SENSA

2022.11.15

日向文、特別編成で魅せた過去と現在を揺蕩う『TO SWALLOW TOUR 2022』渋谷 LOFT HEAVEN公演

日向文、特別編成で魅せた過去と現在を揺蕩う『TO SWALLOW TOUR 2022』渋谷 LOFT HEAVEN公演

 日向文が10月30日に渋谷 LOFT HEAVENにてワンマンライブ『TO SWALLOW TOUR 2022』を開催した。

 今年7月にリリースされたEP『SWALLOW』のタイトルを冠したこのツアーは、8月の広島を皮切りにして約2か月で8都市9公演にわたる、日向文にとって3年ぶりの全国ツアーだ。延期に伴い、大阪公演が11月20日に控えているものの、この渋谷公演が実質のツアーファイナルとなる。それは開演後、颯爽とステージに現れた日向文が20年ぶりのショートヘア(本人曰く、ヘアドネーションがしたかったとのこと)だったこと以外にも、過去の日向文と現在の日向文を揺蕩うような特別編成で見せていくライブであったことが、"ツアーファイナル"にファンが抱く幾ばくかの期待に応えていたように思う。

 今回のツアーは対バン形式や後に控えている大阪公演を含めた弾き語り形式、さらに札幌公演での文福沢(日向文×フクザワ)と様々な形で全国を巡ってきたが、渋谷公演だけはサポートドラム&マニピュレーターに尾崎和樹(Galileo Galilei、BBHF)を迎えた唯一の2ピース編成であった。

 日向文の作風は2018年にリリースされた4thアルバム『from』以降、大きく変化してきている。そこにあるのは、アーティスト写真やMV/ライブ映像制作、ジャケットデザインまでを手がける「わんにゃんぱあく」の存在。楽曲自体にも編曲として関わっており、日向文が奏でるメロディーにノスタルジックな世界観を与えているのは「わんにゃんぱあく」の手腕が大きくある。ポストロックやアンビエントにジャンル付けできそうなそのサウンドスケープからイメージされるのは、日向文の地元である北海道の雪景色。そういったサウンド背景からもサポートに同じく北海道を拠点としている尾崎が参加していることには納得がいく。LOFT HEAVENの天井も、オーロラを連想させる幻想的な装飾が施されており、日向文の楽曲にさらなる彩りを与えていた。

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 ライブの幕を開けたのは「緑の城」と「ノックノック」。5thアルバム『灰色の街に住うということ』に収録されている同じ街を歌った楽曲だ(収録されている楽曲タイトルは「緑の城〜灰色の街編〜」)。アルバム上では1曲目と4曲目と離れてはいるが、ハミングが美しく、〈ようこそ〉で締め括られる「緑の城」に、まるでライブの世界観に誘うかのような「ノックノック」という曲順の妙は連曲と捉えて間違いではないだろう。

 全14曲、1時間弱の公演時間となった今回のワンマンライブは、アルバム別にするとほとんどが『灰色の街に住うということ』と『SWALLOW』からの楽曲となった。3曲目「私が化物」を皮切りにして、ここからのブロックでは『SWALLOW』のナンバーが続いていく。ハッとしたのは「私が化物」で大きく深呼吸をしてから曲へと入っていったこと。それは〈深呼吸整えて〉という歌詞を意識してか、それとも"化物"としての強く、気高き心を思い出しているのかーー真意は本人のみぞ知るところだが、この一呼吸によって会場の空気が引き締まった感覚があった。日向文の力強いボーカルは大サビに向かってどこまでも伸びていく。

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 続く「煙草と共犯者」では、ここまでマニピュレーターとしてパソコンを操作していた尾崎がドラムとして参加。1A、2Aメロの歌い出しである〈この頭に響く(残る)鈍痛を〉というリリックをバスドラムの低音で表現していく。EPの収録順に倣った「逃避計画」は、先述した北海道の冬の静寂な景色がサウンドスケープとして色濃く染み付いている楽曲。2分30秒にも満たない日向文の中でもショートチューンの「カタルシス」は、その〈世界の果て〉に辿り着いたようなドキッとするラストがライブではさらに演出として映えていた。

