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2022.07.27
日向文の楽曲を聴いていると、柔らかな棘が緩やかに身体へと刺さっていくような感覚に襲われる。
2018年7月リリースの4thアルバム『from』を皮切りに、日向文の作風は大きく変化し始めた。アコースティックギター一本の(ほぼ)弾き語りスタイルはそのままに、打ち込みによるサウンドテクスチャを大胆に導入していったのだ。そのサウンドスケープは、シガー・ロスを彷彿とさせるポストロックを通過したアンビエント/エレクトロニカといったところ(ジャンル付けされるのを本人は嫌がりそうだが)。サウンド面でより奥行きの広い表現ができる術を手に入れた彼女は、2020年10月に5thアルバム『灰色の街に住うということ』を発売。アーティスト写真やジャケットにも表れている神秘的な世界観をコンセプチュアルな1枚のアルバムとして完成させた。
『灰色の街に住うということ』から約2年ぶりにリリースとなる今作『SWALLOW』は、日向文としての音像とメッセージ性をさらに深めた作品だ。「私が化物」「波よ、君の頬を」「1ピース」「ライバー」といった先行シングル4曲(「ライバー」だけは、"いっぱつにゅうこんver."という弾き語りにて収録)に新曲3曲を加えた全7曲からなるEPという形式。全体を通しての音色の質感は前作の延長線上にあり、特に「波よ、君の頬を」はそれが顕著だ。茫漠で冷淡な"海"というテーマに、〈君が 僕の 首に 腕を かけて〉と区切りをつけた歌い方はシリアスさを、合間に入る"デタラメ英語"にも似た言語はノスタルジックな空気を醸し出す。同じくEPに収録された「逃避計画」には、〈吐く息が白から透明に澄み切って 赤いランプが消えたのを見た 季節外れの雪が降るこの街〉といった歌詞があり、音が雪に吸い込まれていく冬の静寂な景色をイメージするとともに、日向文が北海道出身であることも今のサウンドに到達した原点の一つにあるのだと感じさせる。
一方、「私が化物」ではストリングスとサックスでムード漂う力強いジャズを、かと思えばクラップ音とアコギを主体としたDTM色の強い「1ピース」といった趣向の異なる楽曲も収められており、それはEPとしての遊び心とも捉えられるだろう。
ただ、日向文が放つメッセージの棘は今作でも一貫している。不幸の上に成り立つ幸せ、立場を変えればたちまち逆転する正義と悪......これまでも彼女は、「落下」「攫ってくれよ」「落下水槽」「柔らかな盾」といった多くの楽曲で、日常の中で直面する表裏一体を歌詞に綴ってきた。パートナーの前で自分を取り繕う「1ピース」、そしてEPのラストを飾る「ライバー」では誰かの優しささえ受け取る相手にとってみれば〈愛情の爪〉となって突き刺さってしまうかもしれないのだと、生きる上での無力さを歌っている。
けれど、その先にあるのは、苦しいのは私だけではないという寄り添い。〈ただ愛を歌うよ〉という、未来に向けた誓いの言葉だ。自称"優しくない"、少々あまのじゃくな日向文の言葉は飲み込むのにチクッと痛みを伴う。けれど、その正体は心の泥を掬ってくれる薬のような歌だ。
文:渡辺彰浩
日向文「SWALLOW」
2022年7月20日(水)
Format:Digital
Label:hinataya Record
Track:
1. 煙草と共犯者
2. 逃避計画
3. 波よ、君の頬を
4. 私が化物
5. カタルシス
6. 1ピース
7. ライバー (いっぱつにゅうこんver.)
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■広島公演(対バン)
2018年7月リリースの4thアルバム『from』を皮切りに、日向文の作風は大きく変化し始めた。アコースティックギター一本の(ほぼ)弾き語りスタイルはそのままに、打ち込みによるサウンドテクスチャを大胆に導入していったのだ。そのサウンドスケープは、シガー・ロスを彷彿とさせるポストロックを通過したアンビエント/エレクトロニカといったところ(ジャンル付けされるのを本人は嫌がりそうだが)。サウンド面でより奥行きの広い表現ができる術を手に入れた彼女は、2020年10月に5thアルバム『灰色の街に住うということ』を発売。アーティスト写真やジャケットにも表れている神秘的な世界観をコンセプチュアルな1枚のアルバムとして完成させた。
『灰色の街に住うということ』から約2年ぶりにリリースとなる今作『SWALLOW』は、日向文としての音像とメッセージ性をさらに深めた作品だ。「私が化物」「波よ、君の頬を」「1ピース」「ライバー」といった先行シングル4曲(「ライバー」だけは、"いっぱつにゅうこんver."という弾き語りにて収録)に新曲3曲を加えた全7曲からなるEPという形式。全体を通しての音色の質感は前作の延長線上にあり、特に「波よ、君の頬を」はそれが顕著だ。茫漠で冷淡な"海"というテーマに、〈君が 僕の 首に 腕を かけて〉と区切りをつけた歌い方はシリアスさを、合間に入る"デタラメ英語"にも似た言語はノスタルジックな空気を醸し出す。同じくEPに収録された「逃避計画」には、〈吐く息が白から透明に澄み切って 赤いランプが消えたのを見た 季節外れの雪が降るこの街〉といった歌詞があり、音が雪に吸い込まれていく冬の静寂な景色をイメージするとともに、日向文が北海道出身であることも今のサウンドに到達した原点の一つにあるのだと感じさせる。
一方、「私が化物」ではストリングスとサックスでムード漂う力強いジャズを、かと思えばクラップ音とアコギを主体としたDTM色の強い「1ピース」といった趣向の異なる楽曲も収められており、それはEPとしての遊び心とも捉えられるだろう。
ただ、日向文が放つメッセージの棘は今作でも一貫している。不幸の上に成り立つ幸せ、立場を変えればたちまち逆転する正義と悪......これまでも彼女は、「落下」「攫ってくれよ」「落下水槽」「柔らかな盾」といった多くの楽曲で、日常の中で直面する表裏一体を歌詞に綴ってきた。パートナーの前で自分を取り繕う「1ピース」、そしてEPのラストを飾る「ライバー」では誰かの優しささえ受け取る相手にとってみれば〈愛情の爪〉となって突き刺さってしまうかもしれないのだと、生きる上での無力さを歌っている。
けれど、その先にあるのは、苦しいのは私だけではないという寄り添い。〈ただ愛を歌うよ〉という、未来に向けた誓いの言葉だ。自称"優しくない"、少々あまのじゃくな日向文の言葉は飲み込むのにチクッと痛みを伴う。けれど、その正体は心の泥を掬ってくれる薬のような歌だ。
文:渡辺彰浩
RELEASE INFORMATION
日向文「SWALLOW」
2022年7月20日(水)
Format:Digital
Label:hinataya Record
Track:
1. 煙草と共犯者
2. 逃避計画
3. 波よ、君の頬を
4. 私が化物
5. カタルシス
6. 1ピース
7. ライバー (いっぱつにゅうこんver.)
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