど良くて。そこに居心地の良さを感じているので、なんとか今の状態をキープできたらいいなと思っています。

─音楽的にはいかがですか?


Kntr:さっきも話したように、自分たちがこれまで影響を受けていた音楽を「シューゲイザー」や「ドリームポップ」を通してアウトプットできたらいいなと思っています。

miraco:なんか、いろいろやってもお客さんはきっと付いてきてくれるだろうという自信は何気にあるので(笑)、これからも新しいことにもどんどん挑戦していきたいですね。

Yusei:とりあえずは健康第一かな。いい音楽は「よい生活」から生まれると思うので。

miraco:いやあ、健康めっちゃ大変だなと思いました。私のメンタルだけでなくかんちゃんも体調悪くなった時期があったし。Ujiくんに至ってはもう体が弱すぎるっていう......髄膜炎だっけ。

Uji:そう。あまりにも体が弱くて去年は本当に大変だった。とにかく、社会人をやっているからこそ出てくるmiracoの歌詞とか、アルバムの曲調というのは絶対影響しているし、今の環境が揺らぎのサウンドに反映されている感じがいいと思うので、みんな健康で頑張ってほしい。

miraco:ジムに通います!(笑)

取材・文:黒田隆憲
撮影:Asahi Yamashita

RELEASE INFORMATION

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揺らぎ「Here I Stand」
2023年4月5日(水)
Format:Digital
Label:FLAKE SOUNDS

Track:
1.Here I Stand
2.Falling
3.I Wonder
4.You're Okay (Hold Me)
5.Worthy of..
6.Lost Sight of You
7.The More I Feel
8.Because
9.Jason
10.I Liked You Through The Veil

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LIVE INFORMATION

揺らぎ_tour_1000_20230405.jpg
2023年5月5日(金/祝)
渋谷WWW
(One Man Show)
Info:https://www-shibuya.jp/schedule/016283.php

2023年5月20日(土)
名古屋CLUB UPSET
(One Man Show)
Info:https://www.jailhouse.jp/live/yuragi-here-i-standrelease-event/

2023年5月27日(土)
心斎橋JANUS
Info:https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2308271&rlsCd=001&lotRlsCd=


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