 日向文には"日向文"として楽曲を制作していない時期が1年ほどあった。そこから再び彼女が日向文と向き合い書き上げた曲が、2017年リリースの3rdアルバム『cry』に収録されている「ヒューズ」だった。ここではいわゆる過去の形態として、アコースティックギター一本の弾き語り形式にて「ヒューズ」を披露する。歌い出しから全編サビと言いたくなるような引き込まれるメロディーが特徴の一つだが、改めて痛感するのは日向文のミックスボイスに近い、地声の伸びが存分に生かされた楽曲であること。シンプルな形態であるからこそ、彼女のボーカリストとしての表情がくっきりと浮かび上がってきたように捉えられた。

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 歌詞に〈錠剤〉という「SWALLOW(飲み込む)」に繋がるワードが登場する「ジプシー」、日向文が「久々に軽やかな恋愛の曲が書けた」と話し披露した「1ピース」、コーラスを重ね『灰色の街に住うということ』のメルヘンな世界観を強く打ち出した「甘い」と続くライブ終盤。日向文はそこまで自身の楽曲に伝えたいことを込めていないこと、それぞれが好きに解釈してほしいという思いを話した上で、「自分にとって大事なこの曲が、みんなにとっての、あなたにとってのーーあなたの心に必要な曲になっていたら」と「君がそうなってしまったのは」を披露する。物語性や世界観に重きを置いた日向文の楽曲において、「君がそうなってしまったのは」は数少ないメッセージソングだ。本人が述べている通りに解釈はリスナーに委ねられているところだが、タイトルへのアンサーと言えるのは〈私のことは私が決める〉というラストの一節。その思いや感情もまた飲み込んで生きている、一人ひとりに向けた歌でもある。

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 「ヒューズ」よりさらに前に生まれた初期曲「ダラク」の弾き語りを経て、ライブは再びアルバム『SWALLOW』の空気を帯びていく。「私が化物」や「1ピース」と同じEPの先行シングルとしてリリースされた「波よ君の頬を」は、今の日向文を顕著に表した『灰色の街に住うということ』からの延長線上にある音像。「海」という冷淡なテーマに、シリアスさを生み出す〈君が 僕の 首に 腕を かけて〉と区切りをつけた歌い方、"デタラメ英語"にも似た言語はノスタルジックな空気を醸し出す。

 マニピュレーター、ドラムを担当した尾崎を紹介し、日向文がライブの幕引きに一人で歌唱したのは、先行シングルであり『SWALLOW』のリード曲でもある「ライバー」。日向文として一人で演奏することで、EPに収録されている"いっぱつにゅうこんver."に近い弾き語りのモードとなる。「ライバー」はリスナーにとって生きるためのお守りであり、盾のような歌だ。それは日向文にとっても。マイペースな日向文でありながら、一歩ずつ前に進んでいこうとする〈愛を歌うよ〉という誓いの歌。「ライバー」を通じて心の〈ドア〉を開けるーーライブ自体が「緑の城」と「ノックノック」で始まったことにも繋がる、美しいライブ構成でもある。

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 10月30日。渋谷の中心街はハロウィンの仮装をした人々で溢れかえっていた。喧騒から少し離れた位置にあるLOFT HEAVEN。ライブが終わり、帰路につくファンの背中を見ながら、「日向文の音楽を心に置いてほしい」というMCでの言葉を思い返していた。

文:渡辺彰浩
撮影:dosaV

RELEASE INFORMATION

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日向文「SWALLOW」
2022年7月20日(水)
Format:Digital
Label:hinataya Record

Track:
1. 煙草と共犯者
2. 逃避計画
3. 波よ、君の頬を
4. 私が化物
5. カタルシス
6. 1ピース
7. ライバー (いっぱつにゅうこんver.)

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